マイクロプロセッサ誕生と電卓

マイクロプロセッサというモジュールの誕生は、電卓の製品イノベーションの過程でなされたとされている。
 
例えばZaksは、マイクロプロセッサは、「電卓用チップからの自然な進化」(a natural evolution from calculator chips)によるものである、としている。
Microprocessors represent a natural evolution from calculator chips, and were first introduced by Intel in 1971. Most major companies are now in the process of producing microprocessor systems.”(p.9)
 
なおZaksは、現在のところマイクロコンピュータの実行速度はミニコンピュータよりも2倍から10倍も遅いけれども、マイクロプロセッサの今後の技術発展により「ミニコンピュータ革命」よりも大きな衝撃を与えるものであるとしている。
The impact of the microprocessor can be expected to be more significant than the mini revolution a few years ago. The range of microcomputer systems extends throughout a wide spectrum of performance and cost, from the calculator at the low end, to the minicomputer at the high end. Typical execution times for microcomputers are still 2 to 10 times slower than those for minis, but are constantly shrinking. Microprocessors have evolved as standard OEM products, and cater exclusively to the OEM users, while minicomputers usually provide extensive support geared to the end-user. Their major impact is felt on economical and “smart” OEM digital products. As MOS LSI costs keep decreasing, the number of microcomputers should exceed by far the number of any other type of computer being produced.
 

日本におけるマイクロコンピュータという単語の多義性 ー microcomputer

マイクロコンピュータ(microcomputer)という用語は、マイクロプロセッサ(microprocessor)という用語とは異なり多義的である。
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、p.2は、下図のように、マイクロコンピュータの定義は3種類ある、としている。

定義1-「マイクロプロセッサ」(図の構成A)
定義2-「マイクロコンピュータ・ボード」(図の構成B)-「構成Aのマイクロプロセッサに、メモリや必要な周辺回路をつけて,1~2枚の印刷配線板にとりつけたもの」
定義3-「マイクロコンピュータ」(図の構成C)-「構成Bに加えて、電源,筐体やソフトウエアまで加えて,完全にコンピュータとして商品化している」
 
マイクロコンピュータ=「入力機器、表示装置、記録装置などを含むシステム」とする用語法
矢田光治(1980)『図解マイコンの基礎知識』オーム社、p.1は、「マイコンは,マイクロコンピュータを略してよぶのに使われて
いる」とした上で、マイコンを下図のように、キーボードなどの入力機器、TVディスプレイなどの表示装置、プリンタなどの出力装置、オーディオカセットなどの記録装置などを含むシステムであるとしている。
 
マイクロコンピュータ=「マイクロプロセッサ」(microprocessor)とする用語法
 
マイクロコンピュータ=「パーソナルコンピュータの別名」とする用語法
 
関連参考資料

ダウンロード可能なPC関連雑誌

Byte
創刊号(1975年9月号)からVol 21 No 11(1996年11月号)まで収録
Radio Electronics
“Build the Mark-8, Your Personal Minicomputer”(Mark-8、あなたのパーソナル・ミニコンピュータを作ろう)というキャプションを付けられたMark-8 (1974)が、Radio Electronics誌の1974年7月号の表紙を飾っている。
Popular Electronics
“World’s First Minicomputer kit to Rival Commercial Models”(市販のミニコンピュータと肩を並べる、世界最初のミニコンピュータ・キット)というキャプションを付けられたAltair8800がPopular Electronics誌の1975年1月号の表紙を飾っている。
Creative Computing Magazine
創刊号(1974年11月・12月合併号)から1983年3月号まで収録
Personal Computing
創刊号(1977年1月・2月合併号)から1984年10月号まで収録
Microcomputer Digest
第1巻 第2号(1974年8月号)から第3巻 第7号(1977年1・2月合併号)までを収録[創刊号以外にも欠号あり]

コンピュータ関連事典

PC関連事典

Sippl, Charles J.(1981 Rev. ed. of Microcomputer dictionary and guide, 1976, c 1975) Microcomputer dictionary, Howard W. Sams & Co.m Inc., Indianapolis, 606pp.
https://archive.org/details/microcomputerdic00sipp
archive.orgでユーザー登録後、デジタルデータを期間限定で利用できる。

Kent, Allen, Williams, James G. (1988) Encyclopedia of Microcomputers, Volume 1, Access Methos to Assembly Language and Assemblers, Marcel Dekker, Inc., 434pp.
https://archive.org/details/EncyclopiaMicrocomputers01
Sanchez, Michael M. “Altos Computer Systems”, pp.66-73、Krause, Barbara “Apple Computer, Inc.” ,pp.218-221、Ashton-Tate, Inc. “Ashton-Tate, Inc. ” ,pp.376-382などの項目を含む中項目事典

百科事典

DECのマイクロプロセッサ

DECのMPS (MicroProcessor Series)
DECの1974年のハードウェア製品 MPS Computer Program
DEC (1972,1973,1974,1975,1976,1978) Digital Equipment Corporation Nineteen Fifty-Seven to the Present, p.38
http://gordonbell.azurewebsites.net/digital/dec%201957%20to%20present%201978.pdf
 
DECの1976年のハードウェア製品 MPS Program
DEC (1972,1973,1974,1975,1976,1978) Digital Equipment Corporation Nineteen Fifty-Seven to the Present, p.60
http://gordonbell.azurewebsites.net/digital/dec%201957%20to%20present%201978.pdf
 
Microprocessorを用いたDEC製品
DECの1974年のハードウェア製品 MPS Computer Program

マイクロコンピュータ用ソフトウェア

DECのMPS(MicroProcessor Series)、IntelのMCS-4, MCS-8, MCS-80、MotorolaのMC 6800, National SemiconductorのIMP-4, IMP-8, IMP-16、RaytheonのRP-16、RCAのCOSMAC、Rockwell InternationalのPPS-4, PPS-8といったマイクロプロセッサ上で動作するソフトウェア

[出典]
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、pp.112-113の表9.1「マイクロコンピュータのソフトウェアの現状(資料:IEEE Spectrum)

ミニコンピュータ vs マイクロコンピュータの性能比較

ミニコンピュータ vs マイクロコンピュータの性能比較(1974年,1978年)
マイクロコンピュータのCPU性能は,下図にあるように1978年頃にはミニコンピュータに近くなっている。
 
「マイクロプロセッサの市場はアメリカでは1974年に比べて1978年には5倍となり,1982年までには12倍となると予想されている.この1~2年に今日のミニコンと同一性能で低価格のマイクロコンピュータが供給されるようになろうが,市場としては,8ビットマイクロコンピュータ( ~40%),コンピュータとしての応用 (~30%)が中心となると予想されている.」
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.305
 
1970年代マイクロコンピュータとミニコンピュータの性能比較
マイクロコンピュータ ミニコンピュータ
命令種類 48~78 100~200
基本命令
実行時間
2~20μsec 0.5μsec
割り込み 1~8レベル 多重レベル
ハードウェアによる
割り込み処理機能あり
DMA 一部あり 標準
メモリー ROMとRAM RAM
その他 スタンダードI/Oなし
基本ソフトウェアなし
スタンダードI/Oあり
基本ソフトウェア完備
 
[出典]泉川新一(1983)『マイコン・パソコンとOA入門 基本18章』電波新聞社、p.365

1970年代中頃の日本におけるマイコン・キット

 
マニア向け「商品」として好評を博した技術者向け「評価用キット」- 専門技術者層を超えたコンピュータへの憧れの存在
 現在ではパソコンの心臓部として欠くべからざる重要部品であるCPUは、その登場時は「マイクロコンピュータ」と呼ばれていた。その当時は、現在とは異なり性能が低かったこともあり、CPUが一体何の役に立つのか、まだはっきりとはしていなかった。
 そのためCPUは関連技術者に対して、それがどのようなものであるのかを理解してもらうことや、コンピュータとしてのその性能がどの程度のもであるかを評価してもらうことを目的とした「マイコン・キット」として売り出された。本来は技術者向けの評価キットであったのだが、下表のようにコンピュータが普通の個人にもなんとか手が届く値段で手に入るということで、マニアを中心として大変な人気を博した。
 先行したアメリカでは、数多くのマイコンクラブが作られていた。そのマイコンクラブの中での伝説的存在が、1975年3月に第1回目の会合を開催したThe Homebrew Computer Club [brewとは醸造酒のことであり、home brewは自分で酒を作ることを意味する。そこから転じて、この文脈ではコンピュータを手作りするクラブという意味である]であった。The Homebrew Computer Club には、後のアップル社を作り上げたスティーブン・ジョブズやスティーブン・ウォズニアックなどパソコン業界の数多くの有名人が所属していた。
  「マイコン」はマイクロコンピュータの省略形であると同時に、マイ・コンピュータ(個人用コンピュータ)の省略形でもあった。高くて個人にはとても買えそうになかったコンピュータが、自分のものになるということでマニアの間で大いに人気を博したのである。
 
日本におけるマイコン・キット時代 – 1976~1978年
 
 下表のように、日本でも1976年8月発売のNECのTK-80のヒット(売れても2,000台程度と考えられていた[注]のが、総計6万台も売れた)を契機に、アメリカにさほど遅れることなく、マイコン・キットのブームが起こった。そしてそれがNECのPC8001などのパソコン・ブームへと転化していった。

 
[注]遠藤諭(2019)によれば、「TK-80は、「教材用なので200台も売れれば」と考えて作られたものだったが、期せずしてコンピュータとして受け入れられ、後年「第一次マイコンブーム」と呼ばれることになる大きなうねりを作っていく。TK-80は、発売後2年間で約2万5000キットを販売。」とのことである。
遠藤諭(2019)「TK-80、PC-8001、NECのパソコンはこんな偶然から始まった」遠藤諭のプログラミング+日記 第67回、2019年08月08日
https://ascii.jp/elem/000/001/912/1912291/
 

 関連雑誌としては、日本初のマイコン専門誌『I/O』が1976年に西和彦、星正明らによって創刊されている。創刊後の発行部数は3,000部であった。1977年にはアスキー社によって『ASCII』が創刊されている。

1977年前半に日本で発売されていたマイコン・キット

 
[出典]
 
 
TK-80のヒットに触発されて、1977年以降に日本メーカーが発売したマイコン・キット
発売時期 メーカー名 製品名 使用CPU 価格
(円)
画像および関連情報
1977年3月 富士通 LKit-8 富士通 MB8861N(1MHz)
(6800互換)
93,000  
1977年8月 日立 日立トレーニングモジュール
H68TRA
日立 HD46800
(6800互換)
99,000  
1977年9月 パナファコム ラーニングキット
LKit-16
パナファコム MN1610 98,000
1978年3月 東芝 TLCS-80A EX-80

東芝 TMP9080AC
(8080互換)

85,000  
1978年12月 シャープ SM-B-80T シャープ LH0080
(2.5MHz,Z80互換)
85,000 RAM 1KB(3KBまで拡張可能)
1978年12月 NEC

μCOM Basic Station
TK-80BS

TK-80などと組み合わせるためのキーボードやRAM、ROMなどの周辺機器セット 128,000 マイコン・キットとしてマイクロソフト社のBASICを最初に搭載
1978年5月 シャープ MZ-40K 富士通製の4ビットCPU
「MB8843」1.8MHz
24,800 子供向けのおもちゃとしてのキット[注]

シャープのMZ-40Kに関する注
他のキットとはターゲット顧客が異なり、「技術者向けのトレーニングキット」ではなく、「子供向けのおもちゃとしてのキット」であることに注意。「マイコン博士」という商品名称で売られていた。CPUは「ワンチップタイプのマイコン」で、「1KBのROMと64ワード×4ビットのRAMを内蔵し、37本のI/Oポート」を備えている。
http://cwaweb.bai.ne.jp/~ohishi/museum/mz40k.htm
MZ-40Kについては下記Webサイトの該当ページも大いに参考になる。
http://www.sharpmz.org/index.html
MB8843に関わる詳細な技術情報が下記WebページのPDFにある。
http://www.sharpmz.org/download/mb8843.pdf

 
[出典]
SE編集部編(1989)『僕らのパソコン10年史』翔泳社,p.14
太田 行生(1983)『パソコン誕生』日本電気文化センター,p.29
パナファコム ラーニングキット LKit-16:http://www.st.rim.or.jp/%7Enkomatsu/evakit/LKit16.html
シャープ SM-B-80T : http://www.retropc.net/ohishi/museum/80t.htm


[関連参考資料]
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社,pp.30-31の表3.1「各種のマイクロコンピュータ」

著作権裁判関連 – Apple

Liberman, A.(1984) “The “Apple” Cases: A Comparison of the American and Australian Decisions” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.143-159
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/7_liberman_1984.pdf
McKeough,J. (1984) “Case Note: Apple Computer Inc. v. Computer Edge Pty Ltd,” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.161-172
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/8_mckeough_1984.pdf
Waters、L. (1988) “CIRCUIT LAYOUTS BILL 1988,” Apri 1989 COMPUTERS AND LAW NEWSLETTER,p.13
* Lesley Waters
http://www.austlii.edu.au/au/journals/ANZCompuLawJl/1989/14.pdf