2024-06-04講義メモ

取り上げるポイント

  1. Microsoft BASICインタプリタの多機種展開(なぜAltair用インタプリタが他の機種でも使えたのか)
  2. IBM PC開発時におけるオペレーティングシステムの選択について(CP/M、86-DOS、MS-DOS)
  3. IBM互換機とPC-98互換機開発について(エプソン互換機がなぜ著作権違反で訴えられたのか)
 

CUIからGUIへ
ビットマップディスプレイへ

ポイント理解のための視点

  1. 市場規模・出荷台数の歴史的推移
  2. 産業構造
    1. メインフレーム産業の構造(垂直統合型)
      vs

    2. PC産業の構造(水平分業型 or 垂直統合型)
       PC専業メーカー(MITS、Dellなど) ソフト専業メーカー
       PCシステムメーカー
  3. 著作権 vs 特許権 ー プログラム・ソフトウェア内蔵のハードウェア
    1. ソフトウェア(プログラミング言語=開発言語ソフトウェア、アプリケーションソフトウェア)
    2. ハードウェア(CPU=マイクロプロセッサ、BIOSチップ、GPU)
 
  1. https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-01.html
    https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-02.html
    https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-03.html

重要関連point

  1. 著作権 vs 特許権
  2. 産業構成 – target顧客ニーズへの対応[pioneer=first mover ー>創造的対応、follower=2nd mover以降ー>受動的対応]としてのsegmentation
    企業ニーズ

    企業の基幹処理業務(銀行の勘定系システムなど)     – central computing needs
    企業の部門処理業務(研究開発、経理処理、人事管理など) – departmental computing needs
    企業の個人処理業務(従業員個人がおこなう作業) – central computing needs

    家庭ニーズ(Home use)

    ゲーム用途
    家庭用文書処理業務(年賀状作成、手紙作成など)
    家庭用画像処理(年賀状用写真・イラストなど)
  3. 市場

前提知識
ミニコンピュータ(PDP-10,PDP-11)
マシン語、高級言語

BIOS関連記事
大原雄介(2016)「業界に痕跡を残して消えたメーカー BIOSで功績を残したPhoenix」2016年12月12日
https://ascii.jp/elem/000/001/402/1402407/

関連参考サイト
情報公共論
https://www.sanosemi.com/infopub/

Shap関連資料

  1. Sharp100年史
    https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf
    https://web.archive.org/web/20191205195514/https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf

  2. 「シャープ製品」『電子書籍で復刻 レトロ家電カタログ』
    https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top
    https://web.archive.org/web/20230430023231/https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top

    PC製品に関して、MZシリーズ、XIシリーズ、X6800シリーズなどのカタログが収録されている。PC以外にも、ZAURUS、パーソナルワークステーション AXシリーズなどのカタログも収録されている。なおこれらのカタログはすべて、無料ダウンロードが可能である。ただしビューアーは専用のもの(無料)をダウンロードし、インストールする必要がある。

Macintoshの市場的成功の要因

ハードウェア(Appleのレーザー・ライター)とソフトウェア(Aldus PageMaker)の組み合わせによるDTP市場の成立による成功
「ちょうどアップルIIの売り上げが、革新的なハードウ ェア(アップル•ディスクIIドライブ)とソフトウエア(ビジカルク)の登場と出会いによって飛躍的に伸びたように、マックの売り上げも、1985年7月、アップルのレーザーライターがアルダスのページメーカーに出会ってデスクトップ•パブリッシングというすばらしい環境が整ったことによって爆発的に伸びた。」(リンツメイヤーほか,2006,364)
 
MaCintoshII(1987)における「拡張可能性の確保」=オープン・アーキテクチャ戦略への転換
「スカリーは、アップルnの成功から学んだ教訓を活かし、1987年に拡張可能なマックIIを発売し、(かつてジョブズが反対していた) マックのアーキテクチャをオープンにすることによって、マックビジネスの勢いを保った。最初の出だしでなかなか弾みのつかなかったマックだが、ここへ来てアップルはついに失敗知らずとなったようだった。」(リンツメイヤーほか,2006,364)
 
[引用文献]
  1. リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト

1982年当時、「アップル社は消費財メーカーとして技術企業ではなく、技術者はまったく求めていない」ことをジョブズとマークラは確認している

「一九八二年下期に入って、エストリッジの引き抜き話が終わったころ、ジョブズとマークラは、ア ップル社は現実には消費財製造会社であって技術企業(a technology enterprise)ではなく、実は技術者(technologist)はまったく求めていないのだ、ということを確認した。」ローズ, F.(渡辺敏訳,1990)『エデンの西ーアップル・コンピュータの野望と相克』サイマル出版、p.132

Rose, F.(1989) West of Eden: The End of Innocence at Apple Computer, Viking,p.74
“In the latter part of 1982, in the wake of the Estridge episode, Jobs and Markkula had decided that Apple was actually a consumer-products company, not a technology enterprise, and that they didn’t really want a technologist at all.”

IBM PC(1981)用グラフィカル・ユーザーインターフェース

ビジカルク(VisiCalc9を開発・販売していたビジコープ社によるIBM PC(1981)用グラフィカル・ユーザーインターフェースの市場的失敗-DOS用アプリがその上で動作しない、動作が遅い、価格が高い、要求ハードウェア水準の高さ
 
「パーソナルソフトウェアは、同社の主要製品であるビジカルクを前面に出すためビジコープと社名を変えた。ビジコープは、ラスベガスで開かれた1982年秋のコムデックスで、「ビジオン」(コ—ドネーム「クエイザー」)という名前の高性能IBMPC用のグラフィカル•インタ—フェイスを公開し、再び注目を集める。この時アップルはまだリサを発表していなかったので、これが多くの人にとってウィンドウ、アイコン、マウス、ポインタといったものを初めて見る機会であった。残念ながら、1年後ビジオンが出荷された時には、ほとんど売れなかった。DOS用アプリケーションを実行できなかったため、表計算プログラム、グラフィックプログラム、ワープロ、それにマウスを含む専用のパッケージを購入しなければならず、それが合計で1765ドルもしたのだ。出荷が遅れ価格が高かった上に、動作が遅く、バグが山ほどあり、ハードウェアに対する要求も高かった。1983年8月、コントロール•データがビジオンを買収したものの、その後この業界から姿を消してしまった。しかし、ロータスデベロップメントが1985年にビジカルクの権利を買い、世界初の表計算の技術はロータス1,213に生き続けている。」リンツメイヤー,O.、林信行(2006)pp.91-92

リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト

Apple関係者によるIBM PC(1981)評価

販売チャネルを根拠として、IBM PC(1981)に対するAppleの優位性を確信していたApple社長(当時)のマイク・マークラ
 
「当初アップルには、IBMに対して優位を維持できるという自信があった。「IBMを市場から閉め出すつもりだ」と会長のスティーブ•ジヨブズは言った。「我々の守りは堅い」。社長のマイク•マークラも同様に鼻息が荒く、こう述べた。「我々はIBMがこの市場に参入してくるのを4年も前から見越し、待ち受けていた。主導権は我々にある。100万台の設置ベースのうち3分の1は押さえている。それに我々にはソフトウェアの蓄積がある。販売力も持っている。アップルのやることに対して行動を起こし、対応しなければならないのはIBMの方だ。今のやり方ではまったく不十分だ。IBMは、個人にどうやって売り込んだらよいか、まるでわかっていない。我々でさえ4年かけてようやくわかったのだから。IBMは流通機構や独立系のディーラ—について学ばなければならない。そういう時間は、金をつぎ込んだからといって短縮できるわけではない。第3次世界大戦でも起こらないかぎり、我々をノックアウトするのは不可能だ」リンツメイヤー,O.、林信行(2006) pp.180-181
 
IBM PC対抗製品としてのApple III
 
「我々は表計算を使える中小企業のオーナーをねらって、専用のコンピユータを設計した。それがアップルIIIだ。IBM がじりじりと追い上げてきている状況で、3年間、あらゆるプロジェクトと広告がアップルIIIのために使われた。その時世界で最も売れていたコンピュータの アップルIIのためにではなく」 スティーブ•ウォズニアック(「ニューズ ウイーク』1996年2月19日号)」
(リンツメイヤーほか,2006,93)
リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト
 
 
“We decided to go after small business owners who could use a spreadsheet, and designed a computer especially for them, the Apple III. With IBM nipping at our heels, every project and ad for three years was for the Apple III and not for the largest- selling computer worldwide, the Apple II.〃 Steve Wozniak(Newsweek, February 79,1996)
(Linzmayer,2004,15)
 
Linzmayer, Owen W. (2004) Apple Confidential 2.0:The Definitive History of the WoricTs Most Colorful Company, No Starch Press

Bill Gatesへの1993年インタビュー記録(Bill Gates関連のダウンロード可能なWEB上の資料)

https://web.archive.org/web/20001215161400/http://americanhistory.si.edu/csr/comphist/gates.htm
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インタビューアー:David Allison(当時の所属 Division of Computers, Information, & Society, National Museum of American History, Smithsonian Institution)
場所: Microsoft Corporation, Bellevue, Washington
日時:1993年11月30日~12月1日
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インタビュー内容
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8080の重要性を強調

  1. Family Background
  2. School Experiences
  3. Importance of Extra Curricular Activities
  4. Experiences with the PDP-10
  5. Creating Traf-O-Data
  6. Using an 8008 Processor
  7. Working for TRW
  8. Importance of the Microprocessor
    As early as 1971, Paul and I had talked about the microprocessor. And it was really his insight that because of semi-conductor improvements, things would just keep getting better. I said to him, “Oh, exponential phenomena is pretty rare, pretty dramatic. Are you serious about this? Because this means, in effect, we can think of computing as free.” It is a gross exaggeration, but it is probably the easiest way to understand what it means to cut cost like that. And Paul was quite convinced of that. So I would sort of say to Paul, “Well, you know what that means?” And he’d say, “Yeah, that is what it means.” It is kind of fun to know this, and think, gosh, how are companies going to react, how are they going to respond to something that phenomenal? The early days were very slow moving, though. By the time I went to Harvard, all there was was the 8008 chip. And the 8080 was just coming out, which was the first good general purpose microprocessor chip that Intel was coming out with.
  9. College Plans
  10. Discovery of Altair
  11. Writing an Altair Basic
  12. Testing the Basic
  13. Joining the PC Revolution
  14. Expanding Customers Beyond MITS
  15. Microsoft as a Separate Company
  16. Running Basic on an Altair
  17. The IMSAI Computer
  18. The People who formed Microsoft
  19. Early Microsoft Culture
  20. Basic for Other Early PC’s
  21. What Distinguished Microsoft Basic
  22. Running Microsoft Multiplan
  23. Defining Microsoft Corporate Strategy
  24. Move to the Business Market
  25. Keeping up with the Industry
  26. Growth of Microsoft
  27. Character of People Recruited
  28. The Move to Seattle
  29. The ‘Microsoft Way’
  30. Early Failures–and Lessons
  31. Relations with Paul Allen and Steve Ballmer
  32. Mazuhiko Nishi
  33. Vision for Spread of Personal Computers
  34. Keeping up with the Comptetition
  35. The TRS-80 Model 100
  36. End of First Phase of PC History
  37. The Altair Basic Paper Tape
  38. Holding the Beginning of Microsoft in his Hands
  39. Advent of the IBM-PC
  40. IBM-PC Design and Development Issues
  41. Switch from CP/M to DOS
  42. Features of Microsoft DOS
  43. Development of Microsoft Word
  44. Microsoft and the Mouse
  45. IBM-PC Compatible Explosion
  46. Relationship Between Microsoft and Apple
  47. Builing the Corporate Campus
  48. Going Public
  49. Microsoft’s Growth
  50. A Changing Culture
  51. The Business of the AT
  52. Continuing Business Expansion
  53. Challenges of the Windows Interface
  54. Moving to the 386
  55. Battle Between OS/2 and Windows
  56. Growing Windows
  57. Responding to Networks
  58. Pushing Towards Multimedia
  59. Directions of Windows NT
  60. Workgroup Computing
  61. Computers and Societal Transformation
  62. The Future of Computing
  63. Scary Developments
  64. New Corporate Branches
  65. Closing Thoughts