パラメトロン式計算機

演算素子の歴史的発展の主流の流れは、歯車から真空管へ、真空管から半導体へと進んだ。真空管とほぼ同時期に存在した演算素子に電磁リレーとパラメトロンがあり、それらを用いた計算機が電磁リレー式計算機とパラメトロン式計算機である。

 パラメトロンは1954年に後藤英一によって発明された演算素子であり、その当時、日本では「真空管に比べると価格が非常に安い」、「電磁リレーよりも高速動作が可能である」、「トランジスタよりも信頼性が高い」というように評価され、数十台のパラメトロン式計算機が製造された。しかしトランジスタの信頼性向上や低価格化により、結果的には、演算素子として主役の座を得ることはできなかった。
 なおアメリカでは、フォン・ノイマンが1954年4月28日と後藤英一よりも1か月ほど早く特許申請をしているが、同特許の実用化へ向けた具体的な取り組みはなされなかった。これは、「電磁リレーよりも高速動作が可能である」が、「真空管やトランジスタよりは低速である」ことが問題とされたと推定される。


 日本人の発明になる日本独自タイプの演算素子にパラメトロン(Parametron)がある。パラメトロンを演算素子や記憶素子として利用したcomputerの開発が日本では1950年代後半に積極的に進められた。
 20世紀中頃におけるcomputerの研究開発において、日本では演算素子としてリレー、真空管、トランジスタと並んでパラメトロンが利用されたのである。
パラメトロンとは、「計算機に必要な三作用、即ち記憶、論理演算、増幅がすべてこの一つの素子によってできる」(高橋秀俊,1968,p.3)という特徴を持つ素子であり、後藤英一が1954年に考案したものである(注1)。パラメトロンは、フェライトの環状磁心にコイルとコンデンサーを組み合わせた共振回路をもつ電気的な回路素子であり、機械的可動部を持たないというその構造から言えば、パラメトロンを演算素子として利用した計算機は電子的計算機の系列に位置づけることができる。
 パラメトロンは、その発明当時の対抗技術である真空管と比べ構造が簡単で信頼度が高く(注2)、コスト的にも安かった(注3)ことや、リレーよりも高速であったことなどから、電電公社電気通信研究所のMusashino-1(1957)(注4)、Musashino-1B(1960)、東大のPC-1(1957)、PC-2(1960)、日立のHIPAC MK-1(1957)、HIPAC101(1960)、HIPAC103(1961)、富士通のFACOM200(1958)、FACOM212(1959)、NECのNEAC1101(1958)、NEAC1103(1960)などいくつものパラメトロン計算機が製作されている。
 パラメトロン計算機は、それと同時代のリレー式計算機や真空管式電子計算機よりも優れた面を持っていたが、真空管の次世代技術であるトランジスタに比べて集積度・速度・消費電力の点で劣っていた。
 例えば高橋茂(1996,p.12)は、電気試験所でトランジスタ式電子計算機の開発に取り組もうと計画していたグループがパラメトロン採用をもちかけられ、その性能をチェックした時に、「原理はおもしろいけれども、トランジスタに比べていかにも動作が遅く、消費電力が大きいことを実感し・・・最初の計画通りトランジスタで進むことを決めました」と書いている。
 実際、トランジスタ式電子計算機のETL Mark III(1956)は300W、ETL Mark IV(1957)は550Wと小さかった(Takahashi,1986,p.148およびp.150)のに対して、パラメトロン計算機のMusashino-1(1957)の消費電力は4.76kW(Muroga&Takashima,1959,p.315)と大きかった。
温度特性の優れたシリコントランジスタの登場など1960年代におけるトランジスタ技術の進展の結果として、トランジスタに対するパラメトロンの大きな利点であった信頼度が「あまり大きな特色とはいえなくなった」(高橋秀俊,1968,p.3)結果として、「パラメトロンは日本の電子計算機工業にとって大きな道草であった」という批判(高橋秀俊,1968,p.iii)が1960年代後半には見られるようになった。
 集積度・速度・消費電力の点で劣るだけでなく、信頼度の点でもさほどの性能差別化が確保できなくなったパラメトロン計算機は、1960年代末には「現在の所、大型機には明らかに不利、中型機にはあまり有利ではない」(高橋秀俊,1968,p.18)という事態に直面することになった。
 価格の問題に関しては、1960年代後半の時点でもなお「パラメトロン素子の価格をトランジスタによる相当論理素子と比較する場合、速度のことを問題にしない限りパラメトロンの方が格段に安いことは間違いのない事実」(高橋秀俊,1968,p.17)であったから、小型機に関してはまだ可能性があると考えられていたが、トランジスタの相対的な低価格化、ICやLSIの登場の結果として、結局のところパラメトロンは技術的主流になることがなく、日本独自の技術としての位置づけに止まった(注5)。

パラメトロン素子

[出典] 高橋秀俊(1972)p.59

注1 フォン・ノイマンも、パラメトロンと同様にパラメーター励振を利用した素子を考案し、アメリカで特許出願をしている(米国特許番号2815488、特許譲受人IBM)。このフォン・ノイマンの特許申請は、1954年4月28日で後藤英一の特許申請よりも一ヶ月前であった。ただしフォン・ノイマンは真空管に対抗できる高速動作を目的としていたこともあり、その特許申請はマイクロウェーブ(1,000MHz~10,000MHz)によるものであった点で、励振電流の周波数を2.3MHzとした後藤英一のパラメトロンとは異なっていた。また特許申請書に原理的な解説はあったが、具体的な設計についての記述や図面はなかった。
高橋秀俊(1972,pp.81-82)は、パラメトロンの特許出願をドイツにした時にフォン・ノイマンの特許との類似性を指摘され、アメリカの特許を調べて「まさに原理的にはわれわれのパラメトロンと同じであり、しかもむこうのほうが、たった一月だが早く出願されていることがわかり、非常に驚いた」としている。なお、Muroga&Takashima(1959)論文のレフェリーも、パラメトロンとフォン・ノイマンとの類似性を指摘している。

注2 点接触型トランジスタを演算素子として利用した日本最初のトランジスタ式電子計算機ETL Mark III(1956)の開発に携わった高橋茂は、「困ったのが点接触型トランジスタの劣化でした。・・・昨日取り替えたばかりのトランジスタがもう故障だなどということもしばしば」(高橋茂,1996,p.13)であったと当時の点接触型トランジスタの信頼度の低さを証言している。また真空管の信頼度の低さに関しては、高橋秀俊が真空管式電子計算機に関して真空管を「毎朝テストして、何本か不良品を取り替えるというのが常識だった」(高橋秀俊,1979,p.143)と証言している。

注3 パラメトロン開発を主導した高橋秀俊は、「パラメトロンは・・・安価で、安定な部品だけから組み立てられていること、そうして、これ一種で完全な論理回路が組めるということが特徴で、特にまだトランジスタが非常に高価であった当時、価格の点でまったくユニークなものと思われた」(高橋秀俊,1968,p.3)としている。実際パラメトロン計算機の開発開始時点の1954年当時で、パラメトロン素子は一素子あたり約五百円という低価格であったが、「同じだけのものを真空管でつくれば、廉く見積もって一万円はしただろう。トランジスタにいたっては当時は1個が数千円もした」(高橋秀俊,1972, p.62)のである。ただしパラメトロン計算機の完成時点の1957年頃には「トランジスター素子の速度はずっと速いので・・・結局、価格の点ではそれほど違わない」(高橋秀俊,1972,p.62)という結果になっていた。

注4 Musashino-1は1957年3月に運転開始した日本最初のパラメトロン計算機であるが、7400個のパラメトロン(制御装置用1600個、算術演算装置用2800個、磁気コアメモリ用1000個、磁気テープメモリ用2000個)とともに、679本の真空管(算術論理演算装置用280本、磁気コアメモリ用239本、磁気テープメモリ用160本)も使用されており(Muroga&Takashima,1959,p.309)、いわばハイブリッド型の電子計算機であった。

 
 
パロメトロン式計算機 製品一覧
パロメトロン式計算機は日本独自の方式の計算機であり、下記のようにいくつもの製品があった。

PD 1516(東京大学と日本電子測器の共同開発、1956 年10 月)
MUSASHINOー1(電電公社、喜安善市の指揮のもとで室賀三郎らが設計、1957年3月)
MUSASHINO─1B(MUSASHINO ─ 1 と同じ論理構成を持つ後継機、富士通によりFACOM 201として製品化)
PC-2(後藤英一らが1958 年に東大理学部で試作したPC ─ -1 の後継機、大型パラメトロン計算機として,富士通で製作され,FACOM202として販売された)
HIPAC MK ─ 1, 101, 103(日立製作所)
NEA ─ 1101, 1102,1103, 1201(日本電気)
OPC ─ 1(沖電気)
MELCOM 3409(三菱電機)
KODIC ─ 401,402 (光電製作所)
 
関連資料1-パラメトロン計算機
 
関連資料2-後藤英一
 
関連資料3 パラメトロン電卓
  1. 大井電気株式会社(2010)「アレフゼロ101(世界初のパラメトロン素子を用いた電子式卓上計算機)が重要科学技術史資料に登録」大井電気株式会社ニュースリリース、2010年10月6日
    アレフゼロ101は、世界初のパラメトロン素子を用いた電卓である。

    大井電気は、日本最初のパラメトロン電子計算機(MUSASINO1号)の開発に際し、パラメトロン素子の製作を依頼されて供給したことを契機に、1962年末頃よりパラメトロン素子を用いた電卓の開発に取り組んだ。

    当時の電動計算機は、「値段が高く、重い」だけでなく、歯車式であったことから動作時に「大きな騒音」を発生させた。そこでパラメトロン素子を使って小型化を図ると同時に、静音化を実現することで、相対的競争優位を獲得できると考えたのである。

    1963年8月には日本で初めて電卓の試作に成功した。トランジスタではなくパラメトロンを約1700個を用いた同製品は、「アレフゼロ101」(大きさ550×520×380mm)として商品化され、1,964年4月から大学の研究室などに販売された。

    大井電気は1,000台のアレフゼロを製造・販売したが、最終的には価格が80万円と競合他社製品よりも高価格であったこと、消費電力が300Wもあったこと、パラメトロン素子が地磁気の影響を受けやすいことなどから、1970年には電卓販売から撤退を余儀なくされた。

    アレフゼロ101は、テンキー操作を採用し、表示桁数10桁で表示にはニキシー管を使用し、消費電力は300Wと大きかった。四則演算[加減算 10桁  乗算 20桁  除算 10桁(剰余10桁)]、一定数乗除算、累積、自乗、開平[9桁]などを簡単な操作で実行できた。また浮動小数点方式を採用し、小数点の位取りは自動的になされた。

 

ラテンアメリカ地域におけるコンピュータ史関連資料

単行本
  1. A. Cantarell and M. G. (editors), Historia de la Computación en México: Una Industria en Desarrollo, Volumen I. Mexico: Hobbiton Ediciones, January 2000
論文

電卓の歴史関連資料

WEBページ
電卓関連特許
    Jack S. Kilby, Jerry D. Merryman, and James H. Van Tassel. 1974. “Miniature Electronic Calculator”. U. S. Patent 3,819,921, 25 June 1974
書籍および論文
  1. Volder,Jack (1959) “The CORDIC Trigonometric Computing Technique”. IRE Transactions on Electronic Computers, vol. EC-8, 1959, pp. 330-334
  2. Swartzlander,Earl.(2002) “Calculating Machines”. in Atsushi Akera and Frederik Nebeker, eds., From 0 to 1: An Authoritative History of Modern Computing.Oxford University Press, pp.51-62
  3. Flamm,Bruce (1998) “An Early Electronic Calculator, the Friden EC-130”. IEEE Annals of the History of Computing, vol. 20, no.3, pp.72-73
  4. Wang,An. (1986) Lessons, An Autobiography. , Addison-Wesley Publishing Company, Inc., 1986, pp. 125-130
    https://archive.org/details/lessonsautobiogr0000wang/mode/2up

  5. House,Chuck. (1988) “Hewlett-Packard and Personal Computing Systems”. in Adele Goldberg, ed., A History of Personal Workstations. ACM Press, pp.403-406
  6. Ball,Guy, Flamm,Bruce. (1997) The Complete Collector’s Guide to Pocket Calculators. Wilson/Barnett Publishing, pp. 10-15

イギリスのコンピュータ史

WEBページ
  1. Lavington,Simon “A Brief History of Early British Computers”
    https://ethw.org/A_Brief_History_of_Early_British_Computers

  2. BBC(2011) “The BBC Microcomputer and me, 30 years down the line”,www.bbc.com, 1 December 2011
    https://www.bbc.com/news/technology-15969065

    BBC Microcomputerは、イギリスのPC企業Acorn ComputersがBBCが企画した BBC Computer Literacy Project のために設計・製造した8ビットPC(CPUはMOS Technologyの6502)であり、1981年末に販売開始され、1986年まで販売された。イギリスの多くの学校で採用され、累計で150万台が販売された。
    Fildes,Jonathan(2007) “Home computing pioneer honoured”BBC News,29 December 2007.
    https://web.archive.org/web/20080101113217/http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/7162935.stm
論文
  1. Excell,Peter S. (2018) “The British Electronics and Computing Industries: Past, Present and Future”, Annals of Emerging Technologies in Computing, Vol.2, No.3, pp.45-52.
    https://aetic.theiaer.org/archive/v2/v2n3/p5.pdf

IOMEGA

Zip製品の出荷データ
  1. 2000 Annual Report 「1995年3月の発売以来、(2000年までに)ライセンス供与分を含め、4,000万台以上のZipドライブと2億5,000万枚のZipディスクが出荷されている。」”Since their introduction in March 1995, more than 40 million Zip drives and 250 million Zip disks have been shipped, including licensee shipments. ”
    https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000091205701008337/a2041644z10-k.htm
    https://web.archive.org/web/20040119131312/http://download.iomega.com/com/about/investor/annual_report2000/annual.pdf

  2. 2001 Annual Report 「1995年3月の発売以来、(2001年までに)4,600万台以上のZipドライブと2億8,000万枚のZipディスクが出荷されている。」”Since their introduction in March 1995, more than 46 million Zip drives and 280 million Zip disks have been shipped.”
    https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000091205702011416/a2073803z10-k.htm
    https://web.archive.org/web/20030510143032/http://download.iomega.com/com/about/investor/annual_report2001/2001_annual_report.pdf

  3. 2002 Annual Report 「1995年3月の発売以来、(2002年までに)5,000万台以上のZipドライブと3億1,000万枚のZipディスクが出荷されている。」”Since the Company introduced the Zip drive in March 1995, it has shipped more than 50 million Zip drives and 310 million Zip disks.”
    https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000104746903009856/a2105859z10-k.htm
    https://web.archive.org/web/20040223122313/http://media.corporate-ir.net/media_files/NYS/iom/reports/2002ar.pdf

  4. 2003 Annual Report 出荷数に関する記述なし
    https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000104746903009856/a2105859z10-k.htm
    https://web.archive.org/web/20050530105340/http://media.corporate-ir.net/media_files/NYS/iom/reports/Iomega_Corporation_2003_Annual_Report.pdf

    PDF版のアニュアルレポートに収録されている”Message From the President and CEO”には下記の記述があるが、”We have shipped over 50 million Zip drives and over 300 million”という記載は2002アニュアルレポートの記載と矛盾する。

    Zip Products
    Iomega’s Zip products have been our dominant contributor to revenue and profits since their introduction nine years ago. We have shipped over 50 million Zip drives and over 300 million Zip disks during this time. Zip products have enjoyed a tremendous record of success and a remarkably long life cycle for the technology industry. Although Iomega has regularly improved Zip performance and capacity for its customers in government, education, and in the broader business market, the mature Zip platform is reaching the end of its life cycle. As such, in 2003, Zip products continued to lose ground to optical drives, external hard drives, flash drives and other storage alternatives. Despite this, the Zip product line continues to generate positive cash flow to fund our other initiatives and it is expected to remain profitable through 2004 and potentially beyond.
     
  5. Zip製品出荷データ1998-2003
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ZipDiskNDrive_unitsales_1998to2003.gif

    1998 1999 2000 2001 2002 2003
    Drives 8,993 9,591 6,997 5,223 4,049 2,221
    Disks 5,905 6,442 5,479 3,442 2,784 1,451

    Zipドライブの出荷単位数:千台、Zipディスクの出荷単位数:万枚
    Wikipediaにおける1999年のZipドライブの上記出荷数値は、2003アニュアルレポート(pdf版p.19,ドライブの単位千台、ディスクの単位千枚)の下記数値9,691と10万台だけ違っている。

    1999 2000 2001 2002 2003
    Drives 9,691 6,997 5,223 4,049 2,221
    Disks 64,417 54,786 34,421 27,835 14,514
 
2003 Annual Report におけるZip製品ビジネスの衰退に関する記述
“In other efforts to replace the declining Zip business, the Company has developed and launched a variety of products, none of which were commercially successful. In addition, the Company has launched and attempted to expand its Sourced Branded and NSS businesses. During 2004, for the first time, sales of the Sourced Branded business segment exceeded Zip product sales. However, the Company’s Sourced Branded segment does not generate high gross margins and the segment has never been profitable for an entire year. Moreover, the NSS business has also incurred losses each year.

Thus, the Zip product segment remains the Company’s only consistently profitable segment. In light of the inevitable decline of the Zip business, the Company will not be viable unless it generates significant PPM from products other than Zip products. REV products currently represent the Company’s most realistic opportunity to develop a significant PPM stream which could at least partially offset the rapidly-declining Zip PPM. Management expects to continue to invest significant resources with the goal to increase REV product sales. It is unlikely that the Company will be able to operate profitably unless and until REV products generate significant positive PPM. However, the Company can provide no assurance that the REV business will generate PPM sufficient to offset declining Zip PPM.”
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000119312505052427/d10k.htm#tx98116_7

 
IOMEGA社のアニュアル・レポート

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10-K (Annual report) EX-32.2 2006/3/15 2005/12/31
10-K (Annual report) EX-32.1 2006/3/15 2005/12/31
10-K (Annual report) EX-10.26 2006/3/15 2005/12/31
10-K (Annual report) EX-31.1 2006/3/15 2005/12/31
10-K (Annual report) EX-31.2 2006/3/15 2005/12/31
10-K (Annual report) EX-21.1 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-10.21 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-10.25 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-10.23 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-10.22 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-32.2 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-32.1 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-10.24 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-31.1 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-31.2 2007/3/16 2006/12/31
10-K (Annual report) EX-21.1 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-10.18 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-32.10 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-32.9 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-10.17 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-31.9 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-31.10 2008/3/14 2007/12/31
10-K (Annual report) EX-10.25 2008/3/14 2007/12/31
10-K/A (Annual report) 2008/4/24 2008/4/23
10-K/A (Annual report) EX-31.11 2008/4/24 2008/4/23
10-K/A (Annual report) EX-31.12 2008/4/24 2008/4/23
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コンピュータ史関連資料(日本語)

アーカイブス
  1. 日本情報経済社会推進協会 JIPDECアーカイブス
    https://www.jipdec.or.jp/library/archives.html

    『コンピュータ白書』1965-1986『情報化白書』1987-2009、『JIPDECジャーナル』等の定期刊行物を含め、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)がこれまで発行した資料が公開されている。
    なお下記団体の刊行物も含まれている。

    産業情報化推進センター(CII)
    中央情報教育研究所(CAIT)
    電子商取引実証推進協議会、電子商取引推進協議会、次世代電子商取引推進協議会(ECOM)
    企業間電子商取引推進機構(JECALS)
    EDI推進協議会、次世代EDI推進協議会(JEDIC)
    STEP推進センター
    財団法人データベース振興センター(DPC)
    日本PKIフォーラム(PKI-J)
    財団法人新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)
    先端情報技術研究所(AITEC)
    スマートハウス情報活用基盤整備フォーラム(eSHIPS)
    電子記録応用基盤フォーラム(eRAP)

 
日本のコンピュータに関する歴史研究
  1. 高橋茂,浦城恒雄「日立のHITAC 2010」『情報処理』43(2), pp.108-110
    『情報処理』43(2)の特集「知られざる計算機」の中の一論文
     
  2. 西野博二(1965)「電子計算機の発達」高橋茂編『ディジタル電子計算機』日刊工業新聞社,pp.331-341
    本論文では、電子計算機の歴史的発達が、「四則演算の機械化」、「情報の符号化」、「計算手順の自動化」、「電子技術」という4要素の視点から下記のように捉えられている。
    Nishino-1965-p331
     
  3. 情報処理学会(2003)「オフィスコンピュータの歴史調査と技術の系統化に関する調査」『国立科学博物館技術の系統化調査報告』第3集
    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011034.pdf&n=008.pdf

  4. 池元有一(2001)「日本におけるコンピュータ産業の発展過程 −1960年代、電力業の制御用コンピュータを中心に−」『土地制度史学』
    https://doi.org/10.20633/tochiseido.43.4_17

  5. 池元有一(2003)「日本のコンピュータ産業の発展過程 — 1960年代, 事務用小型機を中心に」『社會科學研究』(東京大学社会科学研究所)、54(4),pp.3-32
    https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/17309

  6. 池元有一(2015)「日本のコンピュータ産業の発展過程」『經營學論集』85(日本的ものづくり経営パラダイムを超えて)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/abjaba/85/0/85_F14-1/_article/-char/ja

  7. 瀬川滋(2010)「私の日本コンピュータ史」『太成学院大学紀要』12巻、p. 243-254
    https://doi.org/10.20689/taiseikiyou.12.0_243
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/taiseikiyou/12/0/12_KJ00006000399/_pdf/-char/ja

  8. 岡本行二(2007)「日本の情報システムとコンピュータ利用」『情報システム学会誌』2(1), pp.18-28
    https://doi.org/10.19014/jissj.2.1_18

 
コンピュータ史
 
コンピュータに関する開発史的研究
 
コンピュータ企業の社史
  1. 日本IBM編(1988)『日本アイ・ビー・エム50年史』
  2. 日本ユニバック編(1988)『日本ユニバック30年のあゆみ』
  3. 富士通編(1977)『富士通社史』
 
コンピュータに関する産業史および経営史的研究
  1. 青木洋(1994)「日本におけるコンビュータの産業化:研究者・技術者の活動を中心に」『研究年報経済学』東北大学,第56巻 第l号
  2. 臼井健治(1986)『日本のコンピューター開発群像』日刊工業新聞社
  3. 立石泰則(1993)『覇者の誤算:日米コンピュータ戦争の40年』日本経済新聞社
  4. 中川靖造(1990)『NTT技術水脈:巨大実用化研究所に賭けた男達』東洋経済新報社
  5. 中村清司(1992)「産業政策とコンピュータ産業」森川英正編『ビジネスマンのための戦後経営史入門』日本経済新聞社
  6. 中村清司(1995)「コンピュータ産業:汎用機の国際競争力」武田晴人編『日本産業発展のダイナミズム』東京大学出版会松尾博志(1987)『スーパー頭脳集団・電総研』コンビュータ・エージ杜
  7. 宮崎晋生(2007)「日本の汎用電子計算機産業における技術提携の意義 : 産業発展・技術進化の社会的構築性」一橋大学学位論文: 博士(商学)
  8. 笠井雅直(2002)「戦後日本における情報通信産業の成立過程」『名古屋学院大学論集 社会科学篇』38(3)、pp.61-76
    http://doi.org/10.15012/00000805
    https://web.archive.org/web/20190415003245/https://core.ac.uk/download/pdf/80045843.pdf
 
コンピュータ政策史
    米倉誠一郎、島本実「競争と計画の調整 揺籃期コンピューター産業と通産官僚」伊丹敬之、加護野忠男、宮本又郎、米倉誠一郎編『ケースブック 日本企業の経営行動1』有斐閣、1998年
    宮崎晋生(2008)「日本における電子計算機産業政策での政策決定プロセス」『国際関係・比較文化研究』静岡県立大学, 第6巻 第2号, pp.113-132
    http://usr.u-shizuoka-ken.ac.jp/kn/AA11845283200803001060.pdf
 

情報記録装置関連資料

パンチカード

    https://www.ibm.com/history/punched-card

    https://www.ibm.com/history/punched-card-tabulator

    https://ethw.org/Early_Punched_Card_Equipment,_1880_-_1951

  1. Heide,Lars.(2009) Punched-Card Systems and the Early Information Explosion. Johns Hopkins University Press.
  2. Austrian,Geoffrey. (1982) Herman Hollerith: Forgotten Giant of Information Processing. Columbia University Press.
 
パンチカード関連特許
  1. Herman Hollerith. 1884. Art of Compiling Statistics. U.S. Patent 395,782, filed 23 September 1884 and granted 8 January 1889.
  2. Herman Hollerith. 1914. Automatic Control for Tabulating Machines. U.S. Patent 1,830,699, filed 11 March 1914 and granted 3 November 1931. Automatic group control described in this patent was a facility to control the generation of sub and grand totals. It is the earliest example of conditional programming of a punched card machine, a facility subsequently essential for stored-program computers.
 
磁気ドラム(Magnetic drum memory)

    https://www.computerhistory.org/timeline/1950/#169ebbe2ad45559efbc6eb35720bdc28

 
磁気コアメモリ(Magnetic core memory)

    https://www.computerhistory.org/timeline/1949/#169ebbe2ad45559efbc6eb3572087216

 
磁気テープ装置

    https://www.ibm.com/history/magnetic-tape

    https://archive.computerhistory.org/resources/access/text/2023/12/102803792-05-01-acc.pdf

    https://bitsavers.org/pdf/afips/1953-03_%2303a.pdf

    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011032.pdf&n=116.pdf

 
カセットデッキ(カセットテープ)

    https://web.archive.org/web/20221109000636/https://akiba-pc.watch.impress.co.jp/docs/column/retrohard/1444542.html

    https://web.archive.org/web/20250220150809/https://pc.watch.impress.co.jp/docs/topic/feature/1657515.html

 
フロッピーディスクドライブ(FDD)

    https://www.ibm.com/history/floppy-disk

    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011067.pdf&n=105.pdf

    https://www.ibm.com/history/floppy-disk

    Iomega社のZipドライブについての紹介
 
光学ドライブ(FDD)

    https://www.ibm.com/history/optical-storage

    https://dspace.mit.edu/entities/publication/b142b02c-e6af-4d5b-b58f-efedb8e920be

    https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0000685.pdf

    https://www.denso-ten.com/jp/technicalreview/jp_pdf/16/16-2J.pdf

    全世界におけるCD-ROMドライブの出荷台数は、1990年までの累計で40~50万台と推計され”

    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011028.pdf&n=118.pdf

    https://web.archive.org/web/20031026222350/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_birth.html
    https://web.archive.org/web/20031225154449/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_record.html
    https://web.archive.org/web/20031026222439/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_spec.html

    https://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00070&age=stable-growth

    DOI https://doi.org/10.11470/oubutsu.76.9_995

    https://doi.org/10.11470/oubutsu.81.8_667

    http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/index.html

    太陽誘電 第1回 『すべてが手作業だった!』
    太陽誘電 第2回 『CDコンパチブルを貫け!』
    https://web.archive.org/web/20151122094715/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-02-01.html
    太陽誘電 第3回 『CD-Rが生まれた瞬間』
    https://web.archive.org/web/20151122075557/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-03-01.html
    太陽誘電 第4回 『CD-Rがブレークする瞬間』
    https://web.archive.org/web/20151122102730/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-04-01.html
    http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-04-02.html
    「CD-ROMの存在がCD-Rの普及を促す――そして迎えたCD-Rのブレーク」
    https://web.archive.org/web/20151117123425/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-04-02.html

    https://web.archive.org/web/20090304083417/http://ceramni.jpn.org/file/soukai06/kouen_0602.pdf

    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011067.pdf&n=105.pdf

    https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011042.pdf&n=113.pdf

 
ハードディスクドライブ(HDD)

    https://www.ibm.com/history/ramac

    https://doi.org/10.1541/ieejjournal.132.97

    https://doi.org/10.11485/iteac.1997.0_401

    DOI https://doi.org/10.3169/itej.53.1363

    https://doi.org/10.3169/itej.60.9

    https://doi.org/10.1299/jsmemag.110.1063_436

    https://doi.org/10.11485/itetr.32.55.0_13

    https://doi.org/10.11499/sicejl.50.483

    https://doi.org/10.1299/jsmemag.117.1150_600

    https://doi.org/10.1299/jsmeiip.2010.175

    https://doi.org/10.11485/itetr.34.1.0_17

OSに関する参考文献(作成中)

所眞理雄(2008)「発展・成長期におけるOS研究開発」2008年4月8日
https://web.archive.org/web/20171121130021/https://www.jst.go.jp/crest/crest-os/topics/file/H20concept_doc1.pdf
所眞理雄:ソニー(株)業務執行役員SVP、(株)ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

伊藤宗彦(2005)「ソフトウエアの標準化とマーケティング–オペレーション・システムの標準化の考察」『マーケティングジャーナル』24 (3), 18-30, 2005

伊藤宗彦(2004)「オペレーション・システムの標準化要因の考察-標準化とマーケティング要因の関連性分析」神戸大学経済経営研究所 Discyssion Paper Series No.362
https://www.rieb.kobe-u.ac.jp/academic/ra/dp/Japanese/dpJ62.pdf

アリスモメーター(Arithmometer)

歯車式計算機の実用化・量産化が進んだのは19世紀である。フランスのコルマー(Charles Xavier Thomas de Colmar、1785-1870)がアリスモメーターという計算機を発明し、1820年に特許を取得している。コルマールは保険会社の社長であった。保険会社は、顧客ごとのリスクに応じた適切な保険料の設定などで大量の数値計算業務を抱えていた。そこでコルマールは業務に役立てようと自ら計算機を開発したのである。
 コルマールの計算機は、ライプニッツの計算機と同じく段付き歯車を利用したタイプのものであったが、8桁の数字どうしの掛け算を18秒で、16桁の数字を8桁の数字で割るのを24秒で、16桁の数字の平方根を求めるのを1分15秒でできた。
 コルマールの計算機は、1825年から65年までの40年間に約500台、1865年から1878年までの13年間に約1,000台が売れるなど、商業的に最初に成功した最初の実用機であり、第一次世界大戦期の1915年頃までに約5,500台が製造された。1880年代末から模倣品(クローン)を製造する企業が多数登場しはじめ、最終的には20社にのぼる企業が模倣品を製造するほど、コルマール式計算機は社会的に普及した。
 そのため、コルマール以降に新しく発明された技術的構造が異なる歯車式計算機もアリスモメーターの名称で呼ばれた。例えば、段付き歯車を採用したコルマールとは異なり、ピン歯車を採用したオドネルの計算機もアリスモメーターと一般には呼ばれている。日本最初期の歯車式計算機であり、技術的構造がまったく異なる計算機である矢頭良一の自働算盤の商品名も、「パテント・ヤズ・アリスモメトール」(Patent Yazu Arithmometer)であった。

 
段付き歯車(stepped drum)
段付き歯車とは、下図のように、長さが異なる9つの歯を円筒に付けたものであり、円形歯車と組み合わせて用いる。計算機で「1」を設定すると1つの歯が、「2」を設定すると2つの歯が円形歯車とかみ合うように設計されている。
下図ような配置であれば、段付き歯車の7つの歯が円形歯車とかみ合うことになる

[図の出典]
元の図から、歯車の軸および背景色を取り除いた。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Staffelwalzeprinzipbha.jpg

 
ピン歯車(pin wheel)
ピン歯車とは、引き込み式のピン(可動ピン)が内部に9つ取り付けられた歯車である。計算機で「1」を設定すると1つのピンが、「2」を設定すると2つのピンが突き出た状態になるように設計されている。
下図では、3つのピンが突き出た状態になっている。

[図の出典]
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Roue_%C3%A0_nombre_de_dents_variables.png

 
参考資料
  1. The Museum of HP Calculators “How Calculating Machines Worked”
    https://www.hpmuseum.org/mechwork.htm

  2. National Museum of American History “Stepped Drum Calculating Machines” Collections>Object Groups>Calculating Machines
    https://americanhistory.si.edu/collections/object-groups/calculating-machines/stepped-drum-calculating-machines?utm_source=chatgpt.com
    Thomas Arithmometer(ca 1820)、Payen Arithmometer(ca 1887)など76のアリスモメーターに関する写真付き解説がある。

  3. 国会図書館「アリスもメーター」博覧会-近代技術の展示場>第2部 出展品からみる産業技術の発達 > 技術の一覧>計算機
    https://www.ndl.go.jp/exposition/data/R/652r.html

エドモンド・バークリー(Edmund Callis Berkeley)関連資料

1. はじめに
 
バークリーは、Association for Computing Machinery(ACM) の創設者の一人で、ACMの初代secretaryを努めている。彼は、Computer and People (旧名: Computers and Automation)誌の編集者兼発行人を1949年から務めるともに、コンピュータおよび数学に関する16冊の本を書いている[注1]
バークリーは、City College of New Yorkでthe fall term 1951-1952に”Digital Computers and Techniques”というタイトルの授業をおこなうなど、コンピュータ分野に強い興味・関心を持った人々を対象としたコンピュータ教育や普及活動をおこなうとともに、コンピュータによって第二の産業革命(”Second Industrial Revolution” [Berkeley, E.C. (1956) Tyniacs, p.4)が生じるといったコンピュータ革命論などの主張により、1950年代にコンピュータの社会的普及に寄与した人物である。

図1 Radio-Electronics 1950年10月表紙におけるロボットSquee
図2 Scientific American 1950年11月表紙における組立済みSimon

バークリーは、「mechanical brains、electric brains、brain machines 、machines that thinkとしてのコンピュータ」という宣伝文句(あるいは比喩)のもとに、Giant Brainといった著作の出版、Squeeというロボット[図1参照]の製作、コンピュータ教育用のコンピュータ・キットSimon[図2参照]製作プラン[注2]、Geniacなどのelectrical toy kitsの販売などをRadio ElectronicsやPopular Electronicsといったホビイスト向け雑誌(hobbyist magazine)を通じておこない、1950年代にコンピュータという新技術・新製品の有用性を社会的に広く知らしめた大衆的啓蒙家・普及者(popularizer)、エバンジェリスト(evangelist)として知られている。
なおバークリーは、掛け算・割り算・引き算・足し算などの計算だけしか計算を実行できない「計算」機械、すなわち、算術演算(arithmetical operation,四則演算)しか取り扱えない手動の歯車式計算機などの「calculatorとしての計算機」と、論理演算(logical operation, Boolean operation) をも取り扱える「computerとしての計算機」[注3]の違いの積極的意味をわかりやすく印象づけるためのキャッチフレーズとして、「mechanical brains、electric brains、brain machines」などという用語を用いている。

バークリーの著作は、Berkeley (1949) Giant Brains[バークリー(高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房]も含めて3冊が翻訳されている。

[注1] Adams, J. (1988) “Obiruary,” Communication of the ACM, 31(6),p.781
[注2] Berkeley, E.C. and Robert A Jensen (1952) Construction plans for Simonなどの著作物として、Simonというコンピュータの製作プランが販売されている。Berkeley, E.C. (1959, 1961) Brainiacs, p.2,p.230の記述によれば、そうした製作プランは400セット以上売れた、と言われている。Simonは電磁リレーを130個ほど使うなど[Berkeley, E.C. and Robert A Jensen(1952) Construction plans for Simon, E.C. Berkeley and Associatesの中のMemorandum 9 “Parts List for Simon as of June,1950”では131個となっているが、Simonの版によってその数は異なる]、コンピューター教育用キットとしては多少複雑で高価であったため、それほど数多く売れたわけではない。
[注3] computerとしての計算機という技術論的規定としては、論理演算が実行可能である以外にも、ユーザーが「条件分岐」処理、「繰り返し」処理、「(キー入力、ネット受信、ファイル読み込みなど)外部データの読み込み」処理、「(ファイル保存やネット送信など)データの外部書き出し」処理などのプログラミング処理を実行可能であることが必要である。
 
2. バークリーの著作(1) — 単行本およびパンフレット
 
(1) 日本語訳
a.バークリー, E.C. (高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房,266pp
b.バークレー,E.C. (中島仁郎, 市村恵一訳,1964)『コンピューター革命 : 無限に広がる電子計算機時代』ダイヤモンド社, 299pp
c.バークレイ, E.C. (川尻信夫, 根本精司訳, 1971) 『数学嫌いのための数学入門』河出書房新社,334pp

(2) 原著 – 単行本
a.Berkeley, E.C. (1949) Giant Brains, or Machines That Think, John Wiley & sons, 270pp
http://archive.org/details/GiantBrains

DjVu形式で全文ダウンロードが可能
http://catalog.hathitrust.org/Record/000379911
全文検索、および、ページごとのダウンロードが可能

ENIAC,Harvard Mark Iなど1940年代の大型計算機などの紹介や、電気回路でブール代数を扱うことができることを示したシャノンのMIT修士論文「継電器とスイッチ回路の記号論的解析」(1937)の内容の解りやすい紹介・解説などを含んでいる。
原著は、1949 年からの10 年間で1 万5 千部以上も売れたと言われている。なお邦訳は、バークリー(高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房である。

b.Berkeley, E.C., Wainwright, Lawrence (1956) Computers : their Operation and Applications, Reinhold Publishing Corp.,366pp
http://catalog.hathitrust.org/Record/000475871
全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能

c.Berkeley, E.C. (1959) Symbolic Logic and intelligent Machines, Reinhold Publishing Corp., 203pp

http://catalog.hathitrust.org/Record/010299522で全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能

d.Berkeley, E.C. (1961) Probability and Statistics: An Introduction through Experiments, Science Materials Center, 121pp

e.Berkeley, E.C. (1962) The Computer Revolution, Doubleday, 249p

http://catalog.hathitrust.org/Record/00116364で全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能

f.Berkeley, E.C. (1966) A Guide to Mathematics for the Intelligent Nonmathematician, Simon and Schuster, 352pp

g.Berkeley, E.C. (1967) Computer-assisted Explanation: A Guide to Explaining: and some ways of using a computer to assist in clear explanation, Information International

h.Berkeley, E.C. (1973) Ride the East Wind; Parables of Yesterday and Today, Quadrangle

i.Berkeley, E.C.(1984) The Computer Book of Lists and First Computer Almanack, Reston Publishing, 155pp

 

(3) 原著 – パンフレット、製作マニュアルほか
a.Berkeley, E.C. (1951, 2nd ed. 1952) Squee, The Robot Squirrel — Construction Plans, Edmund C. Berkeley and Associates, 19pp

 

b.Berkeley, E.C. and Robert A. Jensen (2nd ed. 1952) The Construction Plans for Simon, Edmund C. Berkeley and Associates, 71pp

http://catalog.hathitrust.org/Record/000473670で全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能
 

c.Berkeley, E.C. (1952) The Construction of Living Robots, Edmund C. Berkeley and Associates, 20pp

http://cyberneticzoo.com/wp-content/uploads/2009/09/LivingRobots52.pdfで全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能
 

d.Berkeley, E.C. (1955) Geniacs: Simple Electric Brain Machines, and How to Make Them, Berkeley Enterprises, Inc , 63pp

http://catalog.hathitrust.org/Record/007902253で全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能
Geniac Electric Brain Construction Kit No.1の製作マニュアル
 

e.Berkeley, E.C. (1956) Tyniacs: tiny electric brain machines, and how to make them. Also: Manual for Tyniac Electric Brain Construction Kit , Berkeley Enterprises, Inc., 47pp

http://catalog.hathitrust.org/Record/007902254で全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能
 

f.Berkeley, E.C. (1956) Small Robots – Report, Berkeley Enterprises, Inc.,

http://history-computer.com/Library/SmallRobots.pdf
Berkeleyが”small robots”と呼んでいるSimon、Squee、Relay Moe、Franken、Magdum、Sylvania Message Display Robot、Four Hundred Year Calendar Machine、George the Gogetter、Marbellina、Divorce Mill with Bigamy Alarm、Electric Shovel、Gantry Crane、Switch Tit Tat Toe Machine、Fox, Hen, Corn and Hired Man Machineといった各種キットについて、機能やcostについて簡潔な解説がなされている。
 またこれらの”small robots”に加えて、Geniac kit ($17.95)とTyniac electric brain construction kit ($9.95)という低価格のelectric brain construction kitが二つ紹介されている。
 

本稿のPDF版は下記からダウンロードできる。

エドモンド・バークリーEdmund Callis Berkeley

コンピュータは何をするマシンなのか?-情報処理装置としてのコンピュータに関する技術論的理解

  1. 「情報処理を構成する要素的作業」としての演算(operation)
    1. 算術演算(四則演算)- 加算、減算、乗算、除算、インクリメント処理、デクリメント処理
    2. 論理演算 - AND(論理積)、OR(論理和)、NOT(否定)、XOR(排他的論理和)、その他のビット演算(NAND、NOR、XNORなど)
    3. 比較演算 - 等しいかどうかの判定(==)、大小比較(<、>、<=、>=)
    4. シフト演算 - 左シフト、右シフト、算術シフト(符号を維持するシフト)、論理シフト(符号を無視)
     
  2. 「演算(operation)処理を担うハードウェア」としてのALU(算術論理演算装置、Arithmetic Logic Unit)
    算術演算・論理演算を実行するハードウェア要素で、CPU(中央処理装置、Central Processing Unit)やGPU(Graphics Processing Unit)の中核をなす部分である。
    ALUは、制御ユニットからの指示を受けて各種の演算を実行し、その計算結果をレジスタやメモリに書き込むといった処理を行う装置である。
     
  3. ALU(算術論理演算装置、Arithmetic Logic Unit)のハードウェア的内部構成
    1. 入力レジスタ- 演算対象のデータを一時的に保持。
    2. 演算回路- 加算器や論理ゲートなど、実際に演算を実行する回路。
    3. フラグレジスタ- 演算結果に基づいてフラグを設定(例: ゼロフラグ、キャリーフラグ、オーバーフローフラグ)。
     
  4. 2種類の算術演算(四則演算)- 「整数」演算 vs 「浮動小数点」演算
    a.「整数」演算-アドレス計算(メモリ管理など)、データカウント、ループ処理、状態管理、暗号化などの用途で用いられる演算処理
    整数値を対象とした演算で、小数点は明示的には取り扱わない。
    演算は高速だが、取り扱うことが可能な数値範囲に制限があり、演算処理の結果としてオーバーフロー(取り扱い可能範囲を超えた数値となること)が生じて、演算処理が継続できない可能性がある。
    加算・減算が高速。乗算・除算も浮動小数点よりは軽量。
    暗号化作業では、データのAND,OR,XOR論理演算といったビット演算を多数回利用することが多い。
     
    b.「浮動小数点」演算- AI、グラフィックス処理(画像処理、VR[Virtual Reality,仮想現実]処理など)、数値シミュレーション(気象シミュレーションなど)や数値解析といった科学技術計算などの用途で用いられる演算処理
    浮動小数点数(floating-point number)とは、小数点を含む実数値の表現形式であり、符号ビット(正または負)、仮数部(正規化された有効桁)、指数部から構成される。
    単精度(32ビット)で約7桁の精度、倍精度(64ビット)で約16桁の精度。有効桁数内を超えた部分では、「丸め誤差」が存在する。
    浮動小数点演算は複雑で、整数演算よりも計算コストが高い。特に、乗算や除算の処理で計算コストが高い。
     
  5. 「整数演算」専用ALU vs 「浮動小数点演算」専用ALU
    「浮動小数点」計算処理それ自体は、「整数演算」専用ALUでも実行できるが、実行速度は遅い。そのため「浮動小数点」計算処理のためには、「浮動小数点演算」専用ALUが用いられている。

    現代のCPUには、「整数演算」専用ALU装置と「浮動小数点演算」専用ALU装置=FPU(Floating Point Unit)が統合されていることが多い。ただしコストの関係で、浮動小数点演算専用ALU装置はさほど多くは搭載されてはいない。
    これに対してGPUには、大量の「浮動小数点演算」専用ALUが搭載されている。
    機械学習やグラフィックス処理ではテンソル計算を大量に処理する必要があるため、「浮動小数点」演算に強いGPUが利用される。

     

関連参考文献

2024-06-04講義メモ

取り上げるポイント

  1. Microsoft BASICインタプリタの多機種展開(なぜAltair用インタプリタが他の機種でも使えたのか)
  2. IBM PC開発時におけるオペレーティングシステムの選択について(CP/M、86-DOS、MS-DOS)
  3. IBM互換機とPC-98互換機開発について(エプソン互換機がなぜ著作権違反で訴えられたのか)
 

CUIからGUIへ
ビットマップディスプレイへ

ポイント理解のための視点

  1. 市場規模・出荷台数の歴史的推移
  2. 産業構造
    1. メインフレーム産業の構造(垂直統合型)
      vs

    2. PC産業の構造(水平分業型 or 垂直統合型)
       PC専業メーカー(MITS、Dellなど) ソフト専業メーカー
       PCシステムメーカー
  3. 著作権 vs 特許権 ー プログラム・ソフトウェア内蔵のハードウェア
    1. ソフトウェア(プログラミング言語=開発言語ソフトウェア、アプリケーションソフトウェア)
    2. ハードウェア(CPU=マイクロプロセッサ、BIOSチップ、GPU)
 
  1. https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-01.html
    https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-02.html
    https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-03.html

重要関連point

  1. 著作権 vs 特許権
  2. 産業構成 – target顧客ニーズへの対応[pioneer=first mover ー>創造的対応、follower=2nd mover以降ー>受動的対応]としてのsegmentation
    企業ニーズ

    企業の基幹処理業務(銀行の勘定系システムなど)     – central computing needs
    企業の部門処理業務(研究開発、経理処理、人事管理など) – departmental computing needs
    企業の個人処理業務(従業員個人がおこなう作業) – central computing needs

    家庭ニーズ(Home use)

    ゲーム用途
    家庭用文書処理業務(年賀状作成、手紙作成など)
    家庭用画像処理(年賀状用写真・イラストなど)
  3. 市場

前提知識
ミニコンピュータ(PDP-10,PDP-11)
マシン語、高級言語

BIOS関連記事
大原雄介(2016)「業界に痕跡を残して消えたメーカー BIOSで功績を残したPhoenix」2016年12月12日
https://ascii.jp/elem/000/001/402/1402407/

関連参考サイト
情報公共論
https://www.sanosemi.com/infopub/

Shap関連資料

  1. Sharp100年史
    https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf
    https://web.archive.org/web/20191205195514/https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf

  2. 「シャープ製品」『電子書籍で復刻 レトロ家電カタログ』
    https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top
    https://web.archive.org/web/20230430023231/https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top

    PC製品に関して、MZシリーズ、XIシリーズ、X6800シリーズなどのカタログが収録されている。PC以外にも、ZAURUS、パーソナルワークステーション AXシリーズなどのカタログも収録されている。なおこれらのカタログはすべて、無料ダウンロードが可能である。ただしビューアーは専用のもの(無料)をダウンロードし、インストールする必要がある。

Macintoshの市場的成功の要因

ハードウェア(Appleのレーザー・ライター)とソフトウェア(Aldus PageMaker)の組み合わせによるDTP市場の成立による成功
「ちょうどアップルIIの売り上げが、革新的なハードウ ェア(アップル•ディスクIIドライブ)とソフトウエア(ビジカルク)の登場と出会いによって飛躍的に伸びたように、マックの売り上げも、1985年7月、アップルのレーザーライターがアルダスのページメーカーに出会ってデスクトップ•パブリッシングというすばらしい環境が整ったことによって爆発的に伸びた。」(リンツメイヤーほか,2006,364)
 
MaCintoshII(1987)における「拡張可能性の確保」=オープン・アーキテクチャ戦略への転換
「スカリーは、アップルnの成功から学んだ教訓を活かし、1987年に拡張可能なマックIIを発売し、(かつてジョブズが反対していた) マックのアーキテクチャをオープンにすることによって、マックビジネスの勢いを保った。最初の出だしでなかなか弾みのつかなかったマックだが、ここへ来てアップルはついに失敗知らずとなったようだった。」(リンツメイヤーほか,2006,364)
 
[引用文献]
  1. リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト

Intel 8086関連資料

Mazor,S.(2010) “Intel’s 8086” IEEE Annals of the History of Computing, 32(1), pp.75-79
https://ieeexplore.ieee.org/document/5430762
Stanley Mazor

Morse, S. et al.(1980) “Intel Microprocessors 8008 to 8086” Computer, pp. 42-60.
https://www.stevemorse.org/8086history/8086history.pdf

上記論文中にあるCPUの性能比較表

Table 1 Feature Comparison

8008
8080
8085
8086

Number of instructions
66
111
113
133

Number of flags
4
5
5
9

Maximum memory size
16K bytes
64K bytes
64K bytes
1M bytes

I/O ports
8 input
24 output
256 input
256 output
256 input
256 output
64K input
64K output

Number of pins
18
40
40
40

Address bus width
8†
16
16
16†

Data bus width
8†
8
8
16†

Data types
8-bit unsigned
8-bit unsigned
16-bit unsigned(limited)
Packed BCD(limited)
8-bit unsigned
16-bit unsigned(limited)
Packed BCD(limited)
8-bit unsigned
8-bit signed
16-bit unsigned
16-bit signed
Packed BCD Unpacked BCD

Addressing modes
Register ‡
Immediate
Memory direct(limited)
Memory indirect(limited)
Register Immediate‡
Memory direct(limited)
Memory indirect(limited)
Register Immediate‡
Memory direct
Memory indirect
Register Immediate
Indexing

Introduction date
1972
1974
1976
1978

† Address and data bus multiplexed.
‡ Memory can be addressed as a special case by using register M.

1982年当時、「アップル社は消費財メーカーとして技術企業ではなく、技術者はまったく求めていない」ことをジョブズとマークラは確認している

「一九八二年下期に入って、エストリッジの引き抜き話が終わったころ、ジョブズとマークラは、ア ップル社は現実には消費財製造会社であって技術企業(a technology enterprise)ではなく、実は技術者(technologist)はまったく求めていないのだ、ということを確認した。」ローズ, F.(渡辺敏訳,1990)『エデンの西ーアップル・コンピュータの野望と相克』サイマル出版、p.132

Rose, F.(1989) West of Eden: The End of Innocence at Apple Computer, Viking,p.74
“In the latter part of 1982, in the wake of the Estridge episode, Jobs and Markkula had decided that Apple was actually a consumer-products company, not a technology enterprise, and that they didn’t really want a technologist at all.”

IBM PC(1981)用グラフィカル・ユーザーインターフェース

ビジカルク(VisiCalc9を開発・販売していたビジコープ社によるIBM PC(1981)用グラフィカル・ユーザーインターフェースの市場的失敗-DOS用アプリがその上で動作しない、動作が遅い、価格が高い、要求ハードウェア水準の高さ
 
「パーソナルソフトウェアは、同社の主要製品であるビジカルクを前面に出すためビジコープと社名を変えた。ビジコープは、ラスベガスで開かれた1982年秋のコムデックスで、「ビジオン」(コ—ドネーム「クエイザー」)という名前の高性能IBMPC用のグラフィカル•インタ—フェイスを公開し、再び注目を集める。この時アップルはまだリサを発表していなかったので、これが多くの人にとってウィンドウ、アイコン、マウス、ポインタといったものを初めて見る機会であった。残念ながら、1年後ビジオンが出荷された時には、ほとんど売れなかった。DOS用アプリケーションを実行できなかったため、表計算プログラム、グラフィックプログラム、ワープロ、それにマウスを含む専用のパッケージを購入しなければならず、それが合計で1765ドルもしたのだ。出荷が遅れ価格が高かった上に、動作が遅く、バグが山ほどあり、ハードウェアに対する要求も高かった。1983年8月、コントロール•データがビジオンを買収したものの、その後この業界から姿を消してしまった。しかし、ロータスデベロップメントが1985年にビジカルクの権利を買い、世界初の表計算の技術はロータス1,213に生き続けている。」リンツメイヤー,O.、林信行(2006)pp.91-92

リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト

Apple関係者によるIBM PC(1981)評価

販売チャネルを根拠として、IBM PC(1981)に対するAppleの優位性を確信していたApple社長(当時)のマイク・マークラ
 
「当初アップルには、IBMに対して優位を維持できるという自信があった。「IBMを市場から閉め出すつもりだ」と会長のスティーブ•ジヨブズは言った。「我々の守りは堅い」。社長のマイク•マークラも同様に鼻息が荒く、こう述べた。「我々はIBMがこの市場に参入してくるのを4年も前から見越し、待ち受けていた。主導権は我々にある。100万台の設置ベースのうち3分の1は押さえている。それに我々にはソフトウェアの蓄積がある。販売力も持っている。アップルのやることに対して行動を起こし、対応しなければならないのはIBMの方だ。今のやり方ではまったく不十分だ。IBMは、個人にどうやって売り込んだらよいか、まるでわかっていない。我々でさえ4年かけてようやくわかったのだから。IBMは流通機構や独立系のディーラ—について学ばなければならない。そういう時間は、金をつぎ込んだからといって短縮できるわけではない。第3次世界大戦でも起こらないかぎり、我々をノックアウトするのは不可能だ」リンツメイヤー,O.、林信行(2006) pp.180-181
 
IBM PC対抗製品としてのApple III
 
「我々は表計算を使える中小企業のオーナーをねらって、専用のコンピユータを設計した。それがアップルIIIだ。IBM がじりじりと追い上げてきている状況で、3年間、あらゆるプロジェクトと広告がアップルIIIのために使われた。その時世界で最も売れていたコンピュータの アップルIIのためにではなく」 スティーブ•ウォズニアック(「ニューズ ウイーク』1996年2月19日号)」
(リンツメイヤーほか,2006,93)
リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト
 
 
“We decided to go after small business owners who could use a spreadsheet, and designed a computer especially for them, the Apple III. With IBM nipping at our heels, every project and ad for three years was for the Apple III and not for the largest- selling computer worldwide, the Apple II.〃 Steve Wozniak(Newsweek, February 79,1996)
(Linzmayer,2004,15)
 
Linzmayer, Owen W. (2004) Apple Confidential 2.0:The Definitive History of the WoricTs Most Colorful Company, No Starch Press

Bill Gatesへの1993年インタビュー記録(Bill Gates関連のダウンロード可能なWEB上の資料)

https://web.archive.org/web/20001215161400/http://americanhistory.si.edu/csr/comphist/gates.htm
———————-
インタビューアー:David Allison(当時の所属 Division of Computers, Information, & Society, National Museum of American History, Smithsonian Institution)
場所: Microsoft Corporation, Bellevue, Washington
日時:1993年11月30日~12月1日
———————-
インタビュー内容
———————-
8080の重要性を強調

  1. Family Background
  2. School Experiences
  3. Importance of Extra Curricular Activities
  4. Experiences with the PDP-10
  5. Creating Traf-O-Data
  6. Using an 8008 Processor
  7. Working for TRW
  8. Importance of the Microprocessor
    As early as 1971, Paul and I had talked about the microprocessor. And it was really his insight that because of semi-conductor improvements, things would just keep getting better. I said to him, “Oh, exponential phenomena is pretty rare, pretty dramatic. Are you serious about this? Because this means, in effect, we can think of computing as free.” It is a gross exaggeration, but it is probably the easiest way to understand what it means to cut cost like that. And Paul was quite convinced of that. So I would sort of say to Paul, “Well, you know what that means?” And he’d say, “Yeah, that is what it means.” It is kind of fun to know this, and think, gosh, how are companies going to react, how are they going to respond to something that phenomenal? The early days were very slow moving, though. By the time I went to Harvard, all there was was the 8008 chip. And the 8080 was just coming out, which was the first good general purpose microprocessor chip that Intel was coming out with.
  9. College Plans
  10. Discovery of Altair
  11. Writing an Altair Basic
  12. Testing the Basic
  13. Joining the PC Revolution
  14. Expanding Customers Beyond MITS
  15. Microsoft as a Separate Company
  16. Running Basic on an Altair
  17. The IMSAI Computer
  18. The People who formed Microsoft
  19. Early Microsoft Culture
  20. Basic for Other Early PC’s
  21. What Distinguished Microsoft Basic
  22. Running Microsoft Multiplan
  23. Defining Microsoft Corporate Strategy
  24. Move to the Business Market
  25. Keeping up with the Industry
  26. Growth of Microsoft
  27. Character of People Recruited
  28. The Move to Seattle
  29. The ‘Microsoft Way’
  30. Early Failures–and Lessons
  31. Relations with Paul Allen and Steve Ballmer
  32. Mazuhiko Nishi
  33. Vision for Spread of Personal Computers
  34. Keeping up with the Comptetition
  35. The TRS-80 Model 100
  36. End of First Phase of PC History
  37. The Altair Basic Paper Tape
  38. Holding the Beginning of Microsoft in his Hands
  39. Advent of the IBM-PC
  40. IBM-PC Design and Development Issues
  41. Switch from CP/M to DOS
  42. Features of Microsoft DOS
  43. Development of Microsoft Word
  44. Microsoft and the Mouse
  45. IBM-PC Compatible Explosion
  46. Relationship Between Microsoft and Apple
  47. Builing the Corporate Campus
  48. Going Public
  49. Microsoft’s Growth
  50. A Changing Culture
  51. The Business of the AT
  52. Continuing Business Expansion
  53. Challenges of the Windows Interface
  54. Moving to the 386
  55. Battle Between OS/2 and Windows
  56. Growing Windows
  57. Responding to Networks
  58. Pushing Towards Multimedia
  59. Directions of Windows NT
  60. Workgroup Computing
  61. Computers and Societal Transformation
  62. The Future of Computing
  63. Scary Developments
  64. New Corporate Branches
  65. Closing Thoughts

コンピュータ関連市場データ

  1. 米国におけるPC、ミニコン、メインフレームの出荷台数および金額(1965-1990)
    https://www.sanosemi.com/biztech/data/US-PC-mini-mainframe-1965_1990.htm

  2. 世界のPC市場シェアの歴史的推移 1980-1991
    https://www.sanosemi.com/biztech/data/PC-World-share-1980-1991.html

  3. IBM PC,IBM PC/XT,IBM PC/ATの出荷台数の歴史的推移 1981-1987
    https://www.sanosemi.com/biztech/data/IBM-PC-XT-AT-1981_1987.htm

  4. 日本国内におけるメインフレーム、WS、パソコンの出荷台数・出荷金額
    https://www.sanosemi.com/biztech/sales-data01.htm

  5. 日本におけるPCの年度別出荷台数・出荷金額ほか
    https://www.sanosemi.com/biztech/document/PC-data01.pdf

  6. 米国における1950年代前半における機種別コンピュータ設置台数推移1950-1956
     
    機種名 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956
    6 12 6 12 6 12 6 12 6 12 6 12 6 12
    営業外
    コンビュ一夕
    4 6 9 11 17 20 33 39 45 47 49 49 50 51
    UNIVAC-1 1 1 3 4 6 7 10 14 19 26 32 39
    CRC-102 1 3 6 11 14 16 18 20 22 24
    IBM-701 1 4 8 12 16 19 19 19
    MINIAC 1 2 2 2 2 3 3
    UNIVAC-ScientiLic 1 2 3 5 10 14 19
    ALWAC 1 2 3 4 5 6
    ELECOM-120 2 3 4 5 6 6
    DATATRON 7 13 20 34 56
    IBM-650 1 72 184 351 566
    IBM-702 3 10 14 14
    BENDIX G-15 1 4 10 25
    ELECOM-125 1 2 3
    IBM-704 1 17 32
    IBM-705 13 38
    READIX 1 4
    LGP-30 7
    BIZMAC 2
    MONROBOT-MU 1
    合計 4 6 10 12 21 27 46 64 84 107 205 355 593 915
     
    台数の単位:台

    [原出所] 日本電子工業振興協会(1959)『米国の電子計算機工業(前編)』1959年11月,46ページ,第17表
    [引用元] 坂本和一(1985)『IBM』ミネルヴァ書房,p.91
    [参考]上記数表のエクセルファイル

     
  7. 米国における汎用機および小型計算機の出荷台数、稼働台数、平均出荷価格の歴史的推移1955-1965
     
    汎用機 小型計算機 平均出荷価格
    出荷台数 稼働台数 出荷台数 稼働台数 汎用機 小型計算機
    1955 150 240 420
    1956 500 700 50 50 304 50
    1957 660 1,260 190 240 356 50
    1958 970 2,100 210 450 393 67
    1959 1,150 3,110 250 700 413 80
    1960 1,500 4,400 300 1,000 373 100
    1961 2,300 6,150 400 1,400 370 75
    1962 3,100 8,100 400 1,800 342 75
    1963 3,800 11,700 400 2,100 321 200
    1964 5,100 16,700 500 2,500 308 200
    1965 5,300 21,600 800 3,100 360 188
     
    出荷台数の単位:台
    出荷価格の単位:千ドル

    [引用元] Martin Campbell-Kelly, Daniel D. Garcia-Swartz(2008) “Economic Perspectives on the History of the Computer Time-Sharing Industry, 1965–1985” IEEE Annals of the History of Computing, 30(1), p.18
    https://muse.jhu.edu/pub/87/article/235244/pdf”>https://muse.jhu.edu/pub/87/article/235244/pdf
    [原出所] Phister, Data Processing, Table II.1.21, p. 251.
    p.17において、smaller computers (later called ‘‘Mini’’systems)と記載されているのみで、詳細な規定は不明。
    [参考]上記数表のエクセルファイル

     
  8. 米国におけるSupercomputer、Mainframe、Midrange、Workstation、Personal computerの出荷金額および出荷台数の歴史的推移1990-1995
     

    FACTORY REVENUE (mil. dol.)
    [Revenue is in if-sold, end-user dollars]
    computer-factory-revenue-1990-1995.xlsx

     

    SHIPMENTS (units)
    computer-shipment-1990-1995.xlsx

     
    1990年、1994年、1995年の数値の出典
    U.S. Census Bureau(1997) Statistical Abstract of the United States: 1997 (117th Edition)
    No. 1251. Computer Shipments and Revenues: 1990 to 1995
    https://www2.census.gov/library/publications/1997/compendia/statab/117ed/tables/manufact.pdf

    1991年、1992年、1993年の数値の出典
    U.S. Census Bureau(1995)Statistical Abstract of the United States: 1995 (115th Edition)
    No. 1268. Computer Shipments and Revenues: 1991 to 1993
    https://www2.census.gov/library/publications/1995/compendia/statab/115ed/tables/manufact.pdf

アメリカにおけるコンピュータおよびインターネットの家庭世帯普及率の推移

アメリカにおけるコンピュータおよびインターネットの家庭世帯普及率の推移1984-2014

Martin, M. (2021) “Computer and Internet Use in the United States: 2018” American Community Survey Reports, April 2021, p.3
https://www.census.gov/library/publications/2021/acs/acs-49.html
https://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2021/acs/acs-49.pdf

上記のグラフでは、コンピュータの家庭世帯普及率のデータは、Current Population Survey (CPS)による1984-2017、および、American Community Survey (ACS)による2013-2018の2種類が、
インターネットのサブスクリプション契約の家庭世帯普及率のデータは、Current Population Survey (CPS)による1997-2017、および、American Community Survey (ACS)による2013-2018の2種類が描かれている。

米国の主要PCメーカーの1979年および1982年の世界売上高

米国の主要PCメーカーの1979年および1982年の世界売上高(単位 100万ドル)

会社名 1979年 1982年
Apple 75 664
IBM  –  500
Tandy {Radio Shack) 150 466
Commodore 55 368
Hewlett-Packard NA 235
Texas Instruments  –  233
Digital Equipment Corp.(DEC)  –  200

[引用元]
International competitiveness in electronics, University of Michigan Library,p.149のTable 38.-Major U.S. Manufacturers Ranked by 1982 Worldwide Microcomputer Sales
[原出典]
1979年 ”The Datamation 100,” Datamation, June 1980, p 87
1932年 Archbold,P. (1983) “The Datamation 100 Welcome to the Club,” Datamation, June 1983, p.87

リレー式計算機

プログラム駆動型の機械的計算機の実用化は、歯車駆動の動力源に関する蒸気動力や電気動力というイノベーションによってではなく、演算素子に関する「歯車」から「リレー」(継電器)へのイノベーションによって実現された。リレーとは、電磁石に電流を流すと発生する磁力を利用してスイッチのオン・オフを機械的におこなう装置である。

ただし新しい演算子であるリレーという機械的部品は、より高速な機械的計算機に対する必要性に対応して新規に発明されたものではなく、電話交換機用の部品として既に利用されていた部品である。歯車を演算素子とする機械的計算機の高速化のための技術的シーズ(seeds)としてリレーが利用されたのである。

 
リレーを演算素子とする機械的computer
 リレーが演算素子として利用可能であることは1930年代後半に広く知られるようになった。プログラムが動作するリレー式計算機の最初期のものに、ドイツのツーゼ(Konrad Zuse,1910-1995)のZ2(1939、リレー数600個)やZ3(1941、演算処理用600個、記憶処理用1,400個でリレー総数2,000個)、アメリカのエイケン(Howard Aiken)が考案しIBMが製作したHarvard Mark I(1944、リレー数3,304個)などがある。
エイケンのハーバード大学における博士論文の指導教授 E. L. Chaffeeの専門は真空管および真空管回路であり、エイケンの博士論文も真空管に関わるエレクトロニクス分野のものであったにも関わらず、エイケンがHarvard Mark Iにおいて演算素子として真空管ではなくリレーを選択したのは、技術的問題というよりは「製造コスト」および「実際の設計・開発を担ったのがIBMであった」という二つの要素によるものである。
例えばエイケンはリレーを選択した理由に関するインタビューの中で、「答えは製造コストにある(the answer is money)」、「真空管を用いたデジタル・カウンターの技術を利用することで、電子的部品を用いて製造可能なことは明らかであった。・・・もしRCAが興味を持っていれば、[真空管を用いた]電子的計算機となったであろう」(Cohen,1999,p.43、[]内は引用者による補足)と述べている。
リレー式計算機は第二次大戦中だけでなく、Harvard Mark Iの後継機Harvard Mark II(1947)などに見られるように第二次大戦終了後も製作されている。ENIAC(1946)やEDVAC(1948)など真空管式電子computerが登場した後に、リレー式computerが単純に時代遅れのものとしてすぐに廃れたわけではなく、その研究・開発は引き続き行われていた。
戦後日本でもリレー式計算機の研究・開発がおこなわれている。例えば日本で最初に製作されたデジタル式計算機である電気試験所のETL Mark I(1952)はリレー式computerであったし、その後継機のETL Mark II(1955、リレー数22,253個)もリレー式computerであった。また富士通は、1950年代には真空管式電子computerの研究開発が主流であったにも関わらず、「当時の真空管の動作があまりにも不安定だった」ことや「電話交換機に用いられる部品であるリレーに関して優れた技術的蓄積が社内にあった」といった技術的理由からFACOM 100(1954)という日本初の実用リレー式computerを開発するとともに、その後もFACOM128A(1956)、FACOM128B(1958)、FACOM138A(1960)などリレー式の大型computerの研究開発・販売をおこなっている。
 
「リレーを演算素子とする機械的calculator」としてのカシオリレー計算機14-A(1957)
プログラム型計算機であるcomputer分野だけでなく、四則演算など数値計算を主とする計算機であるcalculator分野においても、リレー式計算機の研究開発がおこなわれている。

たとえばカシオ計算機は、1957年にリレーを用いた卓上型電子calculator「カシオ14-A」(消費電力300W、重量120kg、高さ78cm×幅101cm×奥行42cm)を完成させ485.000円で販売を開始した。「カシオ14-A」は、テンキー入力で数値をランプで表示する方式を採用しており、リレー式であることから歯車式に比べて加減算で3~4倍、乗算で6~7倍という早さで14桁の計算をした。なおテンキー方式を採用したのは、卓上型calculatorとして数値入力部の大きさを小さくするためであった(フルキー方式の卓上型calculatorでは四則演算可能な桁数を大きくすればするほど、桁数に比例して入力部のスペースが大きくなってしまう。)。

[図の出典]内田洋行の1958年のカタログ[電卓ミュージアム所蔵、http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/2-casio/1-casiod/br/b-1.jpg]
上記カタログでは、「わが国には,欧米各国より,多種多棟の電気計算機が輸入されておりますが,それらの電動計算機は,純機械的な構造のため,機能的な限界があり,止むところを知らない近代企菜の発展には,どうしても適応しない,と云う大きな欠陥がありました。」とした上で、「觉子計算機と共に計算機の双璧とも云われる継電器(リレー)による純国産の計算機」を開発した、としている。なおかつカシオは、従来のリレー式電子計算機が富士通のFACOM 100(1954)やFACOM128A(1956)などのように「実験室または研究室用の著しく大型」のものではなく、機能・性能を絞ることによって小型化した、としている。
 リレーを演算素子とすることにより、「故障がほとんどなく、数千万回の動作にも耐える」、 「本機の計算速度を電動計算機の回耘数に換算すると毎分1300〜1500回転の速度に相当し,軽快なキータッチで正確な答が得られる。」などといった「電動計算機の遠くおよばない数多くの特長」を備えることができるようになったとしている。
 リレー式電子computerでは22,253個ものリレーを利用したETL Mark II(1955)などに見られるようにプログラム演算、メモリなどの多様な機能を実現するために多数のリレーが使用されていた。これに対して普通の事務作業用途での使用を想定し、小型軽量化や低価格化を実現するとともに、四則演算などに機能を限定したcalculatorであるカシオ14-Aでは使用するリレーの数を342個までに減らしていた。
カシオはその後もリレー式計算機の開発を続け、1964年6月にはカシオ401を、1965年5月にはカシオ402を発売している。

富士通のリレー式計算機

https://www.fujitsu.com/jp/about/plus/museum/relay/
富士通は、富士通沼津工場池田記念室に設置されているFACOM128Bと、川崎工場富士通テクノロジーホールに設置されているFACOM138Aに関して、動態保存をおこなっている。本WEBページはそのことに関する紹介ページである。
リレー式計算機とは、演算素子として電磁リレーを用いた計算機である。リレー式計算機では、電磁リレー(電磁石を使ったスイッチ)の接点に電流が流れるか流れないかを電気回路のON/OFFに対応させて計算を行っている。
 FACOM128Bでは、CPU(中央演算処理装置)部分に約5000個のリレーを使用している。同機では「リレーは機械的に動作するため、接触不良を起こしにくい回路設計やリトライ機能(自己検査機能)に工夫がこらされた」とされている。
 
2.電磁リレーの動作図
電流が流れていると、図aのように電磁石に発生した磁力によって接点が「吸引」されて「ON」状態となる。電流が流れていないと、電磁石の磁力がなくなるため、ばねによって図bのように接点が元の位置に「復帰」し「OFF」状態となる。

松下電器製造・技術研修所編(1978)『制御基礎講座1 プログラム学習によるリレーシーケンス制御』廣済堂出版、p.63。
 
3.富士通のリレー式計算機FACOM128(1956)の広告(1957年)
以下の広告は、科学技術庁監修(1957)『科学技術展望』Vol7 No2に掲載されていたものである。

広告1.富士通のリレー式計算機FACOM128(1956)のスペック広告(1957年)
プログラミングが容易であることを第一の特長として挙げるとともに、第2の特長として「演算速度が大」とし「本機によって演算を行うときは人手を用いる場合の100倍以上の能率を上げることができます」とされている。
 電磁リレーは機械的装置であるため、その演算速度は現代的視点から見るとかなり遅かった。すなわち演算の実行速度は、加減算0.15秒、乗算0.15~0.4秒、除算および開平算 0.2~1.4秒などというように、低速なマシンであった。

 
広告2.富士通のリレー式計算機FACOM128(1956)のシステム構成に関する広告(1957年)
リレー式計算機(図では継電器架と表記されている)の入出力装置として、カードリーダー、数値テープ読取機・穿孔機、命令テープ読取機、印刷機、テープ作製台が例示されている。
また用途として、「天体科学、工業技術、経済数理、その学術一般」を挙げている。

富士通リレー式計算機のシステム構成

 
広告3.富士通のリレー式計算機FACOM128(1956)の製造プラントにおけるプロセス・オートメーション利用に関する広告(1957年)

マイクロプロセッサおよびコンピュータの用途としての「遊び」の認知ー米国における先行性

遠藤諭(2019)「TK-80、PC-8001、NECのパソコンはこんな偶然から始まった」遠藤諭のプログラミング+日記 第67回、2019年08月08日
https://ascii.jp/elem/000/001/912/1912291/

「知った瞬間なんていうと突然目の前に現れたみたいですが、NECのICを製造している部門が『これからはマイコンチップ』だろうと言い出したんですね。インテルとほぼ同じ頃に、μCOM4という4ビットのマイコンを作ったんですよ。ところが、半導体チップというのは、作るとなると一度に何千個もできてしまう。社内では『これほど大量に製造して、使い道があるのか?』という声がありました。そんなときに、私が、マイコンチップの販売を命じられたのです」
マイクロコンピュータ販売部の部長に任命され、半期にチップを1億円売れというノルマが課せられた。ところが、トランジスタは「真空管からの置き換え」だったが、マイコンチップは、いままでまったく存在しなかったニーズを引き出すことから始まる。「むこうは自社製品にマイコンチップを使うなど考えたこともない。話にならないんです」という状況だった。このまま暗中模索ということになりそうだが、すぐに腰を上げて動いてしまうのが渡邊氏だった。
 「まずはアメリカで4004がどういう市場で使われているのかを調査ですよ。当時、カリフォルニアのベイエリアでマイコンクラブが結成され始めた頃でした。『ピープルズ・コンピュータ』というクラブ会報の『ドクター・ドブズ・ジャーナル』が創刊された頃で、その会合にも行きました。そこには、ジーパン姿でラフな服装をしたヒッピーのような人々ばかりがいましたが、彼らは、『コンピュータなんかオモチャに使う時代だよ』など、当時の日本では思いもつかないことばかり言っていましたね。帰国して『アメリカではコンピュータの概念が覆っている』と報告しますと、会社の上層部に『コンピュータを遊びに使うなんて不謹慎だ』と言われた時代でした。今では嘘みたいな話ですけど、本当にそういうムードでした」
 

マイクロプロセッサーの販売拡大手段としてのマイコンキット

「座談会ーパソコンが社会生活•文化を変える」『パソコン白書92-93』p.185
「メーカの立場から言いますと,パソコン開発の動機はある意味で不純でした。マイクロコンピュータをいかに拡販していこうか。そのためにはこんなマイコンのキットをつくったらいいのではないか。パソコンみたいなものを構築できるのではないかというところからスタートしたのです。」
[注]上記引用文章における「マイクロコンピュータ」という用語で意味しているのは、現代的用語でいえばマイクロプロセッサのことである。
 
8ビットマイコンは、市場を開拓しなければ売れないという点においては4ビット以上だった。しかも、買う側に、それを使いこなす能力(リテラシー)がないとそもそも動機づけも発生しない。国内では、まだまだ4ビットの需要がほとんどで、「8ビットはいらない」という声もあったという。そのため、μCOM80は、とにかく絶望的に売れていなかった。

 ユーザー教育のために、渡邊氏は、「NECマイコン教室」というものを全国あちこちで開くことにする。マイコン自体の認知が少しずつ進んでいたこともあって、小さな会社から大企業の社員までが集まった。ところが、なんとかマイコンを使った製品を自社でも作れないかと、がんばって勉強してくれるのだがなかなか習得が進まない。

 「コンピュータの教育というのは、当時、どうやってやっていたかといいますと、教室で黒板とテキストを使って講義をしていたのですね。しかし、それでは、3回きいても4回聞いてもなかなか理解できないんです。ところが、実物を相手にして、コンピュータの反応を直に自分で体験していくと、いままで30分かけないとわからなかったことが、あっという間に頭に入ってしまうんですね。それで、これは教材を作らないといけないというわけで、教材を開発することになったのです」

「マイコンチップ自体がコンピュータですから、これをプリント基板にのせて作るわけですが、問題は入出力機器です。当時、そのような場合にはASR-33という端末が有名でしたけど、いわゆるテレタイプをつなぐのですが、それだと教室に一台しか持ちこめない。しかも、その一台は先生がやってみせるだけで肝心の生徒はいじるわけにも触る訳にもいかない。それでは教育効果があろうはずがありません」

―― それで生徒各人がもてる教材を作った!

 「そうです。みんなの机にのるだけでなく、入出力機器まで備えたワンボードコンピュータが、いちばん効率的だろうということで開発することにしたのです。それが、TK-80になるわけですが、これはコンピュータとして売っていこうというつもりで作ったのではなく、『マイコンを知ってもらうためにはどうしたらいいか?』ということで作ったのですね。したがいまして、名前もTKは《トレーニングキット》となるわけです」
 

 しかし、教材を作ろうと決めてからが苦労の始まりでもあった。NECは代表的なコンピュータメーカーだったが、とてもこのような教材を作るのに社内の協力を得られるとは思えない。そこで、マイクロコンピュータ販売部の中で、後藤富雄、加藤明、半田幹夫の3名を中心にして、ワンボードマイコンの開発にあたることになる。

 

バンダイのピピンアットマーク(1996年3月):アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機

総販売台数 4万2千台[北村ヂン(2019)]

[図の出典]日本語版ウィキペディア「ピピンアットマーク」https://ja.wikipedia.org/wiki/ピピンアットマーク

嬉野勝美(1996)p.48によると、アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機ピピンアットマークに関して、バンダイは同機の開発に100億円を投資し、Appleも1996年1月の株主総会で同機を端末として活用していくと発表している。
宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が映像産業振興機構(2019)の中で語っているところによれば、ピピンアットマークの事業を担っていたバンダイ・デジタル・エンタテイメント社が解散した時の特別損失の額は、270億円と当時のバンダイの利益を上回る巨額なものであった。

 
価格
基本セット49,800円(税抜価格)
専用モデムが付いたネットワークセット64,800円(税抜価格)
[電話線接続によるインターネット接続サービス「アットマークチャネルクラブ」サービス(月額2,000円)]
 
仕様
画面出力解像度:640ドット×480ドット
CPU:PowerPC 603(66MHz)
RAM:6MB
4倍速CD-ROMドライブ
 
付属品、ソフト
ATMARKコントローラー
通信対応総合ソフト「テレビワークス」
ユーティリティソフト「PEASE」
 
別売品、対応品
専用キーボード(9,800円)
専用1.44MBフロッピーディスクドライブ装置(12,000円)
Apple Color StyleWriter 1500等のプリンタに対応
 
 
バンダイのピピンアットマーク関連WEB記事

  1. 北村ヂン(2019)「世界で一番売れなかったゲーム機「ピピンアットマーク」を買ってみた」デイリーポータルZ、2019年4月28日
    https://dailyportalz.jp/kiji/play-the-pippin-atmark

  2. PCウォッチ編集部(1998)「バンダイ、ピピンから撤退。BDE清算」PC Watch、1998年2月27日
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980227/bandai.htm

  3. 嬉野勝美(1996)「500ドルマック「ピピン」の行方」『マイクロソフト・インターネット制覇の戦略』TBSブリタニカ,pp.48-50
    宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が「ピピンは今までパソコンやインターネットさえ知らなかった、という人向けの商品なのですが、(市場に現れた最初のネットワークコンピュータということで)むしろ従来からのコンピュータユーザーの方の購入も非常に多い。反響の大きさに驚いています。手応えはかなり感じますね。」と述べていることに関する、p.50に紹介されている成毛真の予想が興味深い。すなわち同氏は、「インターネット端末」としてのピピンという製品コンセプトが適切ではないことを次のように語っている。

    「ピピンのコンセプトは比較的わかりやすい。悪くないと思う。彼らは成功するかも知れない。ただオラクルやIBMのいっているようなネットワークコンピュータの場合、ビジネスのコンセプトやマーケティングのコンセプトはわかっているんだけれども、製品のコンセプトが全然わかっていない。500ドルのノートパソコンでインターネットをやろうとしたら、パソコンの値段よりも実はコミュニケーションコストの方がどの国も高い。ISDNを入れたらアメリカにしろ、日本にしる500ドルより高い、年間に払うお金が。年間で10万円以上通信費用を払える人がなんで500ドルパソコン買わなきゃいけないの、ってことになる。普通1000ドルのパソコン買いますよね。経済的な面の認識が甘い。・・・大失敗という報道が一年以内にあるんじやないか」

  4. 大陸新秩序(2020)「“世界で最も売れなかったゲーム機”ピピンアットマークの真実とは。「黒川塾 七十六(76)」聴講レポート」2020/06/01
    https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20200601101/

    メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏がホストを務めた2020年5月30日開催のトークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 七十六(76)」の聴講レポート
    メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏と同姓同名のF2代表取締役社長の黒川文雄氏によるピピンアットマークに関する回想。黒川文雄氏は1995年からMacOSの販売代理人としてピピンアットマークの開発に携わった経験に基づき、次のような興味深い事実を紹介している。

    ピピンアットマークの企画のきっかけは,当時バンダイビジュアル株式会社がリリースしていた各種のマルチメディアCD-ROMソフトのタイトルをMacなど高価格なPCを使わずに再生できないかという話からであった
    当時財政的に厳しい状況に陥っていたAppleは、子どもをターゲットとした低価格機にMac OSをライセンスすることでライセンス収入の拡大を意図していた。

  5. 映像産業振興機構(2019)「バンダイナムコエンターテインメントの社長が語る、これまでの挑戦と失敗。成功体験から学ぶ、挑戦する人が生き残れる会社へ。」(VIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」講演より再構成)2019.11.21
    https://www.vipo.or.jp/interview/list/detail/?i=1505

    宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が当時を振り返って次のように製品コンセプトを語っている。

    「その頃、CD-ROMのゲームが流行り始めた時代だったので、ハードディスクを持たないマルチメディア機を開発しようと思ったんです。その時の広告コンセプトは高城 剛さんが挙げてきた「インターネットをテレビで見よう」というコピーで、私は「これだ!」と思いました。しかし、早すぎた。(笑)
    当時、インターネットは雑誌で見るものだったんです。インターネットが普及し始めて、「wwwはこんな世界だ」と雑誌で画像写真を載せて紹介していました。そんな時代に「インターネットをテレビで見よう」なんて言われても誰もピンときませんよね。それに技術も追いついていませんでした。」「「3歩先より半歩先」ということです。「ピピンアットマーク」は完全に30歩くらい先を行っていました(笑)」

  6. Innocente, F.(2018) “Pippin, le symbole d’une Apple qui n’existe plus” 2018/05/01
    https://www.macg.co/materiel/2018/05/pippin-le-symbole-dune-apple-qui-nexiste-plus-102052

  7. MOSS, RICHARD (2018) The Secret History of Mac Gaming, Unbound, 416pp
    MOSS, RICHARD “The Mac gaming console that time forgot:From the new book, The Secret History of Mac Gaming, remember Project Pippin?” 2018/3/24
    https://arstechnica.com/gaming/2018/03/the-mac-gaming-console-time-has-forgot/

Apple関連資料

雑誌論文
  1. 秋野晶二(2015)「アップル社の成長過程と生産体制の現状に関する研究」『立教ビジネスレビュー』8, pp.41-60
    https://ci.nii.ac.jp/nrid/9000331457813

  2. 秋野晶二(2017)「アップル・コンピュータ社の成長と近代企業(上)」『立教ビジネスレビュー』10, pp.59-78
    https://ci.nii.ac.jp/naid/120006354617

  3. 秋野晶二(2016)「アップル・コンピュータ社における成長過程と事業構造の転換」『工業経営研究』30(1), pp.73-84
 
WEB記事
  1. 大河原克行(2018)「ウォズニアック氏、「エンジニアのあり方、スティーブ・ジョブズ、巨大企業の危険性」を語る」PC Watch、2018年10月9日
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1146756.html

  2. Forbes JAPAN 編集部(2019)「「もう一人のスティーブ」が語る、アップルとジョブズへの素直な思い」2019/01/23
    https://forbesjapan.com/articles/detail/25071

Annual Report

1994年以降のAnnual Reportは、AppleのIRページ、https://investor.apple.com/sec-filings/default.aspxからダウンロードできる。
1986年のAnnual Reportに関しては、下記からダウンロードできる。
1986 Annual Report

Case Study

Mittan, Shane R. (2010) “APPLE: A Case Study Analysis”
https://www.researchgate.net/profile/Jorge_Gomes3/post/What_was_the_organizational_model_that_Apple_used_to_follow_at_the_time_of_Steve_Jobs/attachment/59d6458079197b80779a099f/AS%3A453621964906498%401485163312480/download/Mittan+2010+APPLE+-+A+Case+Study+Analysis+2010-01-28.pdf

興味深いエピソードを紹介しているWEBページ

  1. GIGAZINE(2014)「「Appleはガレージで創業していない」「ジョブズはApple IIで変わった」など、Appleの真実をウォズニアック氏が語る」gigazine.net, 2014年12月05日
    https://gigazine.net/news/20141205-wozniak-debunk-apple-story/
    “Steve Wozniak Debunks One of Apple’s Biggest Myths” Bloomberg QuicktakeによるYouTubeビデオ
    https://www.youtube.com/watch?v=pJif4i9NRdI

  2. Sugiyama, Takefumi (2018)「Newton OS 開発終了から 20年 – Apple Discontinued Development of Newton OS」WAVEFORM LAB、2018.02.27
    https://t5blog.waveformlab.com/2018/NewtonNeverDies.html

  3. 松田純一(2013)「Apple日本上陸におけるキヤノン販売の英断を考察する」2013-07-22
    https://appletechlab.jp/blog-entry-799.html

その他

  1. Fallon, Mary A. C. (revised by Amy Wohl,2003) “Apple Computer, Inc. “ Encyclopedia of Computer Science, January 2003, pp.68–73
    https://dl.acm.org/doi/pdf/10.5555/1074100.1074129

  2. Spicer, Dag (2009) “EARLY APPLE BUSINESS DOCUMENTS” Computer History Museum blog, June 02, 2009
    https://computerhistory.org/blog/early-apple-business-documents/

マイクロプロセッサに対する1970年代における社会的評価

1970年代日本におけるマイクロプロセッサの評価 - ユーザー視点から見たマイクロプロセッサ採用のメリットデメリット

広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.186の表7.2「ユーザーの実用結果から見たマイクロコンピュータシステム採用の効果」(S51電子協調査結果)の一部,「C.ソフト開発をどこでやるか」,「D.製品の価格構成」,「E.マイクロプロセッサ採用効果(実績)[削減費用,削減人員]」の項目は上記引用では削除した。

IBM PC(1981)のハードウェア構成および価格 – 競合機種との比較

IBM PC,System/23, Displaywriterの価格比較
製品モデル
(model)
ビット数
(Word Size)
最小構成
(Minimum Configuration)
最大構成
(Maximum Configuration)
RAM Storage Price RAM Storage Price
PC 16/8* 16K Tape $1,565 256K** 320K $4,515
System/23 8 32K 250K $4,630 128K 4.400K $12,995
Displaywriter 16 160K 250K $5,095 256K 2,000K $8,670
 

* Identifies the 16-•bit internal bus and 8–bit data bus of the 8088 microprocessor used in the Personal Computer. See chapter 2 for more detail on this subject.
** Expansion to this capacity will not allow the use of peripherals other than printer display and disk drives. All expansion slots will be filled with memory expansion cards and a display printer adapter card. If a color display is used, a printer cannot be used unless an expansion chassis (non-IBM) is utilized.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.18のTABLE 1.2 IBM Family Small Computer Hardware Configurations

 
IBM PCと同時期のPCの価格・性能比較
製品モデル
Model
画面解像度
Display Size
CPU
(Processor)
RAM最小構成
Min RAM
最大拡張限界
Max Expansion Limit
RAM
(K)
価格
Computer
Price
RAM Disk
Capacity(2)
Commodore
VIC 20
22×23 6502A 3.5K $300 32K 340K
TRS-80
Color Computer
32×16 6809 4K $399 16K N/A
Atari
400
40×24 6502 8K $399 16K N/A
Ohio
Scientific C1P
24×24 6502 4K $479 32K 160K
TRS-80
Model III
64×16 Z-80 4K $699 48K 313K
Ohio
Scientific C4P
64×32 6502 8K $879 24K 160K
Ohio
Scientific C8P
64×32 6502 8K $895 32K 500K
Atari
800
40×24 6502 16K $899 48K 176K
Commodore
PET
40×25 6502 16K $995 32K 2000K
Apple II 40×24 6502 16K $1330 64K 286K
Commodore
CBM
80×25 6502 32K $1495 32K 2000K
IBM PC 80×25 8088 16K $1565 256K 320K
NEC 8000 80×24 Z-80A 32K $1600 64K 328K
 

Arranged in the order of price for the minimum configuration.
No peripherals such as printers are included in the prices listed above.
Prices do not include monitors as many of these units are used with TV sets. The Commodore models, except VIC 20; TRS-80 Model III; and NEC computers have built-in monitors.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.20のTABLE 1.3 Popular Small Computers Minimum Configuration (Cassette Based)

 

集積度向上によるマイクロプロセッサーの信頼性向上

マイクロプロセッサの構成素子数増大による信頼性向上
「マイクロコンピュータの出現は,在来のディスクリートアセンブルを行ったコンピュータに比べてハードウェアの信頼性が飛躍的に向上し,ここにコンピュータを一般部品と一体にし製品化することを可能ならしめた.
マイクロコンピュータは半導体の集積化技術により,部品点数の減少と設計条件下での使用および高信頼回路設計の面,プリト板の減少とコネクタの減少の面でシステムの信頼性が確保できる.一方,アナログ回路に比べて機能の診断を組み込むことが容易であり,より高度の異常検出と故障診断の機能が開発されフヱールセーフなシステムとして設計できる点に注目すべきである.
現在の使用経験では,平均的にMTBF1万時間以上,寿命5年以上となり(2),今後は,設置環境条件(温度•湿度•電源供給など)の変化にも耐え,使用方法による影響を受けないようにすることにより5~15万時間近くのMTBFを持たせることができよう.」
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.269
注2の文献『マイクロコンピュータに関する技術動向調査(2)(VI.応用技術)』日本電子工業振興協会,52-A-122 (昭 52-03).

1970年代マイクロプロセッサの性能比較

相磯秀夫(1978)「概要」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第1章,pp.6-7の表1.3「代表的なマイクロプロセッサの性能」
 
富沢孝(1980)「概説」森亮一『汎用マイクロプロセッサ』丸善,表1.6「汎用マイクロプロセッサ一覧表」, pp.22-23
岡田義邦、田島裕昭(1978)「機種一覧表」森亮一『汎用マイクロプロセッサ』丸善,付録I,pp.199-219
 
Intel 4004 8008,National IMP8, Motorola 6800, Intel 8080, RCA COSMAC, Fairchild F-8,Zilog Z-80, Intel 8086, Motorola 68000, Zilog 28000の性能比較

コンピュータ関連資料-解説書および教科書(英語)

コンピュータの構造

コンピュータ調査資料

マイクロプロセッサ

1970年代におけるマイクロプロセッサー関連市場データ資料

本論考では、米国におけるMOS LSI市場規模の金額推移がp.3に掲載されている。

本論考では、p.4のFigure2 Market Segmentationにおいて、マイクロコンピュータ関連製品の市場セグメントが下記のように9分類されている。[アーケードゲーム機(archade games)がTRANSACTION EQUIPMENTに分類されていることに注意する必要がある。

TRANSACTION EQUIPMENT MONEY HANDLING TERMINALS, ARCADE GAMES, MERCHANDISING EQUIP.
OFFICE EQUIPMENT OFF-LINE BUSINESS EQUIPMENT, FACSIMILE, WORD PROCESSORS
CONSUMER GAMES, APPLIANCES, PERSONAL/HOME PRODUCTS
E D P PERIPHERAL CONTROLLERS, INTELLIGENT TERMINALS, MEMORY
COMMUNICATIONS TELEPHONE, RADIO, PABX, SWITCHING, COMMUNICATIONS,MODEMS
INDUSTRIAL CONTROLS MACHINE AND PROCESS CONTROLS, .MATERIAL HANDLING,TESTING
INSTRUMENTATION LABORATORY, MEDICAL, TEST EQUIPMENT
MIRITARY/AVIONICS EXTENDED ENVIRONMENT COMMUNICATIONS, NAVIGATION AND CONTROL, WEAPONS SYSTEMS
AUTOMOTIVE ENGINE, TRANSMISSION, ENVIRONMENTAL CONTROLS, SAFETY, CONVENIENCE

上記分類に基づく、各セグメントごとの市場規模の推定値が、p.5のFigure 3 Available Microprocessor Marker by Segmentである。

 
2.広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.186の表7.4「アメリカにおけるマイクロコンピュタ市場の現状と見通し」
1970年代の中頃には,下記のようなことが予想されてはいなかった。
1. personal computing用製品(パソコン,個人用ワークステーション)の市場規模はにおけるモジュールとしてマイクロプロセッサが現代のような重要な位置を占めるようになるとは
personal computing市場の規模がさほど大きくなかったこと,用コンピュータマイクロプロセッサの単価が低いこと,
 
3.広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.192の図7.3「アメリカにおけるマイクロコンピュタ市場の規模」
 

1970年代マイクロプロセッサのベンチマーキングの結果

[図の出典] 森亮一•田島守彦(1977)「マイクロプロセッサのベンチマーキング」森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.89の図8.3「ベンチマーキングの結果」(テストプログラム1,データブロックの移動)
ベンチマークの内容は,同書p.89の図8.2に示されている。
 
ベンチマーキングの識別記号
 
製作社 マイクロプロセッサ名 識別記号
American Micro Sys. S 6800 A
Digital Equipment M7341 B
PDP-8/A C
LSI-11 D
Electronic Arrays EA0002 E
Fairchild Semiconductor F8 F
General Automation 855 G
General Instrument CP 1600 H
Intel 3000 J
4040 A B
8008-1 K
8080 L
Monolithic Memories 300 M
MOS Technology MCS series 6500 Z
Mostek 5065 N
Motorola M6800 P
National Semiconductor IMP-8 Q
IMP-16C R
IMP-16P(PACE) S
Radio Corp, of America COSMAC T
Rockwell International PPS-4 AC
PPS-8 U
Scientific Micro-Systems Microcontroller V
Signetics 2650 W
Warner and Swasey M8 X
Western Digital MCP1600 Y
 
関連参考文献

1) Microprocessor Field Survey & Data Book, AH Systems, Inc. (USA)(1974~)
2) Microcomputer Market and Technology Trends, Gnostic Concepts, Inc.,日本電子工業 振興協会(1976)
3) Cushman, R.H. (1975) “Exposing the black art of microprocessor benchmarking,” EDN Ma­gazine(April 20,1975), pp.41~46
4) Cushman, R.H. (1975) “Microprocessor benchmarks : How well does the move data?,” EDN Magazine (May 20,1975)
5) Cushman, R.H. (1975) “Beware of the errors that can creep into μP benchmark programs,” EDN Magazine (June 20,1975), pp.105~111

1970年代前半期におけるホームコンピュータの構想

Weisbecker, J. (1974) “ A Practical Low Cost, Home/School Microprocessor System,” Computer, August 1974、pp.20-31
https://ieeexplore.ieee.org/document/6323645/metrics
https://www.computer.org/csdl/mags/co/1974/08/020031-abs.html
[関連参考資料]
森亮一編(1977)『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.297-298

1970年代におけるマイクロプロセッサ関連資料

森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.36-37 表3.1「4ビットワンチップMCの一覧表(その1)」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.38-39 表3.1「4ビットワンチップMCの一覧表(その2)」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.40-41 表3.2「8ビットワンチップMCの一覧表」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.48 表4.1「16ビットマイクロコンピュータの機能」
 
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.49 表4.2「16ビットマイクロコンピュータの分類」

A. ミニコンピュータの LSI 化
(1) 従来からあるミニコンピュータをLSI化したもの — TOSBAC-40L[東芝],PF-U100[パナファコム]
(2) マイクロコンピュータに適した仕様に既存ミニコン̶̶ピュータをリファインしたもの — LSI-11[DEC]
(3) まったく新たに作った新LSIミニコンピュータ — TMS9900[TI]
(4) まったく新たに作った汎用エミュレータ — μCOM16[NEC]

B. ニコンピュ夕CPUの一部分をLSI化 —- 研究用 — PULCE[電総研]

C.マイクロコンピュータの—–汎用マイクロコンピュー夕—–PFL-26A16ビット版PF-U100[パナファコム]

マイクロプロセッサー関連市場データ資料 - 日本におけるマイクロプロセッサ 販売個数,販売金額ほか

日本におけるマイクロプロセッサのビット数別販売個数1973-1976
[出典]森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.3
 
マイクロプロセッサ及びメモリの年度別全国販売金額
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.315の図9.21
「マイクロプロセッサ及びメモリの年度別全国販売金額」
[原出所]『マイクロコンピュータに関する技術動向調査(2)(VI.応用技術)』日本電子工業振興協会52-A-122 (昭52-03).
[関連資料]『マイクロコンピュータ新技術動向(マイクロコンピュータに関する調査研究)ーセミナー編一』日本電子工業振興協会(昭52-03).
『マイクロコンピュータに関する調査報告書(マイクロコンピュータの開発および利用状況と将来)』日本電子工業振興協会,51-A-95 (昭51-03).
 

マイクロプログラミング - 計算機におけるマイクロプログラム制御方式の歴史

計算機の「装置」的構成要素-「入力」装置,「演算」装置,「記憶」装置,「制御」装置,「出力」装置
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.1
 
「制御」装置の構成要素-「命令レジスタ」(IR),「プログラムカウンタ」(PC),「デコーダ」
「命令レジスタ」(IR)-命令をおくための記憶装置
「プログラムカウンタ」(PC)-命令のアドレスを保持するための記憶装置
「デコーダ」-与えられた命令の中の操作コード部をデコード(解読)して、命令が指定する動作内容を決定するための装置。また演算処理の対象となるデータのアドレスを決定する装置でもある。
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,pp.2-3
 
計算機における「命令」の実行プロセス – 「命令サイクル」
計算機は,下記の各操作の繰り返し(命令サイクル)をおこなっている。

1.命令の取り出し[プログラムカウンタが指定する命令のアドレスを記憶装置に送り,命令を記憶装置から命令レジスタに読み込む]
2.プログラムカウンタの更新[プログラムカウンタを一つ先に進める]
3.命令のデコード[命令レジスタの中の命令の操作コード部をデコードして,計算機がどのような動作をすべきかを決定する。また命令のアドレス部から「演算の対象となるデータ」(オペランドと呼ぶ)のアドレスを決定する.]
4.オペランド(演算処理の対象となるデータ)の取り出し[オペランドのアドレスを主記憶装置に送り,オペランドの読み出しをおこなう]
5.命令の実行

[出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.3

 
マイクロプログラミング方式によるCPU設計
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p4の図1.4「マイクロプログラミング方式」 馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.5の図1.5「機械命令とマイクロプログラムの関係」
「機械語」命令の命令レジスタの操作コード部で,制御記憶アドレスレジスタ(CMAR)を指定する。
制御記憶(control memory)の中の,指定アドレスにあるマイクロプログラムを,制御記憶データレジスタ(CMDR)に読み出す。
制御記憶データレジスタ(CMDR)に読み出されたマイクロプログラム(microprogram)を構成するマイクロ命令(micro instruction)は,デコーダによってデコードされマイクロオーダ(micro-order)に変換される。 マイクロオーダによって制御される操作は,マイクロ操作(micro operation)と呼ばれている。

CMAR:制御記憶アドレスレジスタ(control memory address register)
CMDR:制御記憶データレジスタ(control memory data register)
[図の出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.4の図1.4「マイクロプログラミング方式」およびp.5の図1.5「機械命令とマイクロプログラムの関係」

 
マイクロプログラミング方式のメリット
1) 制御論理の実現に関わるコスト
結線論理方式によるCPU設計では,「制御論理はすべて論理素子,および素子間の結線で実現されるため,論理が複雑になればなるほど,要するコストは著しく増大する」(馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.10)が,マイクロプログラミング方式では制御論理が複雑になっても,マイクロプログラムを格納する制御記憶の容量を増大させるだけで良いため,制御論理が複雑になればなるほどマイクロプログラミング方式の方がコスト的に有利になる。
 
2) 設計コスト
結線論理方式によるCPU設計では,制御論理を実現するハードウェア設計が複雑になりコストがかかるが,ハードウェア設計それ自体は単純である。マイクロプログラミング方式ではソフトウェア設計は複雑になるが,「マクロレベル以上のアーキテクチャの設計, マクロアーキテクチャを実現するためのマイクロプログラムの作成, およびマイクロアーキテクチャを実現するためのハードウェアの論理設計などを並行して進めることができる」というメリットがある。
 
3) システムの柔軟性
ハードウェアを変更しなくても,マイクロプログラムの変更により制御論理の変更や追加が可能である。
 
 
マイクロプログラミング方式の歴史的展開
下記は、馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,pp.5-10における説明を要約したものである。
 
1.M.V.Wilkesによるマイクロプログラミング方式の発明(1951)

Wilkes, M.V. (1951) “The Best Way to Design an Automatic Calculating Machine,” in Report of the Manchester University Computer Inaugural Conference, 1951. (Not published until 1953), pp. 16-18.

本論文は下記ほかで再録されている。
Wilkes, M. V. (1989). “The best way to design an automatic calculating machine,” in Martin Campbell-Kelly (Ed.). The early British computer conferences, (Charles Babbage Institute Reprint Series For The History Of Computing, Vol. 14.) MIT Press, Cambridge, MA, USA 182-184.
https://dl.acm.org/citation.cfm?id=94938.94976

2.マイクロプログラミング方式の商用機における採用(1964-)
IBM360で採用
 
3.ダイナミック・マイクロプログラミング(1970-)
3-a ダイナミック・マイクロプログラミング
制御記憶にあるマイクロプログラムを「書き換え可能」とすること。その実現には,「実行時に制御記憶の内容を書き換える」方式と「2次記憶または主記憶にあるマイクロプログラムを制御記憶にロードして使用する」方式(リローダブル制御記憶(reloadable control)memory)の2種類がある。
ダイナミック・マイクロプログラミング方式を採用することによる応用の一つは,ユーザーが同方式を利用して「種々の応用プログラムのマイクロプログラム化を図る」こと,すなわち,「ユーザマイクロプログラミングを可能にすること」である。[Andrews,M.(1980) Principles of Firmware Engineering in Microprogram Control,Computer Science Press.]
 
3-b 2レベル・マイクロプログラミング-マイクロプログラムの階層化
制御記憶にあるマイクロプログラムを「書き換え可能」となれば,マイクロプログラムの階層化,すなわち,制御記憶を「マイクロプログラム記憶」と「ナノプログラム」記憶(nanoprogram memory)とに分けて管理することも可能となる。

 
プログラム視点から見た計算機アーキテクチャの階層構成
[図の出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.9
[参考文献]
Salisbury,A.B.(1976) Microprogrammable Computer Architectures,Elsevier Science Inc.

マイクロプログラミングに関する参考資料

中規模コンピュータの価格

半導体回路の歴史的変遷
年代 価格
1960年代初期 30,000ドル
1970年 10,000ドル
1977年 5,000ドル
1980年 1,000ドル
1985年 1,000ドル
年代 価格
1980年以降は予測数値
[出典]キャノン, D.L., リューク, G.(木村芳幸訳、1983)『マイクロコンピュータ入門』 (エレクトロニクス入門シリーズ)啓学出版、p.24の図1.22「中規模コンピュータのコストの変遷」
 

半導体回路の歴史的変遷- IC、LSI

半導体回路の歴史的変遷
型式 登場年代 ゲート数 チップの外形
(ミル)
チップの面積
(平方ミル)
SSIとの比
SSI 1960年代初期 10~12 50×50 2,500
MSI~LSI 1960年代後期 100~1,000 150×150 22,500 9:1
LSI~VLSI 1970年代 1000~50,000 250×250 62,500 25:1
 
注:1ミル=1/1000インチ=0.0254mm
[出典]キャノン, D.L., リューク, G.(木村芳幸訳、1983)『マイクロコンピュータ入門』 (エレクトロニクス入門シリーズ)啓学出版、p.23の表1.2「ディジタル電子回路の変遷一チップの大きさ」
 
IC関連資料
  1. Vol.2 No.3(1963年10月号)(特集テーマ The Impact of Integrated Circuits)
 

マイクロプロセッサ誕生と電卓

マイクロプロセッサというモジュールの誕生は、電卓の製品イノベーションの過程でなされたとされている。
 
例えばZaksは、マイクロプロセッサは、「電卓用チップからの自然な進化」(a natural evolution from calculator chips)によるものである、としている。
Microprocessors represent a natural evolution from calculator chips, and were first introduced by Intel in 1971. Most major companies are now in the process of producing microprocessor systems.”(p.9)
 
なおZaksは、現在のところマイクロコンピュータの実行速度はミニコンピュータよりも2倍から10倍も遅いけれども、マイクロプロセッサの今後の技術発展により「ミニコンピュータ革命」よりも大きな衝撃を与えるものであるとしている。
The impact of the microprocessor can be expected to be more significant than the mini revolution a few years ago. The range of microcomputer systems extends throughout a wide spectrum of performance and cost, from the calculator at the low end, to the minicomputer at the high end. Typical execution times for microcomputers are still 2 to 10 times slower than those for minis, but are constantly shrinking. Microprocessors have evolved as standard OEM products, and cater exclusively to the OEM users, while minicomputers usually provide extensive support geared to the end-user. Their major impact is felt on economical and “smart” OEM digital products. As MOS LSI costs keep decreasing, the number of microcomputers should exceed by far the number of any other type of computer being produced.
 

日本におけるマイクロコンピュータという単語の多義性 ー microcomputer

マイクロコンピュータ(microcomputer)という用語は、マイクロプロセッサ(microprocessor)という用語とは異なり多義的である。
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、p.2は、下図のように、マイクロコンピュータの定義は3種類ある、としている。

定義1-「マイクロプロセッサ」(図の構成A)
定義2-「マイクロコンピュータ・ボード」(図の構成B)-「構成Aのマイクロプロセッサに、メモリや必要な周辺回路をつけて,1~2枚の印刷配線板にとりつけたもの」
定義3-「マイクロコンピュータ」(図の構成C)-「構成Bに加えて、電源,筐体やソフトウエアまで加えて,完全にコンピュータとして商品化している」
 
マイクロコンピュータ=「入力機器、表示装置、記録装置などを含むシステム」とする用語法
矢田光治(1980)『図解マイコンの基礎知識』オーム社、p.1は、「マイコンは,マイクロコンピュータを略してよぶのに使われて
いる」とした上で、マイコンを下図のように、キーボードなどの入力機器、TVディスプレイなどの表示装置、プリンタなどの出力装置、オーディオカセットなどの記録装置などを含むシステムであるとしている。
 
マイクロコンピュータ=「マイクロプロセッサ」(microprocessor)とする用語法
 
マイクロコンピュータ=「パーソナルコンピュータの別名」とする用語法
 
関連参考資料