最も広義の意味における「コンピュータ」は「計算機」であるが、日常的用法としては「電子計算機」(electronic computer)の意味で使われることが多い。それに対応して、英語のComputerという単語は、日本語としては、「計算機」、「電子計算機」、「コンピュータ」という三つの単語に訳し分けられている。
事典や辞書などにおけるコンピュータの定義
- 日本語版ウィキペディア「コンピュータ」
コンピュータ(英: computer)は、広義には、計算やデータ処理を自動的に行う装置全般のことであるが、今日では特に断らない限り、その中でも電子技術を用いたエレクトロニックコンピュータ(electronic computer、電子計算機)を指す。
- 竹内郁雄「コンピューター」『世界大百科事典』平凡社 — 「ディジタル電子回路を用いて,数値計算や論理計算を行う機械,すなわち電子計算機」
最も広義には,計算を行う機械,すなわち計算機のこと。通常はディジタル電子回路を用いて,数値計算や論理計算を行う機械,すなわち電子計算機を指す。この場合,ディジタルであることを強調して,ディジタルコンピューターともいう。広義のコンピューターは,アナログ電子回路を利用しておもに数値計算を行うアナログコンピューターを含む。本項は,ディジタルコンピューターに限定して記述する。
(中略)
ディジタル電子回路を用いたコンピューターが登場したのは1940年代半ばである。それまでは数値計算を行う狭義の計算機械 (カルキュレーター)と,大量のデータを分類・集計する機械と,論理や制御を扱う論理機械 (オートマトン)の三つが別々の流れで発展してきた。コンピューターの登場と同時に,これらが同じ枠組みで行えることが改めて認識され,狭義の〈計算 calculation〉に代わって,広義の〈計算 computation〉という言葉が使われるようになった。日本語ではこの区別がつきにくいので,コンピューターが行う広義の計算をコンピューティングと呼ぶことがある。
(中略)
本項目で述べたコンピューターはフォン・ノイマンのプログラム内蔵型・逐次制御のアーキテクチャーをもっているので,ノイマン型コンピューターと呼ぶ。これに対してノイマン型以外のアーキテクチャーをもつものを,非ノイマン型と呼ぶ。ただし,ノイマン型のどこを否定したことによって非ノイマン型と呼ぶか,多少のゆれがある。たとえば,ノイマン型の CPU を並べた並列コンピューターは通常は非ノイマン型だが,狭義では非ノイマン型と呼ばない。
狭義の非ノイマン型コンピューターの代表的なものは,シーケンサーがプログラムの実行を逐次制御するのではなく,演算に必要なデータがそろうと演算が行われるというモデルに基づくデータフローコンピューターや,神経回路網をモデルにしたニューラルコンピューターなどである。 - 「計算機」『理化学辞典』第5版 — 数の計算を行なうための機械.とくに電子計算機をさすことが多い.
数の計算を行なうための機械.数値を表わすのに連続的な物理量を用いるアナログ計算機(計算型)と,離散的な数字を用いるデジタル計算機(計数型)とがある.とくに電子計算機をさすことが多い.電子計算機は数の計算にとどまらず広範な情報処理に関する計算を行なう機械ということができる.
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- 「電子計算機」『理化学辞典』第5版 — 半導体素子(IC,トランジスター,ダイオード)または電子管と記憶装置などをもつ回路を利用して,計算その他の情報処理を高速度で自動的に行なう装置
半導体素子(IC,トランジスター,ダイオード)または電子管と記憶装置などをもつ回路を利用して,計算その他の情報処理を高速度で自動的に行なう装置.1946年アメリカで完成したENIAC(エニアック)が最初のものである.デジタル計算機であって,一般に2進数字0,1の信号で数を表わして計算する.本体は制御装置,演算装置,記憶装置からなる.記憶装置は,プログラムやデータを蓄えておく装置である.制御装置は記憶装置から2進符号であらわした計算指令を読みとり,解読し,計算機の各部を制御して指令を実行する.指令には加減算,符号判定,指定番地の記憶装置への書きこみ,読みとりなどがある.演算装置は記憶装置から取り出される数値に演算をほどこし,結果は記憶装置に記録されて,必要に応じてふたたび取り出される.最終結果は記憶装置から出力装置に送られる(*中央処理装置).制御装置と演算装置は,論理回路と一時的な記憶用のレジスター(記憶装置の一部とも見られる)をもち,そのほか計算機各部の信号の時間をあわせるための刻時回路などもある.電子計算機はプログラムさえ適切なものを入れれば原理的にはどんな計算でもできる万能性をもっているので,有効な利用には誤りのないプログラムを用意することが重要であるが,それは計算機そのものをつくること以上に労力を要する仕事である.そこで電子計算機そのものをハードウェア(hardware)といい,プログラムをソフトウェア(software)ともいう.入力装置は最も時間を要する部分なので,効率を上げる工夫を要し,その使用法にオンライン処理とオフライン処理があり,また通信,制御系と直結して使う実時間計算もある.
- 「コンピュータ」『コンピュータ用語辞典』第4版 — 「走行中に操作員が介在することなく,多くの算術演算や論理演算を含むぼう大な計算を行うことができるデータ処理装置」
走行中に操作員が介在することなく,多くの算術演算や論理演算を含むぼう大な計算を行うことができるデータ処理装置.
▼JIS▼(X0001 03.03) 算術演算及び論理演算を含む大量の計算を,人出の介入なしに遂行することのできる機能単位.
〈備考〉
1)計算機は,独立した単体であっても,相互に接続された幾つかの装置で構成されていてもよい.
2)情報処理の分野では,計算機は,ディジタル計算機のことをいう. - 「コンピュータ」『岩波日本史辞典』 — 「一定の手続きに従い自動的に計数処理・情報処理を行う電子計算機」
一定の手続きに従い自動的に計数処理・情報処理を行う電子計算機。入力・出力・記憶・演算・制御の基本機能をもつ。日本最初の自動計算機は1952年に通産省工業技術院が開発したリレー式計算機。また,本格的な電子コンピュータは,東大と東芝の共同計画(53‐59年)によるTACで,さらに最初に稼働したのは56年完成の富士写真フイルムのFUJICであった。その後,電電公社・日立製作所・日本電気・富士通などの各社が続き,米国との技術提携,あるいは*半導体・*集積回路の技術進歩もあって性能は急速に向上し,80‐90年代には各個人・家庭にまでパソコンが普及してきた。[引用者注]コンピュータ=電子計算機という文言の後に、「日本最初の自動計算機は1952年に通産省工業技術院が開発したリレー式計算機」という文言を続けているのは誤解を招きやすい。「日本最初の自動計算機」という主語なので間違いではないが、リレー式計算機は、電子計算機ではなく、電気機械式計算機である。(リレー式計算機は、真空管や半導体素子といった電子部品を用いた機械ではない。計算のために用いられているのは、電磁リレーであるから、分類としては電気機械式計算機ということになる。)
- 「コンピューター」『広辞苑』第六版 — 「計算機。主に電子計算機をいう」
(コンピュータとも)計算機。主に電子計算機をいう。- 「コンピューター」『新明解国語辞典』 — 「「電子計算機」の日常語的表現」
「電子計算機」の日常語的表現。事典や辞書などにおけるノイマン型コンピュータの定義
- 「ノイマン型コンピューター」『広辞苑』第六版 — 「プログラム内蔵方式と逐次制御方式を特徴とするノイマン型コンピューター」
フォン=ノイマンの提案した原理に基づくコンピューター。ソフトウェアをメモリーに格納するプログラム内蔵方式と、プログラムから命令を順次読み出して実行する逐次制御方式とが特徴。
- 「フォン・ノイマン型計算機」『理化学辞典』第5版 — 「フォン・ノイマン型計算機=プログラム内蔵方式の電子計算機」
ノイマン型計算機.プログラムをデータと同様にビット列で表わして記憶装置に入れておき,逐次制御カウンター(sequence control counter)の指示に従ってプログラムの命令を次々に実行する方式(プログラム内蔵方式,stored program computer)の電子計算機.最初の電子計算機ENIACではプログラムに配線盤方式を使っていたが,これでは新しくプログラムを配線するにも,配線を変更するのにも大変であった.フォン・ノイマンはプログラムを数値に直してデータの記憶装置に入れ,またデータとしてプログラムの命令を読み出してはそれを解釈,実行する配線盤を作ってプログラム内蔵方式を実験した.この考えに沿って作られた最初の計算機は,ケンブリッジ大学のEDSAC(1947)である.その後の計算機はすべてプログラム内蔵方式でフォン・ノイマン型計算機という.
- 「フォンノイマン・モデル(フォンノイマン型コンピューター)」『知恵蔵』
数学者J・フォンノイマンが一九四五年に提案した今日のコンピューターの基本構成。通称ノイマン型コンピューター。中央演算部、演算の順序づけを命令する制御部、計算を行うためのデータと命令を蓄える記憶機構、そしてコンピューターと人間をつなげる出力部の五つを構成要素とする。記憶部に計算手続き、すなわち命令の集まりであるプログラムを組み込む(プログラム内蔵方式)点が最大の特徴。しかし、効率面では必ずしも優れておらず、日本の第五世代コンピューター研究開発など、非ノイマン型コンピューターを追求するようになった。
コンピュータの分類
ノイマン型 vs 非ノイマン型
電子計算機 vs 機械式計算機コンピュータを特徴づける項目
プログラムをデータと同様にビット列で表す
プログラムとデータを共に同一の主記憶装置(高速のメモリ)の中に入れておく — 結線論理(wired logic)型コンピュータとの対比
計算を自動的におこなう — そろばんや手回し式計算機との対比
情報処理をプログラムにしたがって自動的におこなう — 数値計算専用計算機である電卓(electoronic calculator)との対比
1960年代コンピュータSDS 930におけるCPUの写真
SDS 930は、 Scientific Data Systems社(SDS)が販売したバイポーラ接合トランジスタを使用した1960年代の典型的な中小規模科学計算機である。1963年12月に発表され、最初の設置は1964年6月に行われた。
下記写真は、同コンピュータの内部の前景および後景の写真である。
メモリバンク2基の場合 1350ポンド(約612kg)
[図の出典]
Technical Manual COMPUTER Model 930,SCIENTIFIC DATA SYSTEM, February 1966
https://archive.decromancer.ca/bitsavers.org/pdf/sds/9xx/930/900066C_930_TechRef_Feb66.pdf
なお上記マニュアルでは、同コンピュータについて下記のように記載されている。
Dennis M. Ritchie関連資料
Dennis M. Ritchieの個人HP
https://www.nokia.com/bell-labs/about/dennis-m-ritchie/
リッチーによる下記ほかの数多くの資料をダウンロード可能。
- Ritchie,D.M.(1971)Unix Programmer’s Manual, November 3, 1971
- Ritchie,D.M.,Thompson, K.(1978) ”The UNIX TimeSharing
System” Communications of the ACM, Vol.17 No.7, July 1974,pp.359-375.
1974年論文の改訂版。 - Ritchie,D.M.(1984) “The Evolution of the Unix Time-sharing System” The Bell System Technical Journal, 57 no. 6, part 2 (July-August 1978)
UNIXの1968年から1973年にかけての初期開発の歴史を概観した論文。本論文では下記のように、開発当時の社会的状況とともに、ファイルシステム、プロセス制御機構、そしてパイプライン化されたコマンドという概念の発展などが論じられている。UNIXは1974年にその概要が初めて公表されて以来、大幅な書き直しや細かな改良が加えられてきたが、根本的な変更はほとんど行われていない。しかし、UNIXが誕生したのは1974年ではなく1969年であり、その開発の経緯はあまり知られていないものの、示唆に富む物語である。本論文では、このシステムの発展における技術的および社会的な歴史を述べる。
本論文の内容はもともとは、オーストラリアのシドニーで1979年7月に開催されたThe Language Design and Programming Methodology conferenceでの講演に基づくものである。(Lecture Notes in Computer Science #79:Language Design and Programming Methodology, Springer-Verlag, 1980に収録されている。)
Ritchie, D.M. (1980). The evolution of the unix time-sharing system. In: Tobias, J.M. (eds) Language Design and Programming Methodology. LDPM 1979. Lecture Notes in Computer Science, vol 79. Springer, Berlin, Heidelberg.
https://doi.org/10.1007/3-540-09745-7_2本論文自体は、1979年の同講演の再録版であるAT&T Bell Laboratories Technical Journal 63 No. 6 Part 2, October 1984, pp. 1577-93に基づくものである。
- Ritchie,D.M.(1993) “The Development of the C Language” Second History of Programming Languages conference, Cambridge, Mass., April, 1993.
Dennis Ritchie, Collected Papers
https://www.academia.edu/43730550/Collected_Papers_Dennis_Ritchie
Bell System Technical Journal: AT&T Company Technology Magazine from 1922 to 1983 The Bell System Technical Journal,Vol.1(1922)-Vol.36(1957) Nokia Bell Labs “Publications” 「フロッピーROM」(Floppy ROM)とは、ソノシートにカンサスシティスタンダード(Kansas City standard、KCS)方式で情報を音として記録したものである。雑誌の付録などとしてプログラムを配布するには、カセットテープが不向きであったことから、雑誌に綴じ込み可能な薄さで安価なソノシートが選択された。 フロッピーROMの利用に際しては、ソノシートをレコードプレーヤーで再生し、カセットテープレコーダやデータレコーダなどでカセットテープに録音しなおす必要があった。 Interface Age 1977年5月号に中綴じされたフロッピーROM 「フロッピーROM」誕生までの直接的経緯は、Jones,Robert S. (1977) “THE FLOPPY-ROM™ EXPERIMENT — Or the Joy of Developing a Simple Idea”Interface Age,2(9), p.28.に詳しく記載されている。 1970年代当時、フロッピーディスクドライブや磁気テープ装置(オープンリール型)は、価格が高く個人では購入困難であった。そのため一般家庭にあった市販のポータブル・カセットレコーダーと安価な民生用カセットテープをそのまま外部記憶媒体として活用するための開発が進められた。 会議後、 Lee Felsenstein (of Processor Technology)とHarold Mauch (of Percom) が規格を作成し、Byte誌の創刊号に掲載された。 [関連参考資料] PTRの機能の延長としてのオーデイオカセット 高レベル言語での交換に有効 ROMの代用 別名CUTS フロッピー・TAPE コンピュータ関連資料-解説書および教科書(英語) Computers and Automation(のちのComputers and People)は、1950年に創刊された世界初のコンピュータ専門誌であり、1972年まで引き続き発行された。(“A magazine on computers and related topics first published between 1950 and 1972, was published by Edmund Berkeley and hosted the first computer art competition in 1963.”)アメリカの科学者・作家であるエドモンド・バークリー(Edmund C. Berkeley)によって発行され、初期のコンピュータ科学やサイバネティクス、コンピュータアートの普及に大きな役割を果たした、とされる。 ソフトウェア産業に関する論考であるが、下記のように、メインフレーム、ミニコンピュータ、PCに関する米国内出荷台数の歴史的推移(Domestic Mainframe and Minicomputer Shipments by Number and Value 1960-1990などの数表も付録として含まれている。 Table 1. Phister and CBEMA Estimates of U.S. Domestic Mainframe and Minicomputer Shipments by Number and Value 1960-1990 金額の単位:100万ドル [引用元]Gordon, R.J.(199)”Computer Processors and Peripherals” in Gordon, R.J., The Measurement of Durable Goods Prices, University of Chicago Press, p.193 Einstein, Marcus E., and James C. Franklin. 1986. “Computer manufacturing enters a new era of growth” Monthly Labor Review,109 (September):9-16. 上記の表の数値は、下記資料におけるメインフレームの数値とはほぼ一致しているが、PC、ミニコンピュータの数値は大きく異なっている。例えば、PC、ミニコンピュータの出荷台数、および、ミニコンピュータの出荷金額は、下記資料の数値の半分以下(31%~49%)となっている。そうした違いの原因は、「統計の対象としている機種の定義の違い」、「海外出荷台数を含むか含まないか」などによるものと推定される。 工場出荷額 FACTORY REVENUE (mil. dol.) 出荷台数 SHIPMENTS (units) 1991年、1992年、1993年の数値の出典 [引用元] Martin Campbell-Kelly, Daniel D. Garcia-Swartz(2008) “Economic Perspectives on the History of the Computer Time-Sharing Industry, 1965–1985” IEEE Annals of the History of Computing, 30(1), p.18 [原出所] 日本電子工業振興協会(1959)『米国の電子計算機工業(前編)』1959年11月,46ページ,第17表 演算素子の歴史的発展の主流の流れは、歯車から真空管へ、真空管から半導体へと進んだ。真空管とほぼ同時期に存在した演算素子に電磁リレーとパラメトロンがあり、それらを用いた計算機が電磁リレー式計算機とパラメトロン式計算機である。 パラメトロンは1954年に後藤英一によって発明された演算素子であり、その当時、日本では「真空管に比べると価格が非常に安い」、「電磁リレーよりも高速動作が可能である」、「トランジスタよりも信頼性が高い」というように評価され、数十台のパラメトロン式計算機が製造された。しかしトランジスタの信頼性向上や低価格化により、結果的には、演算素子として主役の座を得ることはできなかった。 日本人の発明になる日本独自タイプの演算素子にパラメトロン(Parametron)がある。パラメトロンを演算素子や記憶素子として利用したcomputerの開発が日本では1950年代後半に積極的に進められた。 注2 点接触型トランジスタを演算素子として利用した日本最初のトランジスタ式電子計算機ETL Mark III(1956)の開発に携わった高橋茂は、「困ったのが点接触型トランジスタの劣化でした。・・・昨日取り替えたばかりのトランジスタがもう故障だなどということもしばしば」(高橋茂,1996,p.13)であったと当時の点接触型トランジスタの信頼度の低さを証言している。また真空管の信頼度の低さに関しては、高橋秀俊が真空管式電子計算機に関して真空管を「毎朝テストして、何本か不良品を取り替えるというのが常識だった」(高橋秀俊,1979,p.143)と証言している。 注3 パラメトロン開発を主導した高橋秀俊は、「パラメトロンは・・・安価で、安定な部品だけから組み立てられていること、そうして、これ一種で完全な論理回路が組めるということが特徴で、特にまだトランジスタが非常に高価であった当時、価格の点でまったくユニークなものと思われた」(高橋秀俊,1968,p.3)としている。実際パラメトロン計算機の開発開始時点の1954年当時で、パラメトロン素子は一素子あたり約五百円という低価格であったが、「同じだけのものを真空管でつくれば、廉く見積もって一万円はしただろう。トランジスタにいたっては当時は1個が数千円もした」(高橋秀俊,1972, p.62)のである。ただしパラメトロン計算機の完成時点の1957年頃には「トランジスター素子の速度はずっと速いので・・・結局、価格の点ではそれほど違わない」(高橋秀俊,1972,p.62)という結果になっていた。 注4 Musashino-1は1957年3月に運転開始した日本最初のパラメトロン計算機であるが、7400個のパラメトロン(制御装置用1600個、算術演算装置用2800個、磁気コアメモリ用1000個、磁気テープメモリ用2000個)とともに、679本の真空管(算術論理演算装置用280本、磁気コアメモリ用239本、磁気テープメモリ用160本)も使用されており(Muroga&Takashima,1959,p.309)、いわばハイブリッド型の電子計算機であった。
大井電気は、日本最初のパラメトロン電子計算機(MUSASINO1号)の開発に際し、パラメトロン素子の製作を依頼されて供給したことを契機に、1962年末頃よりパラメトロン素子を用いた電卓の開発に取り組んだ。 当時の電動計算機は、「値段が高く、重い」だけでなく、歯車式であったことから動作時に「大きな騒音」を発生させた。そこでパラメトロン素子を使って小型化を図ると同時に、静音化を実現することで、相対的競争優位を獲得できると考えたのである。 1963年8月には日本で初めて電卓の試作に成功した。トランジスタではなくパラメトロンを約1700個を用いた同製品は、「アレフゼロ101」(大きさ550×520×380mm)として商品化され、1,964年4月から大学の研究室などに販売された。 大井電気は1,000台のアレフゼロを製造・販売したが、最終的には価格が80万円と競合他社製品よりも高価格であったこと、消費電力が300Wもあったこと、パラメトロン素子が地磁気の影響を受けやすいことなどから、1970年には電卓販売から撤退を余儀なくされた。 アレフゼロ101は、テンキー操作を採用し、表示桁数10桁で表示にはニキシー管を使用し、消費電力は300Wと大きかった。四則演算[加減算 10桁 乗算 20桁 除算 10桁(剰余10桁)]、一定数乗除算、累積、自乗、開平[9桁]などを簡単な操作で実行できた。また浮動小数点方式を採用し、小数点の位取りは自動的になされた。 1950年代から1960年代初頭のコンピュータ利用は「バッチ処理」(一括処理)方式が一般的であった。バッチ処理においては、処理に必要なプログラムとデータが最初にすべて一括入力され、その処理が完了するまで他の処理を実行することはできなかった。こうしたバッチ処理方式は、高額なコンピュータの稼働率を高める上では有効であったが、最初に与えたプログラムにバグなどの問題点があった場合のデバッグ作業や最終的な計算処理結果の確認に数時間から数日を要するという問題点があった。 1980年代には、PCが企業や大学を中心に普及するとともに、一般家庭にも浸透し始めた。利用者は文書作成や表計算、プログラミングなどの情報処理を手元のPCで行えるようになった。こうした用途での商用TSSの利用は次第に減少した。一方、PCを通信端末として利用した、電子メール、ニュース、電子掲示板、チャットなどの個人向けオンライン情報サービスの市場が次第に拡大した。 また1980年代には、UNIX系OSを搭載したワークステーションが企業の技術部門や大学・研究機関を中心に普及した。UNIXも、TSSと同じく、タイムシェアリング方式で複数の利用者が計算資源を共有し、利用者ごとにアクセス権限を管理する機能を備えていた。1980年代後半から1990年代にかけて、組織内LANを通じてPCやワークステーションをUNIXサーバーに接続し、ファイルを共有したり、各種のネットワークサービスを利用したりする方式が広がった。ただし大企業では、基幹業務、大規模なデータ処理、ソフトウェア開発のために大型計算機(メインフレーム)が引き続き利用された。 CTSSは、大型計算機における従来的なバッチ処理と並行して、複数のユーザーが同時にコンピュータを操作・対話できる仕組みを先駆的に実現していた。また、パスワードによるログイン認証、電子メール(MAILコマンド)、簡易な即時メッセージング機能(WRITEコマンド)といった、現代のコンピューティングに不可欠な概念もいち早く導入した。同OS上では、世界初のチャットボットとされる「ELIZA」や、点字翻訳プログラム「DOTSYS」といった初期の革新的なアプリケーションも動作した。 MITでは1964年からFernando Corbatóらの研究チーム(CTSSの開発チーム)を中心に、新たな汎用タイムシェアリング・システムの構想が始まり、これがのちにGEおよびベル研究所を交えた共同プロジェクト「Multics」として発展した。Multicsの初期開発段階では、既存のCTSSが開発ツールとして利用された。Multics専用のハードウェア(GE-645)が1967年に納入されて以降は、Multics自身の環境下で開発が進められた。 L. P. Deutch and B. W. Lampson (1965) “SDS 930 Time-sharing System Preliminary Reference Manual,” Doc. 30.10.10, Project Genie, Univ. Cal. at Berkeley . しかしながら現代的用法では、TSSは、CTSSやBerkeley Timesharing Systemなど1960~1970年代の大型計算機(メインフレーム)用のシステムを指すものとされることが多い。すなわち、UNIXはMulticsなどと同じく別系統のシステムである、と位置づけられることが多い。 このことは、広義のTSSと狭義のTSSの区別として理解することができる。「複数の利用者がそれぞれの端末からコンピュータへ対話的に接続し、CPU時間や記憶装置などの計算資源を共同利用するシステム」という広義の意味でTSSという用語を用いるならば、1970年代の初期UNIXは明らかにその一種である、と言える。しかしながら、日本のコンピュータ史でも、TSSという用語を「大型計算機を通信回線経由で多数の組織・顧客に提供する計算サービス」という狭義の意味で使われることがよくある。 さらにまた、1970年代のUNIXをTSSと位置づけることは適切であるとしても、それ以降のあらゆるUNIXおよびUnix系システムを、TSSと位置づけるのはあまり適切ではない。というのもUNIXを単独利用する場合や非対話的なサーバー処理を中心とする運用もあるからである。 したがって、歴史的説明としては、「初期UNIXはタイムシェアリングOSとして開発され、当時の開発者自身もそのように位置づけていた。」というのが適切であろう。 なおRitchie(個人HP https://www.nokia.com/bell-labs/about/dennis-m-ritchie/)がベル研の同僚のKen Thompsonと共著で1974年に発表した同タイトルの元論文”The UNIX Timesharing System”(Ritchie,D.M.,Thompson, K.(1974) Communications of the ACM, Vol.17 No.7, July 1974,pp.359-375.https://dsf.berkeley.edu/cs262/unix.pdf)では、冒頭ではTSSとしながらも1977年論文と異なり、アブストラクトの冒頭では、下記のように”a general-purpose, multi-user, interactive operating system”と規定し、TSSとはしていない。 本序文においても、”The growth and flowering of UNIX as a highly effective and reliable time-sharing system are detailed in the prizewinning ACM paper by Ritchie and Thompson that has been updated for this volume.”というように、UNIXがtime-sharing systemとして位置づけられている。この序文は、当時のBell研究所においてもUNIXがタイムシェアリング・システムとして理解されていたことを示唆するものと言えよう。 PDF版のアニュアルレポートに収録されている”Message From the President and CEO”には下記の記述があるが、”We have shipped over 50 million Zip drives and over 300 million”という記載は2002アニュアルレポートの記載と矛盾する。 Zipドライブの出荷単位数:千台、Zipディスクの出荷単位数:万枚 Thus, the Zip product segment remains the Company’s only consistently profitable segment. In light of the inevitable decline of the Zip business, the Company will not be viable unless it generates significant PPM from products other than Zip products. REV products currently represent the Company’s most realistic opportunity to develop a significant PPM stream which could at least partially offset the rapidly-declining Zip PPM. Management expects to continue to invest significant resources with the goal to increase REV product sales. It is unlikely that the Company will be able to operate profitably unless and until REV products generate significant positive PPM. However, the Company can provide no assurance that the REV business will generate PPM sufficient to offset declining Zip PPM.” 米国証券取引委員会におけるIOMEGA社の10-Kリスト(annual report) 産業情報化推進センター(CII) 花岡菖(2004)「黎明期のコンピュータの発展に関する一考察(3) : 黎明期における主導概念の変遷」『関東学院大学経済学会研究論集:経済系』第218集 https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011040.pdf&n=003.pdf https://www.ibm.com/history/punched-card https://www.ibm.com/history/punched-card-tabulator https://ethw.org/Early_Punched_Card_Equipment,_1880_-_1951 https://www.ibm.com/history/magnetic-tape https://archive.computerhistory.org/resources/access/text/2023/12/102803792-05-01-acc.pdf https://bitsavers.org/pdf/afips/1953-03_%2303a.pdf https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011032.pdf&n=116.pdf https://www.ibm.com/history/floppy-disk https://www.computerhistory.org/storageengine/floppy-disk-loads-mainframe-computer-data/ https://www.computerhistory.org/revolution/memory-storage/8/261 https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011067.pdf https://www.ibm.com/history/optical-storage https://dspace.mit.edu/entities/publication/b142b02c-e6af-4d5b-b58f-efedb8e920be https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0000685.pdf https://www.denso-ten.com/jp/technicalreview/jp_pdf/16/16-2J.pdf https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011067.pdf&n=105.pdf https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011028.pdf&n=118.pdf https://web.archive.org/web/20031026222350/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_birth.html https://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00070&age=stable-growth DOI https://doi.org/10.11470/oubutsu.76.9_995 https://doi.org/10.11470/oubutsu.81.8_667 https://web.archive.org/web/20090304083417/http://ceramni.jpn.org/file/soukai06/kouen_0602.pdf https://the-shashi.com/tse/6976/decisions/consumer-media-entry-1988/ https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011042.pdf&n=113.pdf https://www.ibm.com/history/ramac https://www.youtube.com/watch?v=zOD1umMX2s8 https://doi.org/10.1541/ieejjournal.132.97 https://doi.org/10.11485/iteac.1997.0_401 DOI https://doi.org/10.3169/itej.53.1363 https://doi.org/10.3169/itej.60.9 https://doi.org/10.1299/jsmemag.110.1063_436 https://doi.org/10.11485/itetr.32.55.0_13 https://doi.org/10.11499/sicejl.50.483 https://doi.org/10.1299/jsmemag.117.1150_600 所眞理雄(2008)「発展・成長期におけるOS研究開発」2008年4月8日 伊藤宗彦(2005)「ソフトウエアの標準化とマーケティング–オペレーション・システムの標準化の考察」『マーケティングジャーナル』24 (3), 18-30, 2005 伊藤宗彦(2004)「オペレーション・システムの標準化要因の考察-標準化とマーケティング要因の関連性分析」神戸大学経済経営研究所 Discyssion Paper Series No.362 歯車式計算機の実用化・量産化が進んだのは19世紀である。フランスのコルマー(Charles Xavier Thomas de Colmar、1785-1870)がアリスモメーターという計算機を発明し、1820年に特許を取得している。コルマールは保険会社の社長であった。保険会社は、顧客ごとのリスクに応じた適切な保険料の設定などで大量の数値計算業務を抱えていた。そこでコルマールは業務に役立てようと自ら計算機を開発したのである。 [図の出典] [図の出典] 図1 Radio-Electronics 1950年10月表紙におけるロボットSquee バークリーは、「mechanical brains、electric brains、brain machines 、machines that thinkとしてのコンピュータ」という宣伝文句(あるいは比喩)のもとに、Giant Brainといった著作の出版、Squeeというロボット[図1参照]の製作、コンピュータ教育用のコンピュータ・キットSimon[図2参照]製作プラン[注2]、Geniacなどのelectrical toy kitsの販売などをRadio ElectronicsやPopular Electronicsといったホビイスト向け雑誌(hobbyist magazine)を通じておこない、1950年代にコンピュータという新技術・新製品の有用性を社会的に広く知らしめた大衆的啓蒙家・普及者(popularizer)、エバンジェリスト(evangelist)として知られている。 バークリーの著作は、Berkeley (1949) Giant Brains[バークリー(高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房]も含めて3冊が翻訳されている。 (2) 原著 – 単行本 ENIAC,Harvard Mark Iなど1940年代の大型計算機などの紹介や、電気回路でブール代数を扱うことができることを示したシャノンのMIT修士論文「継電器とスイッチ回路の記号論的解析」(1937)の内容の解りやすい紹介・解説などを含んでいる。 b.Berkeley, E.C., Wainwright, Lawrence (1956) Computers : their Operation and Applications, Reinhold Publishing Corp.,366pp c.Berkeley, E.C. (1959) Symbolic Logic and intelligent Machines, Reinhold Publishing Corp., 203pp d.Berkeley, E.C. (1961) Probability and Statistics: An Introduction through Experiments, Science Materials Center, 121pp e.Berkeley, E.C. (1962) The Computer Revolution, Doubleday, 249p f.Berkeley, E.C. (1966) A Guide to Mathematics for the Intelligent Nonmathematician, Simon and Schuster, 352pp g.Berkeley, E.C. (1967) Computer-assisted Explanation: A Guide to Explaining: and some ways of using a computer to assist in clear explanation, Information International h.Berkeley, E.C. (1973) Ride the East Wind; Parables of Yesterday and Today, Quadrangle i.Berkeley, E.C.(1984) The Computer Book of Lists and First Computer Almanack, Reston Publishing, 155pp
(3) 原著 – パンフレット、製作マニュアルほか c.Berkeley, E.C. (1952) The Construction of Living Robots, Edmund C. Berkeley and Associates, 20pp d.Berkeley, E.C. (1955) Geniacs: Simple Electric Brain Machines, and How to Make Them, Berkeley Enterprises, Inc , 63pp f.Berkeley, E.C. (1956) Small Robots – Report, Berkeley Enterprises, Inc., 本稿のPDF版は下記からダウンロードできる。 現代のCPUには、「整数演算」専用ALU装置と「浮動小数点演算」専用ALU装置=FPU(Floating Point Unit)が統合されていることが多い。ただしコストの関係で、浮動小数点演算専用ALU装置はさほど多くは搭載されてはいない。 関連参考文献 取り上げるポイント CUIからGUIへ ポイント理解のための視点 重要関連point 家庭ニーズ(Home use) 前提知識 BIOS関連記事 『マイコン』電波新聞社 Mazor,S.(2010) “Intel’s 8086” IEEE Annals of the History of Computing, 32(1), pp.75-79 Morse, S. et al.(1980) “Intel Microprocessors 8008 to 8086” Computer, pp. 42-60. Table 1 Feature Comparison † Address and data bus multiplexed. 「一九八二年下期に入って、エストリッジの引き抜き話が終わったころ、ジョブズとマークラは、ア ップル社は現実には消費財製造会社であって技術企業(a technology enterprise)ではなく、実は技術者(technologist)はまったく求めていないのだ、ということを確認した。」ローズ, F.(渡辺敏訳,1990)『エデンの西ーアップル・コンピュータの野望と相克』サイマル出版、p.132 Rose, F.(1989) West of Eden: The End of Innocence at Apple Computer, Viking,p.74 リンツメイヤー,O.、林信行(2006)『アップル・コンフィデンシャル2.5J』上、アスペクト https://web.archive.org/web/20001215161400/http://americanhistory.si.edu/csr/comphist/gates.htm Martin, M. (2021) “Computer and Internet Use in the United States: 2018” American Community Survey Reports, April 2021, p.3 上記のグラフでは、コンピュータの家庭世帯普及率のデータは、Current Population Survey (CPS)による1984-2017、および、American Community Survey (ACS)による2013-2018の2種類が、 米国の主要PCメーカーの1979年および1982年の世界売上高(単位 100万ドル) [引用元] プログラム駆動型の機械的計算機の実用化は、歯車駆動の動力源に関する蒸気動力や電気動力というイノベーションによってではなく、演算素子に関する「歯車」から「リレー」(継電器)へのイノベーションによって実現された。リレーとは、電磁石に電流を流すと発生する磁力を利用してスイッチのオン・オフを機械的におこなう装置である。 ただし新しい演算子であるリレーという機械的部品は、より高速な機械的計算機に対する必要性に対応して新規に発明されたものではなく、電話交換機用の部品として既に利用されていた部品である。歯車を演算素子とする機械的計算機の高速化のための技術的シーズ(seeds)としてリレーが利用されたのである。 たとえばカシオ計算機は、1957年にリレーを用いた卓上型電子calculator「カシオ14-A」(消費電力300W、重量120kg、高さ78cm×幅101cm×奥行42cm)を完成させ485.000円で販売を開始した。「カシオ14-A」は、テンキー入力で数値をランプで表示する方式を採用しており、リレー式であることから歯車式に比べて加減算で3~4倍、乗算で6~7倍という早さで14桁の計算をした。なおテンキー方式を採用したのは、卓上型calculatorとして数値入力部の大きさを小さくするためであった(フルキー方式の卓上型calculatorでは四則演算可能な桁数を大きくすればするほど、桁数に比例して入力部のスペースが大きくなってしまう。)。 [図の出典]内田洋行の1958年のカタログ[電卓ミュージアム所蔵、http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/2-casio/1-casiod/br/b-1.jpg] 遠藤諭(2019)「TK-80、PC-8001、NECのパソコンはこんな偶然から始まった」遠藤諭のプログラミング+日記 第67回、2019年08月08日 ユーザー教育のために、渡邊氏は、「NECマイコン教室」というものを全国あちこちで開くことにする。マイコン自体の認知が少しずつ進んでいたこともあって、小さな会社から大企業の社員までが集まった。ところが、なんとかマイコンを使った製品を自社でも作れないかと、がんばって勉強してくれるのだがなかなか習得が進まない。 「マイコンチップ自体がコンピュータですから、これをプリント基板にのせて作るわけですが、問題は入出力機器です。当時、そのような場合にはASR-33という端末が有名でしたけど、いわゆるテレタイプをつなぐのですが、それだと教室に一台しか持ちこめない。しかも、その一台は先生がやってみせるだけで肝心の生徒はいじるわけにも触る訳にもいかない。それでは教育効果があろうはずがありません」
―― それで生徒各人がもてる教材を作った! しかし、教材を作ろうと決めてからが苦労の始まりでもあった。NECは代表的なコンピュータメーカーだったが、とてもこのような教材を作るのに社内の協力を得られるとは思えない。そこで、マイクロコンピュータ販売部の中で、後藤富雄、加藤明、半田幹夫の3名を中心にして、ワンボードマイコンの開発にあたることになる。
嬉野勝美(1996)p.48によると、アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機ピピンアットマークに関して、バンダイは同機の開発に100億円を投資し、Appleも1996年1月の株主総会で同機を端末として活用していくと発表している。
1994年以降のAnnual Reportは、AppleのIRページ、https://investor.apple.com/sec-filings/default.aspxからダウンロードできる。
Mittan, Shane R. (2010) “APPLE: A Case Study Analysis”
* Identifies the 16-•bit internal bus and 8–bit data bus of the 8088 microprocessor used in the Personal Computer. See chapter 2 for more detail on this subject. Arranged in the order of price for the minimum configuration.Bell System Technical Journal
https://www.worldradiohistory.com/Bell_System_Technical_Journal.htm
https://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/serial?id=belltechj
https://www.nokia.com/bell-labs/publications-and-media/publications/
なお、”time-sharing system”でキーワード検索すると、24件がヒットするが、それらすべての資料のタイトルに”UNIX Time-Sharing System”という語句が含まれている。
フロッピーROM(Floppy ROM)
雑誌綴じ込みの最初の「Floppy ROM」は、Interface Age 1977年5月号に収められたもの[下記写真参照]である。また日本では、『ASCII』第3号(1977年9月号)に付録としてついていたフロッピーROMが日本最初のものと思われる。なお同付録の告知「BASICソノシートが付きます」は、『ASCII』第3号(1977年8月号)における「編集室から」のコーナーのp.3に掲載されている。

[出典]
Wikimedia Commons “File:FloppyRom Magazine.jpg”
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:FloppyRom_Magazine.jpg
https://archive.org/details/Interface_Age_vol02I06_1977_May/page/n29/mode/2up
なお小見出しは下記の通りである。
WHY “PLATTER BASIC” ON A FLOPPY-ROM “?
Why a floppyROM” or platter?”
WHAT’S ON THE RECORD?
WHAT WILL I NEED TO USE THE RECORD?
HOW WAS THE PLATTER MADE?
WHAT IS THE “KANSAS CITY STANDARD?”
HOW DOES IT WORK?
HOW DO I HOOK UP A TURNTABLE?
WHAT ARE THE WEIRD SIGNALS AT THE START OF THE RECORD?
HOW DO I LOAD THE PROGRAM?
WHICH MACHINES CAN USE 4K BASIC?
https://archive.org/details/197709InterfaceAge/page/56/mode/2up
https://tangiblemediacollection.com/artifacts/floppy-rom
https://obsoletemedia.org/floppy-rom/
https://www.youtube.com/watch?v=xf_wZpcYNYM
https://polyhedra.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/ascii-91c6.html
1975年11月にはコンピュータ雑誌『Byte』の編集長ウエイン・グリーン(Wayne Green)らの呼びかけにより、ミズーリ州カンサスシティに主要なコンピュータメーカーや開発者18名が集まり、カセットテープにデジタルデータを保存するための標準規格を確立するための会議が11月7日(金)の夜遅くから11月8日(土)の朝までおこなわれた。
そこで「高い信頼性が期待でき、実装コストも比較的低いと思われる」暫定標準案が作成された。
Penchansky, A. (1979). “New Building for ‘Soundsheets’ Firm”. Billboard (New York: Billboard Publications, ISSN 0006-2510), 91(45), p.88.
https://archive.org/details/byte-magazine-1975-09/page/22/mode/2up
このカンザス・シティ・スタンダードはハードウェアのレベルでの規格であって,データ構造に関してはふれていない.オーディオ用のテープレコーダにデータを貯えるように機器を作り,マイクロコンピュータの大量外部記憶装置として使用したいという考えはずいぷん古くからあって,ソニーの前身である東通工が日本で初めてテープコーダを製作販売した時にテープを音だけではなくて,照明コントロールなどに使おうとした試みがあった.
オーディオカセットに比べて,ディジタルカセットはCPUからの制御によってアクセスすることができ,内部記憶の延長として考えてよい.ところが,オーディオカセットの場合は,モーターのON-OFFのコントロールが付いているだけで,あとは,流しっぱなしである.この点でオーディオカセットは紙テープと同じ形態の外部記録メディアとして考えるのが適当である.
紙テープの置き換えとして,オーディオ・カセットを考えてみると,共に低コストな記録媒体であり,シリアルアクセス用のメディアである.
コンパクトであること,リーダーへのロードがしやすいことなどがカセットのすぐれている点である.また,パッケージになっているので,ライブラリーの管理も容易である。
現在のところ,まだプログラムの交換はテーマとはなっていないが,やがてプログラム言語の主流がBASICなどに高レベル化してくると,プログラムは,ASCIIで書かれたストリングスになる.そういうプログラムで書く,広く汎用性や応用性に富む種類のものは,有償,無償の差はあっても,また8080とか6800などのプロセッサの違いを越えた次元で,ユーザーの共通財産にするという方向性が望まれる.この意味で,最小限ハードウェアのレベルで,オーディオ•カセットのデータ記録を,業界はこの様式に準ずることが好ましい.
PROMにシステムプログラムを焼き込んでおき,POWER-ON-START を行うシステムもあるが,コストの点で問題がある.最小限の口ーダ(CPL: Cassette Program Loader)だけをROMに入れておき,システムテープを読むと動き出すようにしておく方向が,低コストのCPUシステムでは見られる.現在PROMはビットあたり1円,RAMはビットあたり50銭ぐらいであり,この方式は8Kバイトぐらいのソフトウェアを必要とするシステムや,機能がたびたびかわる多目的のシステムによい.
このカンザス•シティ•スタンダードは,別名CUTS: Con-puter Users Tape Systemとも呼ばれている.
フロッピー・ROM
オーディオ・カセットにプログラムを入れて売るのがはやっているが, プログラムがレコードになった.それが,フロッビー•ROM である.発案者は,インターフェイス・エイジ社のロバート・ジョーンズ氏.インターフェイス・エイジ5月号は, このソノシートで6800 の4K BASICのプログラムを附録に付けている.フロッピーディスクと形が似ているが,読み出ししかできないので, こういう名前にしたとのこと.米国内で,5 月号は$1.50.
フロッピー・ディスクがあるのだから,フロッピー・テープがあっても良いのではないかと思っていると,アメリカには本当にあるのだ.記憶媒体には,何を使用しているかというと,実はこれ,カーステレオ用のエイトパック・カセットである.これをテープデッキに差し込むと,エンドレスでテープが回って,ファイルとして使おうということである.すでに実用になっている.
コンピュータ史関連資料(英語)
https://historyofcomputer.info/archives/1708
https://www.nber.org/system/files/chapters/c8314/c8314.pdf
https://catalog.hathitrust.org/Record/005947455
https://catalog.hathitrust.org/Record/000427964
pp.1081-1082にTABLE XIV Approximate Cost Of Computing Systems (Basic Or Typical System)が、pp.1083-1084にTable XV Chronological Order of Initial Date of Operation of Computing Systemsがある。
https://www.microsoft.com/en-us/research/video/the-computing-universe-a-journey-through-a-revolution/
https://ethw.org/Early_Popular_Computers,_1950_-_1970
Engineering and Technology History Wiki “Inventing the Computer”
https://ethw.org/Inventing_the_Computer
https://paperzz.com/doc/8263272/the-advent-of-commercial-computing–1945%E2%80%931956
https://archive.org/details/computerindustry00egil
https://archive.org/details/computerindustry00kare/page/n3/mode/2up
https://archive.org/details/6thannualcompute00kare/page/n3/mode/2up
https://archive.org/details/internetindustry0000juli
https://www.nber.org/books-and-chapters/measurement-durable-goods-prices/computer-processors-and-peripherals
Gordon, R.J.(1990) The Measurement of Durable Goods Prices, University of Chicago Press, 723pp.
https://www.nber.org/books-and-chapters/measurement-durable-goods-prices
初期PC関連資料
People’s Computer Companyは、Homebrew Computer Clubに先立つ先駆的組織である。
本資料の高解像度版のPDFがInternet Aechiveでダウンロード可能である。ソフトウェア産業関連資料
https://unu-merit.nl/publications/rmpdf/1995/rm1995-009.pdf
https://www.researchgate.net/publication/266217991_The_US_Software_Industry_An_Analysis_and_Interpretive_History
Table 2. CBEMA Estimates of U.S. Domestic Software and Service Revenues 1965-1988($million)
Table 3. Packaged Software and Computer Systems:The Datamation 1977 Survey of Computer Software
Table 4. Independent Software and Service Companies–1980
Table 5. Software and Service Companies–1991
Table 6. Software and Service Revenues of Major Computer Manufacturers 1981 and 1991
Table 7. U.S. Based Company Computer Industry Shipments by Value and Number 1980-1990
https://academic.oup.com/book/52176
https://catalog.hathitrust.org/Record/003039798
David C Mowery (ed.)
Published: 29 February 1996
米国におけるPC、ミニコン、メインフレーム市場の歴史的推移1955-1984
Mainframes
Minis
Micros
Total
年
台数
金額
台数
金額
台数
金額
台数
金額
1955
150
63
0
0
0
0
150
63
1956
500
152
0
0
0
0
500
152
1957
660
235
0
0
0
0
660
235
1958
970
381
0
0
0
0
970
381
1959
1,150
475
0
0
0
0
1,150
475
1960
1,790
590
0
0
0
0
1,790
590
1961
2,700
880
0
0
0
0
2,700
880
1962
3,470
1,090
0
0
0
0
3,470
1,090
1963
4,200
1,300
0
0
0
0
4,200
1,300
1964
5,600
1,670
0
0
0
0
5,600
1,670
1965
5,350
1,770
250
29
0
0
5,610
1,799
1966
7,250
2,640
385
40
0
0
7,635
2,680
1967
11,200
3,900
720
69
0
0
11,920
3,968
1968
9,100
4,800
1,080
100
0
0
10,180
4,900
1969
6,000
4,150
1,770
152
0
0
7,770
4,302
1970
5,700
3,600
2,620
210
0
0
8,320
3,810
1971
7,600
3,900
2,800
218
0
0
10,400
4,118
1972
10,700
5,000
3,610
271
0
0
14,310
5,271
1973
14,000
5,400
5,270
369
0
0
19,270
5,769
1974
8,600
6,200
8,880
577
0
0
17,480
6,777
1975
6,700
5,410
11,670
642
5,100
77
23,470
6,128
1976
6,750
5,580
17,000
816
25,800
374
49,550
6,770
1977
8,900
6,600
24,550
1,203
58,500
761
91,950
8,563
1978
7,500
7,590
29,550
1,596
115,600
1,098
152,650
10,284
1979
7,200
7,330
35,130
2,038
160,000
1,488
202,330
10,856
1980
9,900
8,840
41,450
2,487
250,500
2,104
301,850
13,431
1981
10,700
9,540
44,100
2,699
385,100
2,503
439,900
14,842
1982
10,600
10,300
47,820
2,821
735,000
4,190
793,420
17,311
1983
9,985
10,480
45,420
3,330
1,260,000
5,300
1,315,405
19,110
1984
10,700
10,360
72,130
4,185
2,100,000
7,750
2,182,005
22,295
Table 6.1 U.S. Domestic Purchases of Electronic Computers, 1955-84 (value in millions of dollars)
https://www.nber.org/system/files/chapters/c8314/c8314.pdf
[原出所]Source: 1960-84: Einstein and Franklin (1986, table I); 1955-59: Phister (1979, table 11.1.21)
https://www.bls.gov/opub/mlr/1986/09/art2full.pdf
Phister, Montgomery. 1979. Data processing technology and economics. 2d ed. Santa Monica, Calif.: DEC
http://bitsavers.trailing-edge.com/pdf/dec/_Books/_Digital_Press/Phister_Data_Processing_Technology_and_Economics_2ed_1979.pdf
[注記]
なおPCの出荷金額に関しては、1975-1977の3年間は下記資料の3倍以上、1978-1979の2年間は2倍以上となっている。
https://www.sanosemi.com/biztech/data/US-PC-mini-mainframe-1965_1990.htm
米国におけるSupercomputer、Mainframe、Midrange、Workstation、Personal computerの出荷金額および出荷台数の歴史的推移1990-1995
[Revenue is in if-sold, end-user dollars]
computer-factory-revenue-1990-1995.xlsx
computer-shipment-1990-1995.xlsx
U.S. Census Bureau(1997) Statistical Abstract of the United States: 1997 (117th Edition)
No. 1251. Computer Shipments and Revenues: 1990 to 1995
https://www2.census.gov/library/publications/1997/compendia/statab/117ed/tables/manufact.pdf
U.S. Census Bureau(1995)Statistical Abstract of the United States: 1995 (115th Edition)
No. 1268. Computer Shipments and Revenues: 1991 to 1993
https://www2.census.gov/library/publications/1995/compendia/statab/115ed/tables/manufact.pdf
米国における汎用機および小型計算機の出荷台数、稼働台数、平均出荷価格の歴史的推移1955-1965
汎用機
小型計算機
平均出荷価格
年
出荷台数
稼働台数
出荷台数
稼働台数
汎用機
小型計算機
1955
150
240
–
–
420
1956
500
700
50
50
304
50
1957
660
1,260
190
240
356
50
1958
970
2,100
210
450
393
67
1959
1,150
3,110
250
700
413
80
1960
1,500
4,400
300
1,000
373
100
1961
2,300
6,150
400
1,400
370
75
1962
3,100
8,100
400
1,800
342
75
1963
3,800
11,700
400
2,100
321
200
1964
5,100
16,700
500
2,500
308
200
1965
5,300
21,600
800
3,100
360
188
出荷価格の単位:千ドル
https://muse.jhu.edu/pub/87/article/235244/pdf”>https://muse.jhu.edu/pub/87/article/235244/pdf
[原出所] Phister, Data Processing, Table II.1.21, p. 251.
p.17において、smaller computers (later called ‘‘Mini’’systems)と記載されているのみで、詳細な規定は不明。
[参考]上記数表のエクセルファイル米国における1950年代前半における機種別コンピュータ設置台数推移1950-1956
機種名
1950
1951
1952
1953
1954
1955
1956
6
12
6
12
6
12
6
12
6
12
6
12
6
12
営業外
コンビュ一夕 4
6
9
11
17
20
33
39
45
47
49
49
50
51
UNIVAC-1
1
1
3
4
6
7
10
14
19
26
32
39
CRC-102
1
3
6
11
14
16
18
20
22
24
IBM-701
1
4
8
12
16
19
19
19
MINIAC
1
2
2
2
2
3
3
UNIVAC-ScientiLic
1
2
3
5
10
14
19
ALWAC
1
2
3
4
5
6
ELECOM-120
2
3
4
5
6
6
DATATRON
7
13
20
34
56
IBM-650
1
72
184
351
566
IBM-702
3
10
14
14
BENDIX G-15
1
4
10
25
ELECOM-125
1
2
3
IBM-704
1
17
32
IBM-705
13
38
READIX
1
4
LGP-30
7
BIZMAC
2
MONROBOT-MU
1
合計
4
6
10
12
21
27
46
64
84
107
205
355
593
915
[引用元] 坂本和一(1985)『IBM』ミネルヴァ書房,p.91
[参考]上記数表のエクセルファイルコンピュータ関連市場データ
https://historyofcomputer.info/archives/2520
https://www.sanosemi.com/biztech/data/US-PC-mini-mainframe-1965_1990.htm
https://www.sanosemi.com/biztech/data/US-PC-et-al-Data2010.html#Adamson-f2-61
https://www.sanosemi.com/biztech/data/IBM-PC-XT-AT-1981_1987.htm
パラメトロン式計算機
なおアメリカでは、フォン・ノイマンが1954年4月28日と後藤英一よりも1か月ほど早く特許申請をしているが、同特許の実用化へ向けた具体的な取り組みはなされなかった。これは、「電磁リレーよりも高速動作が可能である」が、「真空管やトランジスタよりは低速である」ことが問題とされたと推定される。
20世紀中頃におけるcomputerの研究開発において、日本では演算素子としてリレー、真空管、トランジスタと並んでパラメトロンが利用されたのである。
パラメトロンとは、「計算機に必要な三作用、即ち記憶、論理演算、増幅がすべてこの一つの素子によってできる」(高橋秀俊,1968,p.3)という特徴を持つ素子であり、後藤英一が1954年に考案したものである(注1)。パラメトロンは、フェライトの環状磁心にコイルとコンデンサーを組み合わせた共振回路をもつ電気的な回路素子であり、機械的可動部を持たないというその構造から言えば、パラメトロンを演算素子として利用した計算機は電子的計算機の系列に位置づけることができる。
パラメトロンは、その発明当時の対抗技術である真空管と比べ構造が簡単で信頼度が高く(注2)、コスト的にも安かった(注3)ことや、リレーよりも高速であったことなどから、電電公社電気通信研究所のMusashino-1(1957)(注4)、Musashino-1B(1960)、東大のPC-1(1957)、PC-2(1960)、日立のHIPAC MK-1(1957)、HIPAC101(1960)、HIPAC103(1961)、富士通のFACOM200(1958)、FACOM212(1959)、NECのNEAC1101(1958)、NEAC1103(1960)などいくつものパラメトロン計算機が製作されている。
パラメトロン計算機は、それと同時代のリレー式計算機や真空管式電子計算機よりも優れた面を持っていたが、真空管の次世代技術であるトランジスタに比べて集積度・速度・消費電力の点で劣っていた。
例えば高橋茂(1996,p.12)は、電気試験所でトランジスタ式電子計算機の開発に取り組もうと計画していたグループがパラメトロン採用をもちかけられ、その性能をチェックした時に、「原理はおもしろいけれども、トランジスタに比べていかにも動作が遅く、消費電力が大きいことを実感し・・・最初の計画通りトランジスタで進むことを決めました」と書いている。
実際、トランジスタ式電子計算機のETL Mark III(1956)は300W、ETL Mark IV(1957)は550Wと小さかった(Takahashi,1986,p.148およびp.150)のに対して、パラメトロン計算機のMusashino-1(1957)の消費電力は4.76kW(Muroga&Takashima,1959,p.315)と大きかった。
温度特性の優れたシリコントランジスタの登場など1960年代におけるトランジスタ技術の進展の結果として、トランジスタに対するパラメトロンの大きな利点であった信頼度が「あまり大きな特色とはいえなくなった」(高橋秀俊,1968,p.3)結果として、「パラメトロンは日本の電子計算機工業にとって大きな道草であった」という批判(高橋秀俊,1968,p.iii)が1960年代後半には見られるようになった。
集積度・速度・消費電力の点で劣るだけでなく、信頼度の点でもさほどの性能差別化が確保できなくなったパラメトロン計算機は、1960年代末には「現在の所、大型機には明らかに不利、中型機にはあまり有利ではない」(高橋秀俊,1968,p.18)という事態に直面することになった。
価格の問題に関しては、1960年代後半の時点でもなお「パラメトロン素子の価格をトランジスタによる相当論理素子と比較する場合、速度のことを問題にしない限りパラメトロンの方が格段に安いことは間違いのない事実」(高橋秀俊,1968,p.17)であったから、小型機に関してはまだ可能性があると考えられていたが、トランジスタの相対的な低価格化、ICやLSIの登場の結果として、結局のところパラメトロンは技術的主流になることがなく、日本独自の技術としての位置づけに止まった(注5)。
高橋秀俊(1972,pp.81-82)は、パラメトロンの特許出願をドイツにした時にフォン・ノイマンの特許との類似性を指摘され、アメリカの特許を調べて「まさに原理的にはわれわれのパラメトロンと同じであり、しかもむこうのほうが、たった一月だが早く出願されていることがわかり、非常に驚いた」としている。なお、Muroga&Takashima(1959)論文のレフェリーも、パラメトロンとフォン・ノイマンとの類似性を指摘している。
MUSASHINOー1(電電公社、喜安善市の指揮のもとで室賀三郎らが設計、1957年3月)
MUSASHINO─1B(MUSASHINO ─ 1 と同じ論理構成を持つ後継機、富士通によりFACOM 201として製品化)
PC-2(後藤英一らが1958 年に東大理学部で試作したPC ─ -1 の後継機、大型パラメトロン計算機として,富士通で製作され,FACOM202として販売された)
HIPAC MK ─ 1, 101, 103(日立製作所)
NEA ─ 1101, 1102,1103, 1201(日本電気)
OPC ─ 1(沖電気)
MELCOM 3409(三菱電機)
KODIC ─ 401,402 (光電製作所)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/35863/files/tkr016003.pdf
https://www.iijlab.net/~ew/pc1/pc150th.pdf
https://www.iijlab.net/~ew/pc1/summer96.pdf
https://museum.ipsj.or.jp/computer/dawn/0016.html
」情報処理学会コンピュータ博物館 > 日本のコンピュータパイオニア
https://museum.ipsj.or.jp/pioneer/gotou.html
https://weekly.ascii.jp/elem/000/001/221/1221954/
https://www.riken.jp/pr/historia/comp/index.html
https://web.archive.org/web/20241225193457/https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/14848/1/kouen32_572.pdf
アレフゼロ101は、世界初のパラメトロン素子を用いた電卓である。
コンピュータ価格関連資料
情報処理カリキュラム関連資料
タイムシェアリングシステム(TSS)関連資料
こうした問題点を克服するため、1960年代前半には、一台の計算機に複数の利用者がそれぞれの端末から接続し、計算機の処理時間を分け合うことで対話型処理を可能とするタイムシェアリングシステム(時分割処理システム、Time-Sharing System,TSS)の実用化が進んだ。計算機としては大型計算機(メインフレーム)が主として使われたが、DECのPDP-1のようなミニ・コンピュータも使われていた。端末は構内回線や専用回線での接続のほか、モデムを介した公衆電話網からのダイヤルアップ接続もできた。1960年代後半には、大学・研究機関や企業でTSSが普及するとともに、離れた場所に設置された大型計算機を通信回線経由で共同利用する商用TSSサービスも成長した。
https://technav.ieee.org/topic/time-sharing-computer-systems/
https://www.computerhistory.org/revolution/mainframe-computers/7/178
https://en.wikipedia.org/wiki/Time-sharing_system_evolution
https://www.ibm.com/history/time-sharing
https://www.youtube.com/watch?v=UrOuaQQ4rRw
「Compatible」(互換)とは、IBM 7094 の標準のバッチ処理OS[FORTRAN Monitor System,FMS] と互換性があったことを意味している。
ベル研究所は1969年にMulticsのプロジェクトから撤退した。当時Multicsに携わっていた技術者の一部(Ken Thompson、Dennis Ritchieら)は、その後UNIXシステムの開発に移行した。
https://doi.org/10.1145/1464122.1464163
Authors: Jules I. Schwartz, Edward G. Coffman, Clark Weissman
https://doi.org/10.1145/800186.810560
Authors: Richard E. Fikes, Hugh C. Lauer, Albin L. Vareha, Jr.Authors Info & Claims
https://archive.org/details/bitsavers_dartmouthTingSystem1980_10306903
https://doi.org/10.1109/85.145324
https://muse.jhu.edu/pub/87/article/235244/pdf
https://people.csail.mit.edu/saltzer/Multics/CTSS-Documents/CTSS_50th_anniversary_web_03.pdf
https://www.researchgate.net/publication/260501880_The_Best_of_Both_Worlds_A_History_of_Time-Shared_Microcomputers_1977-1983
ラテンアメリカ地域におけるコンピュータ史関連資料
https://dl.acm.org/doi/abs/10.1145/957834.957835
https://scispace.com/pdf/the-impacts-of-computers-on-the-latin-american-countries-1as2xdnrqh.pdf
https://dl.acm.org/doi/10.1145/223248.223254
http://arxiv.org/pdf/2406.04912.pdf
メキシコにおける最初のデジタルコンピュータの利用は、1958年6月8日で、National Autonomous University of Mexico (UNAM)がIBM 650を導入している。
https://web.archive.org/web/20080828080424/http://cocomc10.pereanet.com/html/coco_in_mexico.html
Glenside’s Cup of CoCo Newsletter掲載論文の改訂版
電卓の歴史関連資料
https://ethw.org/Electronic_Calculators:_Desktop_to_Pocket
https://www.sanosemi.com/biztech/document/electronic-calculator01.pdf
https://www.sanosemi.com/articles/sano-2009-numerical-key-2011.pdf
Jack S. Kilby, Jerry D. Merryman, and James H. Van Tassel. 1974. “Miniature Electronic Calculator”. U. S. Patent 3,819,921, 25 June 1974
https://archive.org/details/lessonsautobiogr0000wang/mode/2up
イギリスのコンピュータ史
https://ethw.org/A_Brief_History_of_Early_British_Computers
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Fildes,Jonathan(2007) “Home computing pioneer honoured”BBC News,29 December 2007.
https://web.archive.org/web/20080101113217/http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/7162935.stm
https://aetic.theiaer.org/archive/v2/v2n3/p5.pdf
IOMEGA
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000091205701008337/a2041644z10-k.htm
https://web.archive.org/web/20040119131312/http://download.iomega.com/com/about/investor/annual_report2000/annual.pdf
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000091205702011416/a2073803z10-k.htm
https://web.archive.org/web/20030510143032/http://download.iomega.com/com/about/investor/annual_report2001/2001_annual_report.pdf
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000104746903009856/a2105859z10-k.htm
https://web.archive.org/web/20040223122313/http://media.corporate-ir.net/media_files/NYS/iom/reports/2002ar.pdf
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000104746903009856/a2105859z10-k.htm
https://web.archive.org/web/20050530105340/http://media.corporate-ir.net/media_files/NYS/iom/reports/Iomega_Corporation_2003_Annual_Report.pdf
Iomega’s Zip products have been our dominant contributor to revenue and profits since their introduction nine years ago. We have shipped over 50 million Zip drives and over 300 million Zip disks during this time. Zip products have enjoyed a tremendous record of success and a remarkably long life cycle for the technology industry. Although Iomega has regularly improved Zip performance and capacity for its customers in government, education, and in the broader business market, the mature Zip platform is reaching the end of its life cycle. As such, in 2003, Zip products continued to lose ground to optical drives, external hard drives, flash drives and other storage alternatives. Despite this, the Zip product line continues to generate positive cash flow to fund our other initiatives and it is expected to remain profitable through 2004 and potentially beyond.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ZipDiskNDrive_unitsales_1998to2003.gif
1998
1999
2000
2001
2002
2003
Drives
8,993
9,591
6,997
5,223
4,049
2,221
Disks
5,905
6,442
5,479
3,442
2,784
1,451
Wikipediaにおける1999年のZipドライブの上記出荷数値は、2003アニュアルレポート(pdf版p.19,ドライブの単位千台、ディスクの単位千枚)の下記数値9,691と10万台だけ違っている。
1999
2000
2001
2002
2003
Drives
9,691
6,997
5,223
4,049
2,221
Disks
64,417
54,786
34,421
27,835
14,514
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/352789/000119312505052427/d10k.htm#tx98116_7
米国証券取引委員会におけるIOMEGA社の10-Kリストのエクセルファイルコンピュータ史関連資料(日本語)
https://www.jipdec.or.jp/library/archives.html
なお下記団体の刊行物も含まれている。
中央情報教育研究所(CAIT)
電子商取引実証推進協議会、電子商取引推進協議会、次世代電子商取引推進協議会(ECOM)
企業間電子商取引推進機構(JECALS)
EDI推進協議会、次世代EDI推進協議会(JEDIC)
STEP推進センター
財団法人データベース振興センター(DPC)
日本PKIフォーラム(PKI-J)
財団法人新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)
先端情報技術研究所(AITEC)
スマートハウス情報活用基盤整備フォーラム(eSHIPS)
電子記録応用基盤フォーラム(eRAP)
https://museum.ipsj.or.jp/library/ronbun.html
連載:日本における計算機の歴史
論文
夏のプログラミング・シンボジウム「コンピューティングの歴史」
解説
報告
特集:知られざる計算機
連載:日本の情報処理技術の足跡
連載:古機巡礼/二進伝心
座談会
https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011034.pdf&n=008.pdf
https://doi.org/10.20633/tochiseido.43.4_17
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/17309
https://www.jstage.jst.go.jp/article/abjaba/85/0/85_F14-1/_article/-char/ja
https://doi.org/10.20689/taiseikiyou.12.0_243
https://www.jstage.jst.go.jp/article/taiseikiyou/12/0/12_KJ00006000399/_pdf/-char/ja
https://doi.org/10.19014/jissj.2.1_18
https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/NI00000006
花岡菖(2003)「黎明期のコンピュータの発展に関する一考察(2) : MISブーム前後のコンピュータ事情」『関東学院大学経済学会研究論集:経済系』第216集
https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/NI00000019
https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/NI00000035
https://koeki.repo.nii.ac.jp/record/93/files/5-pa37-51.pdf
https://koeki.repo.nii.ac.jp/record/114/files/6-pa59-74.pdf
https://koeki.repo.nii.ac.jp/record/135/files/7-pa75-88.pdf
https://doi.org/10.57381/jshit.12.2_53
https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011029.pdf&n=011.pdf
http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/1258/1/KJ00000692830.pdf
https://sts.kahaku.go.jp/albums/abm.php?d=3277&f=abm00011039.pdf&n=006.pdf
http://doi.org/10.15012/00000805
https://web.archive.org/web/20190415003245/https://core.ac.uk/download/pdf/80045843.pdf
米倉誠一郎、島本実「競争と計画の調整 揺籃期コンピューター産業と通産官僚」伊丹敬之、加護野忠男、宮本又郎、米倉誠一郎編『ケースブック 日本企業の経営行動1』有斐閣、1998年
宮崎晋生(2008)「日本における電子計算機産業政策での政策決定プロセス」『国際関係・比較文化研究』静岡県立大学, 第6巻 第2号, pp.113-132
http://usr.u-shizuoka-ken.ac.jp/kn/AA11845283200803001060.pdf
情報記録装置関連資料
Dalziel, et al. “Data Storage Apparatus Employing a Single Magnetic Disk” U.S. Patent 3,678,481 (Filed: March 13, 1970 Issued: July 18, 1972)
https://web.archive.org/web/20031225154449/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_record.html
https://web.archive.org/web/20031026222439/http://www.cds21solutions.org/osj/j/cdr/r_spec.html
https://web.archive.org/web/20151122075111/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/index.html
太陽誘電 第2回 『CDコンパチブルを貫け!』
https://web.archive.org/web/20151122094715/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-02-01.html
太陽誘電 第3回 『CD-Rが生まれた瞬間』
https://web.archive.org/web/20151122075557/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-03-01.html
太陽誘電 第4回 『CD-Rがブレークする瞬間』
https://web.archive.org/web/20151122102730/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-04-01.html
「CD-ROMの存在がCD-Rの普及を促す――そして迎えたCD-Rのブレーク」
https://web.archive.org/web/20151117123425/http://www.nipponsei.jp/interview/ch-01/interview_yuden-04-02.html
OSに関する参考文献(作成中)
https://web.archive.org/web/20171121130021/https://www.jst.go.jp/crest/crest-os/topics/file/H20concept_doc1.pdf
所眞理雄:ソニー(株)業務執行役員SVP、(株)ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長
https://www.rieb.kobe-u.ac.jp/academic/ra/dp/Japanese/dpJ62.pdfアリスモメーター(Arithmometer)
コルマールの計算機は、ライプニッツの計算機と同じく段付き歯車を利用したタイプのものであったが、8桁の数字どうしの掛け算を18秒で、16桁の数字を8桁の数字で割るのを24秒で、16桁の数字の平方根を求めるのを1分15秒でできた。
コルマールの計算機は、1825年から65年までの40年間に約500台、1865年から1878年までの13年間に約1,000台が売れるなど、商業的に最初に成功した最初の実用機であり、第一次世界大戦期の1915年頃までに約5,500台が製造された。1880年代末から模倣品(クローン)を製造する企業が多数登場しはじめ、最終的には20社にのぼる企業が模倣品を製造するほど、コルマール式計算機は社会的に普及した。
そのため、コルマール以降に新しく発明された技術的構造が異なる歯車式計算機もアリスモメーターの名称で呼ばれた。例えば、段付き歯車を採用したコルマールとは異なり、ピン歯車を採用したオドネルの計算機もアリスモメーターと一般には呼ばれている。日本最初期の歯車式計算機であり、技術的構造がまったく異なる計算機である矢頭良一の自働算盤の商品名も、「パテント・ヤズ・アリスモメトール」(Patent Yazu Arithmometer)であった。
下図ような配置であれば、段付き歯車の7つの歯が円形歯車とかみ合うことになる
元の図から、歯車の軸および背景色を取り除いた。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Staffelwalzeprinzipbha.jpg
下図では、3つのピンが突き出た状態になっている。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Roue_%C3%A0_nombre_de_dents_variables.png
https://www.hpmuseum.org/mechwork.htm
https://americanhistory.si.edu/collections/object-groups/calculating-machines/stepped-drum-calculating-machines?utm_source=chatgpt.com
Thomas Arithmometer(ca 1820)、Payen Arithmometer(ca 1887)など76のアリスモメーターに関する写真付き解説がある。
https://www.ndl.go.jp/exposition/data/R/652r.html
エドモンド・バークリー(Edmund Callis Berkeley)関連資料
バークリーは、City College of New Yorkでthe fall term 1951-1952に”Digital Computers and Techniques”というタイトルの授業をおこなうなど、コンピュータ分野に強い興味・関心を持った人々を対象としたコンピュータ教育や普及活動をおこなうとともに、コンピュータによって第二の産業革命(”Second Industrial Revolution” [Berkeley, E.C. (1956) Tyniacs, p.4)が生じるといったコンピュータ革命論などの主張により、1950年代にコンピュータの社会的普及に寄与した人物である。
図2 Scientific American 1950年11月表紙における組立済みSimon
なおバークリーは、掛け算・割り算・引き算・足し算などの計算だけしか計算を実行できない「計算」機械、すなわち、算術演算(arithmetical operation,四則演算)しか取り扱えない手動の歯車式計算機などの「calculatorとしての計算機」と、論理演算(logical operation, Boolean operation) をも取り扱える「computerとしての計算機」[注3]の違いの積極的意味をわかりやすく印象づけるためのキャッチフレーズとして、「mechanical brains、electric brains、brain machines」などという用語を用いている。
a.バークリー, E.C. (高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房,266pp
b.バークレー,E.C. (中島仁郎, 市村恵一訳,1964)『コンピューター革命 : 無限に広がる電子計算機時代』ダイヤモンド社, 299pp
c.バークレイ, E.C. (川尻信夫, 根本精司訳, 1971) 『数学嫌いのための数学入門』河出書房新社,334pp
a.Berkeley, E.C. (1949) Giant Brains, or Machines That Think, John Wiley & sons, 270pp
http://archive.org/details/GiantBrains
http://catalog.hathitrust.org/Record/000379911
全文検索、および、ページごとのダウンロードが可能
原著は、1949 年からの10 年間で1 万5 千部以上も売れたと言われている。なお邦訳は、バークリー(高橋英俊訳, 1957)『人工頭脳』みすず書房である。
http://catalog.hathitrust.org/Record/000475871
全文検索、および、pdf形式でページごとのダウンロードが可能
a.Berkeley, E.C. (1951, 2nd ed. 1952) Squee, The Robot Squirrel — Construction Plans, Edmund C. Berkeley and Associates, 19pp
Geniac Electric Brain Construction Kit No.1の製作マニュアル
Berkeleyが”small robots”と呼んでいるSimon、Squee、Relay Moe、Franken、Magdum、Sylvania Message Display Robot、Four Hundred Year Calendar Machine、George the Gogetter、Marbellina、Divorce Mill with Bigamy Alarm、Electric Shovel、Gantry Crane、Switch Tit Tat Toe Machine、Fox, Hen, Corn and Hired Man Machineといった各種キットについて、機能やcostについて簡潔な解説がなされている。
またこれらの”small robots”に加えて、Geniac kit ($17.95)とTyniac electric brain construction kit ($9.95)という低価格のelectric brain construction kitが二つ紹介されている。コンピュータは何をするマシンなのか?-情報処理装置としてのコンピュータに関する技術論的理解
ALUは、制御ユニットからの指示を受けて各種の演算を実行し、その計算結果をレジスタやメモリに書き込むといった処理を行う装置である。
演算は高速だが、取り扱うことが可能な数値範囲に制限があり、演算処理の結果としてオーバーフロー(取り扱い可能範囲を超えた数値となること)が生じて、演算処理が継続できない可能性がある。
加算・減算が高速。乗算・除算も浮動小数点よりは軽量。
暗号化作業では、データのAND,OR,XOR論理演算といったビット演算を多数回利用することが多い。
単精度(32ビット)で約7桁の精度、倍精度(64ビット)で約16桁の精度。有効桁数内を超えた部分では、「丸め誤差」が存在する。
浮動小数点演算は複雑で、整数演算よりも計算コストが高い。特に、乗算や除算の処理で計算コストが高い。
これに対してGPUには、大量の「浮動小数点演算」専用ALUが搭載されている。
機械学習やグラフィックス処理ではテンソル計算を大量に処理する必要があるため、「浮動小数点」演算に強いGPUが利用される。
2024-06-04講義メモ
ビットマップディスプレイへ
vs
PC専業メーカー(MITS、Dellなど) ソフト専業メーカー
PCシステムメーカー
https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-02.html
https://www.sanosemi.com/biztech/2024-06-04-03.html
企業の部門処理業務(研究開発、経理処理、人事管理など) – departmental computing needs
企業の個人処理業務(従業員個人がおこなう作業) – central computing needs
家庭用文書処理業務(年賀状作成、手紙作成など)
家庭用画像処理(年賀状用写真・イラストなど)
ミニコンピュータ(PDP-10,PDP-11)
マシン語、高級言語
大原雄介(2016)「業界に痕跡を残して消えたメーカー BIOSで功績を残したPhoenix」2016年12月12日
https://ascii.jp/elem/000/001/402/1402407/メインフレーム産業とパソコン産業における産業構成(産業アーキテクチャ)の差異
『マイコン』電波新聞社
https://archive.org/details/micombasicShap関連資料
https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf
https://web.archive.org/web/20191205195514/https://corporate.jp.sharp/info/history/h_company/pdf_jp/all.pdf
https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top
https://web.archive.org/web/20230430023231/https://galapagosstore.com/web/catalog/sharp/top
Macintoshの市場的成功の要因
Intel 8086関連資料
https://ieeexplore.ieee.org/document/5430762
Stanley Mazor
https://www.stevemorse.org/8086history/8086history.pdf
24 output
256 output
256 output
64K output
16-bit unsigned(limited)
Packed BCD(limited)
16-bit unsigned(limited)
Packed BCD(limited)
8-bit signed
16-bit unsigned
16-bit signed
Packed BCD Unpacked BCD
Immediate
Memory indirect(limited)
Register Immediate‡
Memory indirect(limited)
Register Immediate‡
Memory indirect
Register Immediate
Indexing
‡ Memory can be addressed as a special case by using register M.
1982年当時、「アップル社は消費財メーカーとして技術企業ではなく、技術者はまったく求めていない」ことをジョブズとマークラは確認している
“In the latter part of 1982, in the wake of the Estridge episode, Jobs and Markkula had decided that Apple was actually a consumer-products company, not a technology enterprise, and that they didn’t really want a technologist at all.”IBM PC(1981)用グラフィカル・ユーザーインターフェース
Apple関係者によるIBM PC(1981)評価
(リンツメイヤーほか,2006,93)Bill Gatesへの1993年インタビュー記録(Bill Gates関連のダウンロード可能なWEB上の資料)
———————-
インタビューアー:David Allison(当時の所属 Division of Computers, Information, & Society, National Museum of American History, Smithsonian Institution)
場所: Microsoft Corporation, Bellevue, Washington
日時:1993年11月30日~12月1日
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インタビュー内容
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8080の重要性を強調
保護中: Altair関連メモ
ダウンロード可能な米国統計資料
アメリカにおけるコンピュータおよびインターネットの家庭世帯普及率の推移
https://www.census.gov/library/publications/2021/acs/acs-49.html
https://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2021/acs/acs-49.pdf
インターネットのサブスクリプション契約の家庭世帯普及率のデータは、Current Population Survey (CPS)による1997-2017、および、American Community Survey (ACS)による2013-2018の2種類が描かれている。米国の主要PCメーカーの1979年および1982年の世界売上高
会社名
1979年
1982年
Apple
75
664
IBM
–
500
Tandy {Radio Shack)
150
466
Commodore
55
368
Hewlett-Packard
NA
235
Texas Instruments
–
233
Digital Equipment Corp.(DEC)
–
200
International competitiveness in electronics, University of Michigan Library,p.149のTable 38.-Major U.S. Manufacturers Ranked by 1982 Worldwide Microcomputer Sales
[原出典]
1979年 ”The Datamation 100,” Datamation, June 1980, p 87
1932年 Archbold,P. (1983) “The Datamation 100 Welcome to the Club,” Datamation, June 1983, p.87リレー式計算機
エイケンのハーバード大学における博士論文の指導教授 E. L. Chaffeeの専門は真空管および真空管回路であり、エイケンの博士論文も真空管に関わるエレクトロニクス分野のものであったにも関わらず、エイケンがHarvard Mark Iにおいて演算素子として真空管ではなくリレーを選択したのは、技術的問題というよりは「製造コスト」および「実際の設計・開発を担ったのがIBMであった」という二つの要素によるものである。
例えばエイケンはリレーを選択した理由に関するインタビューの中で、「答えは製造コストにある(the answer is money)」、「真空管を用いたデジタル・カウンターの技術を利用することで、電子的部品を用いて製造可能なことは明らかであった。・・・もしRCAが興味を持っていれば、[真空管を用いた]電子的計算機となったであろう」(Cohen,1999,p.43、[]内は引用者による補足)と述べている。
リレー式計算機は第二次大戦中だけでなく、Harvard Mark Iの後継機Harvard Mark II(1947)などに見られるように第二次大戦終了後も製作されている。ENIAC(1946)やEDVAC(1948)など真空管式電子computerが登場した後に、リレー式computerが単純に時代遅れのものとしてすぐに廃れたわけではなく、その研究・開発は引き続き行われていた。
戦後日本でもリレー式計算機の研究・開発がおこなわれている。例えば日本で最初に製作されたデジタル式計算機である電気試験所のETL Mark I(1952)はリレー式computerであったし、その後継機のETL Mark II(1955、リレー数22,253個)もリレー式computerであった。また富士通は、1950年代には真空管式電子computerの研究開発が主流であったにも関わらず、「当時の真空管の動作があまりにも不安定だった」ことや「電話交換機に用いられる部品であるリレーに関して優れた技術的蓄積が社内にあった」といった技術的理由からFACOM 100(1954)という日本初の実用リレー式computerを開発するとともに、その後もFACOM128A(1956)、FACOM128B(1958)、FACOM138A(1960)などリレー式の大型computerの研究開発・販売をおこなっている。

上記カタログでは、「わが国には,欧米各国より,多種多棟の電気計算機が輸入されておりますが,それらの電動計算機は,純機械的な構造のため,機能的な限界があり,止むところを知らない近代企菜の発展には,どうしても適応しない,と云う大きな欠陥がありました。」とした上で、「觉子計算機と共に計算機の双璧とも云われる継電器(リレー)による純国産の計算機」を開発した、としている。なおかつカシオは、従来のリレー式電子計算機が富士通のFACOM 100(1954)やFACOM128A(1956)などのように「実験室または研究室用の著しく大型」のものではなく、機能・性能を絞ることによって小型化した、としている。
リレーを演算素子とすることにより、「故障がほとんどなく、数千万回の動作にも耐える」、 「本機の計算速度を電動計算機の回耘数に換算すると毎分1300〜1500回転の速度に相当し,軽快なキータッチで正確な答が得られる。」などといった「電動計算機の遠くおよばない数多くの特長」を備えることができるようになったとしている。
リレー式電子computerでは22,253個ものリレーを利用したETL Mark II(1955)などに見られるようにプログラム演算、メモリなどの多様な機能を実現するために多数のリレーが使用されていた。これに対して普通の事務作業用途での使用を想定し、小型軽量化や低価格化を実現するとともに、四則演算などに機能を限定したcalculatorであるカシオ14-Aでは使用するリレーの数を342個までに減らしていた。
カシオはその後もリレー式計算機の開発を続け、1964年6月にはカシオ401を、1965年5月にはカシオ402を発売している。
富士通のリレー式計算機
富士通は、富士通沼津工場池田記念室に設置されているFACOM128Bと、川崎工場富士通テクノロジーホールに設置されているFACOM138Aに関して、動態保存をおこなっている。本WEBページはそのことに関する紹介ページである。
リレー式計算機とは、演算素子として電磁リレーを用いた計算機である。リレー式計算機では、電磁リレー(電磁石を使ったスイッチ)の接点に電流が流れるか流れないかを電気回路のON/OFFに対応させて計算を行っている。
FACOM128Bでは、CPU(中央演算処理装置)部分に約5000個のリレーを使用している。同機では「リレーは機械的に動作するため、接触不良を起こしにくい回路設計やリトライ機能(自己検査機能)に工夫がこらされた」とされている。

松下電器製造・技術研修所編(1978)『制御基礎講座1 プログラム学習によるリレーシーケンス制御』廣済堂出版、p.63。
電磁リレーは機械的装置であるため、その演算速度は現代的視点から見るとかなり遅かった。すなわち演算の実行速度は、加減算0.15秒、乗算0.15~0.4秒、除算および開平算 0.2~1.4秒などというように、低速なマシンであった。
また用途として、「天体科学、工業技術、経済数理、その学術一般」を挙げている。
マイクロプロセッサおよびコンピュータの用途としての「遊び」の認知ー米国における先行性
https://ascii.jp/elem/000/001/912/1912291/
マイクロコンピュータ販売部の部長に任命され、半期にチップを1億円売れというノルマが課せられた。ところが、トランジスタは「真空管からの置き換え」だったが、マイコンチップは、いままでまったく存在しなかったニーズを引き出すことから始まる。「むこうは自社製品にマイコンチップを使うなど考えたこともない。話にならないんです」という状況だった。このまま暗中模索ということになりそうだが、すぐに腰を上げて動いてしまうのが渡邊氏だった。
「まずはアメリカで4004がどういう市場で使われているのかを調査ですよ。当時、カリフォルニアのベイエリアでマイコンクラブが結成され始めた頃でした。『ピープルズ・コンピュータ』というクラブ会報の『ドクター・ドブズ・ジャーナル』が創刊された頃で、その会合にも行きました。そこには、ジーパン姿でラフな服装をしたヒッピーのような人々ばかりがいましたが、彼らは、『コンピュータなんかオモチャに使う時代だよ』など、当時の日本では思いもつかないことばかり言っていましたね。帰国して『アメリカではコンピュータの概念が覆っている』と報告しますと、会社の上層部に『コンピュータを遊びに使うなんて不謹慎だ』と言われた時代でした。今では嘘みたいな話ですけど、本当にそういうムードでした」
マイクロプロセッサーの販売拡大手段としてのマイコンキット
[注]上記引用文章における「マイクロコンピュータ」という用語で意味しているのは、現代的用語でいえばマイクロプロセッサのことである。
バンダイのピピンアットマーク(1996年3月):アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機
宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が映像産業振興機構(2019)の中で語っているところによれば、ピピンアットマークの事業を担っていたバンダイ・デジタル・エンタテイメント社が解散した時の特別損失の額は、270億円と当時のバンダイの利益を上回る巨額なものであった。
専用モデムが付いたネットワークセット64,800円(税抜価格)
[電話線接続によるインターネット接続サービス「アットマークチャネルクラブ」サービス(月額2,000円)]
CPU:PowerPC 603(66MHz)
RAM:6MB
4倍速CD-ROMドライブ
通信対応総合ソフト「テレビワークス」
ユーティリティソフト「PEASE」
専用1.44MBフロッピーディスクドライブ装置(12,000円)
Apple Color StyleWriter 1500等のプリンタに対応
https://dailyportalz.jp/kiji/play-the-pippin-atmark
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980227/bandai.htm
https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20200601101/
メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏と同姓同名のF2代表取締役社長の黒川文雄氏によるピピンアットマークに関する回想。黒川文雄氏は1995年からMacOSの販売代理人としてピピンアットマークの開発に携わった経験に基づき、次のような興味深い事実を紹介している。
当時財政的に厳しい状況に陥っていたAppleは、子どもをターゲットとした低価格機にMac OSをライセンスすることでライセンス収入の拡大を意図していた。
https://www.vipo.or.jp/interview/list/detail/?i=1505
当時、インターネットは雑誌で見るものだったんです。インターネットが普及し始めて、「wwwはこんな世界だ」と雑誌で画像写真を載せて紹介していました。そんな時代に「インターネットをテレビで見よう」なんて言われても誰もピンときませんよね。それに技術も追いついていませんでした。」「「3歩先より半歩先」ということです。「ピピンアットマーク」は完全に30歩くらい先を行っていました(笑)」
https://www.macg.co/materiel/2018/05/pippin-le-symbole-dune-apple-qui-nexiste-plus-102052
https://arstechnica.com/gaming/2018/03/the-mac-gaming-console-time-has-forgot/Apple関連資料
https://ci.nii.ac.jp/nrid/9000331457813
https://ci.nii.ac.jp/naid/120006354617
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1146756.html
https://forbesjapan.com/articles/detail/25071
1986年のAnnual Reportに関しては、下記からダウンロードできる。
1986 Annual Report
https://www.researchgate.net/profile/Jorge_Gomes3/post/What_was_the_organizational_model_that_Apple_used_to_follow_at_the_time_of_Steve_Jobs/attachment/59d6458079197b80779a099f/AS%3A453621964906498%401485163312480/download/Mittan+2010+APPLE+-+A+Case+Study+Analysis+2010-01-28.pdf
https://gigazine.net/news/20141205-wozniak-debunk-apple-story/
“Steve Wozniak Debunks One of Apple’s Biggest Myths” Bloomberg QuicktakeによるYouTubeビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=pJif4i9NRdI
https://t5blog.waveformlab.com/2018/NewtonNeverDies.html
https://appletechlab.jp/blog-entry-799.html
https://dl.acm.org/doi/pdf/10.5555/1074100.1074129
https://computerhistory.org/blog/early-apple-business-documents/
マイクロプロセッサに対する1970年代における社会的評価
IBM PC(1981)のハードウェア構成および価格 – 競合機種との比較
製品モデル
(model)ビット数
(Word Size)最小構成
(Minimum Configuration)最大構成
(Maximum Configuration)
RAM
Storage
Price
RAM
Storage
Price
PC
16/8*
16K
Tape
$1,565
256K**
320K
$4,515
System/23
8
32K
250K
$4,630
128K
4.400K
$12,995
Displaywriter
16
160K
250K
$5,095
256K
2,000K
$8,670
** Expansion to this capacity will not allow the use of peripherals other than printer display and disk drives. All expansion slots will be filled with memory expansion cards and a display printer adapter card. If a color display is used, a printer cannot be used unless an expansion chassis (non-IBM) is utilized.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.18のTABLE 1.2 IBM Family Small Computer Hardware Configurations
製品モデル
Model画面解像度
Display SizeCPU
(Processor)RAM最小構成
Min RAM最大拡張限界
Max Expansion Limit
RAM
(K)価格
Computer
PriceRAM
Disk
Capacity(2)
Commodore
VIC 2022×23
6502A
3.5K
$300
32K
340K
TRS-80
Color Computer32×16
6809
4K
$399
16K
N/A
Atari
40040×24
6502
8K
$399
16K
N/A
Ohio
Scientific C1P24×24
6502
4K
$479
32K
160K
TRS-80
Model III64×16
Z-80
4K
$699
48K
313K
Ohio
Scientific C4P64×32
6502
8K
$879
24K
160K
Ohio
Scientific C8P64×32
6502
8K
$895
32K
500K
Atari
80040×24
6502
16K
$899
48K
176K
Commodore
PET40×25
6502
16K
$995
32K
2000K
Apple II
40×24
6502
16K
$1330
64K
286K
Commodore
CBM80×25
6502
32K
$1495
32K
2000K
IBM PC
80×25
8088
16K
$1565
256K
320K
NEC 8000
80×24
Z-80A
32K
$1600
64K
328K
No peripherals such as printers are included in the prices listed above.
Prices do not include monitors as many of these units are used with TV sets. The Commodore models, except VIC 20; TRS-80 Model III; and NEC computers have built-in monitors.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.20のTABLE 1.3 Popular Small Computers Minimum Configuration (Cassette Based)
集積度向上によるマイクロプロセッサーの信頼性向上
マイクロコンピュータは半導体の集積化技術により,部品点数の減少と設計条件下での使用および高信頼回路設計の面,プリト板の減少とコネクタの減少の面でシステムの信頼性が確保できる.一方,アナログ回路に比べて機能の診断を組み込むことが容易であり,より高度の異常検出と故障診断の機能が開発されフヱールセーフなシステムとして設計できる点に注目すべきである.
現在の使用経験では,平均的にMTBF1万時間以上,寿命5年以上となり(2),今後は,設置環境条件(温度•湿度•電源供給など)の変化にも耐え,使用方法による影響を受けないようにすることにより5~15万時間近くのMTBFを持たせることができよう.」
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.269
注2の文献『マイクロコンピュータに関する技術動向調査(2)(VI.応用技術)』日本電子工業振興協会,52-A-122 (昭 52-03).








