マイクロプロセッサおよびコンピュータの用途としての「遊び」の認知ー米国における先行性

遠藤諭(2019)「TK-80、PC-8001、NECのパソコンはこんな偶然から始まった」遠藤諭のプログラミング+日記 第67回、2019年08月08日
https://ascii.jp/elem/000/001/912/1912291/

「知った瞬間なんていうと突然目の前に現れたみたいですが、NECのICを製造している部門が『これからはマイコンチップ』だろうと言い出したんですね。インテルとほぼ同じ頃に、μCOM4という4ビットのマイコンを作ったんですよ。ところが、半導体チップというのは、作るとなると一度に何千個もできてしまう。社内では『これほど大量に製造して、使い道があるのか?』という声がありました。そんなときに、私が、マイコンチップの販売を命じられたのです」
マイクロコンピュータ販売部の部長に任命され、半期にチップを1億円売れというノルマが課せられた。ところが、トランジスタは「真空管からの置き換え」だったが、マイコンチップは、いままでまったく存在しなかったニーズを引き出すことから始まる。「むこうは自社製品にマイコンチップを使うなど考えたこともない。話にならないんです」という状況だった。このまま暗中模索ということになりそうだが、すぐに腰を上げて動いてしまうのが渡邊氏だった。
 「まずはアメリカで4004がどういう市場で使われているのかを調査ですよ。当時、カリフォルニアのベイエリアでマイコンクラブが結成され始めた頃でした。『ピープルズ・コンピュータ』というクラブ会報の『ドクター・ドブズ・ジャーナル』が創刊された頃で、その会合にも行きました。そこには、ジーパン姿でラフな服装をしたヒッピーのような人々ばかりがいましたが、彼らは、『コンピュータなんかオモチャに使う時代だよ』など、当時の日本では思いもつかないことばかり言っていましたね。帰国して『アメリカではコンピュータの概念が覆っている』と報告しますと、会社の上層部に『コンピュータを遊びに使うなんて不謹慎だ』と言われた時代でした。今では嘘みたいな話ですけど、本当にそういうムードでした」
 

マイクロプロセッサーの販売拡大手段としてのマイコンキット

「座談会ーパソコンが社会生活•文化を変える」『パソコン白書92-93』p.185
「メーカの立場から言いますと,パソコン開発の動機はある意味で不純でした。マイクロコンピュータをいかに拡販していこうか。そのためにはこんなマイコンのキットをつくったらいいのではないか。パソコンみたいなものを構築できるのではないかというところからスタートしたのです。」
[注]上記引用文章における「マイクロコンピュータ」という用語で意味しているのは、現代的用語でいえばマイクロプロセッサのことである。
 
8ビットマイコンは、市場を開拓しなければ売れないという点においては4ビット以上だった。しかも、買う側に、それを使いこなす能力(リテラシー)がないとそもそも動機づけも発生しない。国内では、まだまだ4ビットの需要がほとんどで、「8ビットはいらない」という声もあったという。そのため、μCOM80は、とにかく絶望的に売れていなかった。

 ユーザー教育のために、渡邊氏は、「NECマイコン教室」というものを全国あちこちで開くことにする。マイコン自体の認知が少しずつ進んでいたこともあって、小さな会社から大企業の社員までが集まった。ところが、なんとかマイコンを使った製品を自社でも作れないかと、がんばって勉強してくれるのだがなかなか習得が進まない。

 「コンピュータの教育というのは、当時、どうやってやっていたかといいますと、教室で黒板とテキストを使って講義をしていたのですね。しかし、それでは、3回きいても4回聞いてもなかなか理解できないんです。ところが、実物を相手にして、コンピュータの反応を直に自分で体験していくと、いままで30分かけないとわからなかったことが、あっという間に頭に入ってしまうんですね。それで、これは教材を作らないといけないというわけで、教材を開発することになったのです」

「マイコンチップ自体がコンピュータですから、これをプリント基板にのせて作るわけですが、問題は入出力機器です。当時、そのような場合にはASR-33という端末が有名でしたけど、いわゆるテレタイプをつなぐのですが、それだと教室に一台しか持ちこめない。しかも、その一台は先生がやってみせるだけで肝心の生徒はいじるわけにも触る訳にもいかない。それでは教育効果があろうはずがありません」

―― それで生徒各人がもてる教材を作った!

 「そうです。みんなの机にのるだけでなく、入出力機器まで備えたワンボードコンピュータが、いちばん効率的だろうということで開発することにしたのです。それが、TK-80になるわけですが、これはコンピュータとして売っていこうというつもりで作ったのではなく、『マイコンを知ってもらうためにはどうしたらいいか?』ということで作ったのですね。したがいまして、名前もTKは《トレーニングキット》となるわけです」
 

 しかし、教材を作ろうと決めてからが苦労の始まりでもあった。NECは代表的なコンピュータメーカーだったが、とてもこのような教材を作るのに社内の協力を得られるとは思えない。そこで、マイクロコンピュータ販売部の中で、後藤富雄、加藤明、半田幹夫の3名を中心にして、ワンボードマイコンの開発にあたることになる。

 

バンダイのピピンアットマーク(1996年3月):アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機

総販売台数 4万2千台[北村ヂン(2019)]

[図の出典]日本語版ウィキペディア「ピピンアットマーク」https://ja.wikipedia.org/wiki/ピピンアットマーク

嬉野勝美(1996)p.48によると、アップルとバンダイの共同開発によるゲーム専用機ピピンアットマークに関して、バンダイは同機の開発に100億円を投資し、Appleも1996年1月の株主総会で同機を端末として活用していくと発表している。
宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が映像産業振興機構(2019)の中で語っているところによれば、ピピンアットマークの事業を担っていたバンダイ・デジタル・エンタテイメント社が解散した時の特別損失の額は、270億円と当時のバンダイの利益を上回る巨額なものであった。

 
価格
基本セット49,800円(税抜価格)
専用モデムが付いたネットワークセット64,800円(税抜価格)
[電話線接続によるインターネット接続サービス「アットマークチャネルクラブ」サービス(月額2,000円)]
 
仕様
画面出力解像度:640ドット×480ドット
CPU:PowerPC 603(66MHz)
RAM:6MB
4倍速CD-ROMドライブ
 
付属品、ソフト
ATMARKコントローラー
通信対応総合ソフト「テレビワークス」
ユーティリティソフト「PEASE」
 
別売品、対応品
専用キーボード(9,800円)
専用1.44MBフロッピーディスクドライブ装置(12,000円)
Apple Color StyleWriter 1500等のプリンタに対応
 
 
バンダイのピピンアットマーク関連WEB記事

  1. 北村ヂン(2019)「世界で一番売れなかったゲーム機「ピピンアットマーク」を買ってみた」デイリーポータルZ、2019年4月28日
    https://dailyportalz.jp/kiji/play-the-pippin-atmark

  2. PCウォッチ編集部(1998)「バンダイ、ピピンから撤退。BDE清算」PC Watch、1998年2月27日
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980227/bandai.htm

  3. 嬉野勝美(1996)「500ドルマック「ピピン」の行方」『マイクロソフト・インターネット制覇の戦略』TBSブリタニカ,pp.48-50
    宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が「ピピンは今までパソコンやインターネットさえ知らなかった、という人向けの商品なのですが、(市場に現れた最初のネットワークコンピュータということで)むしろ従来からのコンピュータユーザーの方の購入も非常に多い。反響の大きさに驚いています。手応えはかなり感じますね。」と述べていることに関する、p.50に紹介されている成毛真の予想が興味深い。すなわち同氏は、「インターネット端末」としてのピピンという製品コンセプトが適切ではないことを次のように語っている。

    「ピピンのコンセプトは比較的わかりやすい。悪くないと思う。彼らは成功するかも知れない。ただオラクルやIBMのいっているようなネットワークコンピュータの場合、ビジネスのコンセプトやマーケティングのコンセプトはわかっているんだけれども、製品のコンセプトが全然わかっていない。500ドルのノートパソコンでインターネットをやろうとしたら、パソコンの値段よりも実はコミュニケーションコストの方がどの国も高い。ISDNを入れたらアメリカにしろ、日本にしる500ドルより高い、年間に払うお金が。年間で10万円以上通信費用を払える人がなんで500ドルパソコン買わなきゃいけないの、ってことになる。普通1000ドルのパソコン買いますよね。経済的な面の認識が甘い。・・・大失敗という報道が一年以内にあるんじやないか」

  4. 大陸新秩序(2020)「“世界で最も売れなかったゲーム機”ピピンアットマークの真実とは。「黒川塾 七十六(76)」聴講レポート」2020/06/01
    https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20200601101/

    メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏がホストを務めた2020年5月30日開催のトークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 七十六(76)」の聴講レポート
    メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏と同姓同名のF2代表取締役社長の黒川文雄氏によるピピンアットマークに関する回想。黒川文雄氏は1995年からMacOSの販売代理人としてピピンアットマークの開発に携わった経験に基づき、次のような興味深い事実を紹介している。

    ピピンアットマークの企画のきっかけは,当時バンダイビジュアル株式会社がリリースしていた各種のマルチメディアCD-ROMソフトのタイトルをMacなど高価格なPCを使わずに再生できないかという話からであった
    当時財政的に厳しい状況に陥っていたAppleは、子どもをターゲットとした低価格機にMac OSをライセンスすることでライセンス収入の拡大を意図していた。

  5. 映像産業振興機構(2019)「バンダイナムコエンターテインメントの社長が語る、これまでの挑戦と失敗。成功体験から学ぶ、挑戦する人が生き残れる会社へ。」(VIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」講演より再構成)2019.11.21
    https://www.vipo.or.jp/interview/list/detail/?i=1505

    宮河恭夫(当時、バンダイ・デジタル・エンターテインメント取締役)が当時を振り返って次のように製品コンセプトを語っている。

    「その頃、CD-ROMのゲームが流行り始めた時代だったので、ハードディスクを持たないマルチメディア機を開発しようと思ったんです。その時の広告コンセプトは高城 剛さんが挙げてきた「インターネットをテレビで見よう」というコピーで、私は「これだ!」と思いました。しかし、早すぎた。(笑)
    当時、インターネットは雑誌で見るものだったんです。インターネットが普及し始めて、「wwwはこんな世界だ」と雑誌で画像写真を載せて紹介していました。そんな時代に「インターネットをテレビで見よう」なんて言われても誰もピンときませんよね。それに技術も追いついていませんでした。」「「3歩先より半歩先」ということです。「ピピンアットマーク」は完全に30歩くらい先を行っていました(笑)」

  6. Innocente, F.(2018) “Pippin, le symbole d’une Apple qui n’existe plus” 2018/05/01
    https://www.macg.co/materiel/2018/05/pippin-le-symbole-dune-apple-qui-nexiste-plus-102052

  7. MOSS, RICHARD (2018) The Secret History of Mac Gaming, Unbound, 416pp
    MOSS, RICHARD “The Mac gaming console that time forgot:From the new book, The Secret History of Mac Gaming, remember Project Pippin?” 2018/3/24
    https://arstechnica.com/gaming/2018/03/the-mac-gaming-console-time-has-forgot/

Apple関連資料

雑誌論文
  1. 秋野晶二(2015)「アップル社の成長過程と生産体制の現状に関する研究」『立教ビジネスレビュー』8, pp.41-60
    https://ci.nii.ac.jp/nrid/9000331457813

  2. 秋野晶二(2017)「アップル・コンピュータ社の成長と近代企業(上)」『立教ビジネスレビュー』10, pp.59-78
    https://ci.nii.ac.jp/naid/120006354617

  3. 秋野晶二(2016)「アップル・コンピュータ社における成長過程と事業構造の転換」『工業経営研究』30(1), pp.73-84
 
WEB記事
  1. 大河原克行(2018)「ウォズニアック氏、「エンジニアのあり方、スティーブ・ジョブズ、巨大企業の危険性」を語る」PC Watch、2018年10月9日
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1146756.html

  2. Forbes JAPAN 編集部(2019)「「もう一人のスティーブ」が語る、アップルとジョブズへの素直な思い」2019/01/23
    https://forbesjapan.com/articles/detail/25071

Annual Report

1994年以降のAnnual Reportは、AppleのIRページ、https://investor.apple.com/sec-filings/default.aspxからダウンロードできる。
1986年のAnnual Reportに関しては、下記からダウンロードできる。
1986 Annual Report

Case Study

Mittan, Shane R. (2010) “APPLE: A Case Study Analysis”
https://www.researchgate.net/profile/Jorge_Gomes3/post/What_was_the_organizational_model_that_Apple_used_to_follow_at_the_time_of_Steve_Jobs/attachment/59d6458079197b80779a099f/AS%3A453621964906498%401485163312480/download/Mittan+2010+APPLE+-+A+Case+Study+Analysis+2010-01-28.pdf

興味深いエピソードを紹介しているWEBページ

  1. GIGAZINE(2014)「「Appleはガレージで創業していない」「ジョブズはApple IIで変わった」など、Appleの真実をウォズニアック氏が語る」gigazine.net, 2014年12月05日
    https://gigazine.net/news/20141205-wozniak-debunk-apple-story/
    “Steve Wozniak Debunks One of Apple’s Biggest Myths” Bloomberg QuicktakeによるYouTubeビデオ
    https://www.youtube.com/watch?v=pJif4i9NRdI

  2. Sugiyama, Takefumi (2018)「Newton OS 開発終了から 20年 – Apple Discontinued Development of Newton OS」WAVEFORM LAB、2018.02.27
    https://t5blog.waveformlab.com/2018/NewtonNeverDies.html

  3. 松田純一(2013)「Apple日本上陸におけるキヤノン販売の英断を考察する」2013-07-22
    https://appletechlab.jp/blog-entry-799.html

その他

  1. Fallon, Mary A. C. (revised by Amy Wohl,2003) “Apple Computer, Inc. “ Encyclopedia of Computer Science, January 2003, pp.68–73
    https://dl.acm.org/doi/pdf/10.5555/1074100.1074129

  2. Spicer, Dag (2009) “EARLY APPLE BUSINESS DOCUMENTS” Computer History Museum blog, June 02, 2009
    https://computerhistory.org/blog/early-apple-business-documents/

マイクロプロセッサに対する1970年代における社会的評価

1970年代日本におけるマイクロプロセッサの評価 - ユーザー視点から見たマイクロプロセッサ採用のメリットデメリット

広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.186の表7.2「ユーザーの実用結果から見たマイクロコンピュータシステム採用の効果」(S51電子協調査結果)の一部,「C.ソフト開発をどこでやるか」,「D.製品の価格構成」,「E.マイクロプロセッサ採用効果(実績)[削減費用,削減人員]」の項目は上記引用では削除した。

IBM PC(1981)のハードウェア構成および価格 – 競合機種との比較

IBM PC,System/23, Displaywriterの価格比較
製品モデル
(model)
ビット数
(Word Size)
最小構成
(Minimum Configuration)
最大構成
(Maximum Configuration)
RAM Storage Price RAM Storage Price
PC 16/8* 16K Tape $1,565 256K** 320K $4,515
System/23 8 32K 250K $4,630 128K 4.400K $12,995
Displaywriter 16 160K 250K $5,095 256K 2,000K $8,670
 

* Identifies the 16-•bit internal bus and 8–bit data bus of the 8088 microprocessor used in the Personal Computer. See chapter 2 for more detail on this subject.
** Expansion to this capacity will not allow the use of peripherals other than printer display and disk drives. All expansion slots will be filled with memory expansion cards and a display printer adapter card. If a color display is used, a printer cannot be used unless an expansion chassis (non-IBM) is utilized.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.18のTABLE 1.2 IBM Family Small Computer Hardware Configurations

 
IBM PCと同時期のPCの価格・性能比較
製品モデル
Model
画面解像度
Display Size
CPU
(Processor)
RAM最小構成
Min RAM
最大拡張限界
Max Expansion Limit
RAM
(K)
価格
Computer
Price
RAM Disk
Capacity(2)
Commodore
VIC 20
22×23 6502A 3.5K $300 32K 340K
TRS-80
Color Computer
32×16 6809 4K $399 16K N/A
Atari
400
40×24 6502 8K $399 16K N/A
Ohio
Scientific C1P
24×24 6502 4K $479 32K 160K
TRS-80
Model III
64×16 Z-80 4K $699 48K 313K
Ohio
Scientific C4P
64×32 6502 8K $879 24K 160K
Ohio
Scientific C8P
64×32 6502 8K $895 32K 500K
Atari
800
40×24 6502 16K $899 48K 176K
Commodore
PET
40×25 6502 16K $995 32K 2000K
Apple II 40×24 6502 16K $1330 64K 286K
Commodore
CBM
80×25 6502 32K $1495 32K 2000K
IBM PC 80×25 8088 16K $1565 256K 320K
NEC 8000 80×24 Z-80A 32K $1600 64K 328K
 

Arranged in the order of price for the minimum configuration.
No peripherals such as printers are included in the prices listed above.
Prices do not include monitors as many of these units are used with TV sets. The Commodore models, except VIC 20; TRS-80 Model III; and NEC computers have built-in monitors.
[出典]DeVoney, C. (1982)IBM’s Personal Computer, Que Corporation, p.20のTABLE 1.3 Popular Small Computers Minimum Configuration (Cassette Based)

 

集積度向上によるマイクロプロセッサーの信頼性向上

マイクロプロセッサの構成素子数増大による信頼性向上
「マイクロコンピュータの出現は,在来のディスクリートアセンブルを行ったコンピュータに比べてハードウェアの信頼性が飛躍的に向上し,ここにコンピュータを一般部品と一体にし製品化することを可能ならしめた.
マイクロコンピュータは半導体の集積化技術により,部品点数の減少と設計条件下での使用および高信頼回路設計の面,プリト板の減少とコネクタの減少の面でシステムの信頼性が確保できる.一方,アナログ回路に比べて機能の診断を組み込むことが容易であり,より高度の異常検出と故障診断の機能が開発されフヱールセーフなシステムとして設計できる点に注目すべきである.
現在の使用経験では,平均的にMTBF1万時間以上,寿命5年以上となり(2),今後は,設置環境条件(温度•湿度•電源供給など)の変化にも耐え,使用方法による影響を受けないようにすることにより5~15万時間近くのMTBFを持たせることができよう.」
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.269
注2の文献『マイクロコンピュータに関する技術動向調査(2)(VI.応用技術)』日本電子工業振興協会,52-A-122 (昭 52-03).

1970年代マイクロプロセッサの性能比較

相磯秀夫(1978)「概要」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第1章,pp.6-7の表1.3「代表的なマイクロプロセッサの性能」
 
富沢孝(1980)「概説」森亮一『汎用マイクロプロセッサ』丸善,表1.6「汎用マイクロプロセッサ一覧表」, pp.22-23
岡田義邦、田島裕昭(1978)「機種一覧表」森亮一『汎用マイクロプロセッサ』丸善,付録I,pp.199-219
 
Intel 4004 8008,National IMP8, Motorola 6800, Intel 8080, RCA COSMAC, Fairchild F-8,Zilog Z-80, Intel 8086, Motorola 68000, Zilog 28000の性能比較

コンピュータ関連資料-解説書および教科書(英語)

コンピュータの構造

コンピュータ調査資料

マイクロプロセッサ

1970年代におけるマイクロプロセッサー関連市場データ資料

本論考では、米国におけるMOS LSI市場規模の金額推移がp.3に掲載されている。

本論考では、p.4のFigure2 Market Segmentationにおいて、マイクロコンピュータ関連製品の市場セグメントが下記のように9分類されている。[アーケードゲーム機(archade games)がTRANSACTION EQUIPMENTに分類されていることに注意する必要がある。

TRANSACTION EQUIPMENT MONEY HANDLING TERMINALS, ARCADE GAMES, MERCHANDISING EQUIP.
OFFICE EQUIPMENT OFF-LINE BUSINESS EQUIPMENT, FACSIMILE, WORD PROCESSORS
CONSUMER GAMES, APPLIANCES, PERSONAL/HOME PRODUCTS
E D P PERIPHERAL CONTROLLERS, INTELLIGENT TERMINALS, MEMORY
COMMUNICATIONS TELEPHONE, RADIO, PABX, SWITCHING, COMMUNICATIONS,MODEMS
INDUSTRIAL CONTROLS MACHINE AND PROCESS CONTROLS, .MATERIAL HANDLING,TESTING
INSTRUMENTATION LABORATORY, MEDICAL, TEST EQUIPMENT
MIRITARY/AVIONICS EXTENDED ENVIRONMENT COMMUNICATIONS, NAVIGATION AND CONTROL, WEAPONS SYSTEMS
AUTOMOTIVE ENGINE, TRANSMISSION, ENVIRONMENTAL CONTROLS, SAFETY, CONVENIENCE

上記分類に基づく、各セグメントごとの市場規模の推定値が、p.5のFigure 3 Available Microprocessor Marker by Segmentである。

 
2.広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.186の表7.4「アメリカにおけるマイクロコンピュタ市場の現状と見通し」
1970年代の中頃には,下記のようなことが予想されてはいなかった。
1. personal computing用製品(パソコン,個人用ワークステーション)の市場規模はにおけるモジュールとしてマイクロプロセッサが現代のような重要な位置を占めるようになるとは
personal computing市場の規模がさほど大きくなかったこと,用コンピュータマイクロプロセッサの単価が低いこと,
 
3.広瀬治臣(1978)「システムの設計問題」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第7章,p.192の図7.3「アメリカにおけるマイクロコンピュタ市場の規模」
 

1970年代マイクロプロセッサのベンチマーキングの結果

[図の出典] 森亮一•田島守彦(1977)「マイクロプロセッサのベンチマーキング」森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.89の図8.3「ベンチマーキングの結果」(テストプログラム1,データブロックの移動)
ベンチマークの内容は,同書p.89の図8.2に示されている。
 
ベンチマーキングの識別記号
 
製作社 マイクロプロセッサ名 識別記号
American Micro Sys. S 6800 A
Digital Equipment M7341 B
PDP-8/A C
LSI-11 D
Electronic Arrays EA0002 E
Fairchild Semiconductor F8 F
General Automation 855 G
General Instrument CP 1600 H
Intel 3000 J
4040 A B
8008-1 K
8080 L
Monolithic Memories 300 M
MOS Technology MCS series 6500 Z
Mostek 5065 N
Motorola M6800 P
National Semiconductor IMP-8 Q
IMP-16C R
IMP-16P(PACE) S
Radio Corp, of America COSMAC T
Rockwell International PPS-4 AC
PPS-8 U
Scientific Micro-Systems Microcontroller V
Signetics 2650 W
Warner and Swasey M8 X
Western Digital MCP1600 Y
 
関連参考文献

1) Microprocessor Field Survey & Data Book, AH Systems, Inc. (USA)(1974~)
2) Microcomputer Market and Technology Trends, Gnostic Concepts, Inc.,日本電子工業 振興協会(1976)
3) Cushman, R.H. (1975) “Exposing the black art of microprocessor benchmarking,” EDN Ma­gazine(April 20,1975), pp.41~46
4) Cushman, R.H. (1975) “Microprocessor benchmarks : How well does the move data?,” EDN Magazine (May 20,1975)
5) Cushman, R.H. (1975) “Beware of the errors that can creep into μP benchmark programs,” EDN Magazine (June 20,1975), pp.105~111

1970年代前半期におけるホームコンピュータの構想

Weisbecker, J. (1974) “ A Practical Low Cost, Home/School Microprocessor System,” Computer, August 1974、pp.20-31
https://ieeexplore.ieee.org/document/6323645/metrics
https://www.computer.org/csdl/mags/co/1974/08/020031-abs.html
[関連参考資料]
森亮一編(1977)『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.297-298

1970年代におけるマイクロプロセッサ関連資料

森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.36-37 表3.1「4ビットワンチップMCの一覧表(その1)」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.38-39 表3.1「4ビットワンチップMCの一覧表(その2)」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,pp.40-41 表3.2「8ビットワンチップMCの一覧表」
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.48 表4.1「16ビットマイクロコンピュータの機能」
 
森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.49 表4.2「16ビットマイクロコンピュータの分類」

A. ミニコンピュータの LSI 化
(1) 従来からあるミニコンピュータをLSI化したもの — TOSBAC-40L[東芝],PF-U100[パナファコム]
(2) マイクロコンピュータに適した仕様に既存ミニコン̶̶ピュータをリファインしたもの — LSI-11[DEC]
(3) まったく新たに作った新LSIミニコンピュータ — TMS9900[TI]
(4) まったく新たに作った汎用エミュレータ — μCOM16[NEC]

B. ニコンピュ夕CPUの一部分をLSI化 —- 研究用 — PULCE[電総研]

C.マイクロコンピュータの—–汎用マイクロコンピュー夕—–PFL-26A16ビット版PF-U100[パナファコム]

マイクロプロセッサー関連市場データ資料 - 日本におけるマイクロプロセッサ 販売個数,販売金額ほか

日本におけるマイクロプロセッサのビット数別販売個数1973-1976
[出典]森亮一編『最新マイクロコンピュータ技術読本』工業調査会,p.3
 
マイクロプロセッサ及びメモリの年度別全国販売金額
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.315の図9.21
「マイクロプロセッサ及びメモリの年度別全国販売金額」
[原出所]『マイクロコンピュータに関する技術動向調査(2)(VI.応用技術)』日本電子工業振興協会52-A-122 (昭52-03).
[関連資料]『マイクロコンピュータ新技術動向(マイクロコンピュータに関する調査研究)ーセミナー編一』日本電子工業振興協会(昭52-03).
『マイクロコンピュータに関する調査報告書(マイクロコンピュータの開発および利用状況と将来)』日本電子工業振興協会,51-A-95 (昭51-03).
 

マイクロプログラミング - 計算機におけるマイクロプログラム制御方式の歴史

計算機の「装置」的構成要素-「入力」装置,「演算」装置,「記憶」装置,「制御」装置,「出力」装置
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.1
 
「制御」装置の構成要素-「命令レジスタ」(IR),「プログラムカウンタ」(PC),「デコーダ」
「命令レジスタ」(IR)-命令をおくための記憶装置
「プログラムカウンタ」(PC)-命令のアドレスを保持するための記憶装置
「デコーダ」-与えられた命令の中の操作コード部をデコード(解読)して、命令が指定する動作内容を決定するための装置。また演算処理の対象となるデータのアドレスを決定する装置でもある。
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,pp.2-3
 
計算機における「命令」の実行プロセス – 「命令サイクル」
計算機は,下記の各操作の繰り返し(命令サイクル)をおこなっている。

1.命令の取り出し[プログラムカウンタが指定する命令のアドレスを記憶装置に送り,命令を記憶装置から命令レジスタに読み込む]
2.プログラムカウンタの更新[プログラムカウンタを一つ先に進める]
3.命令のデコード[命令レジスタの中の命令の操作コード部をデコードして,計算機がどのような動作をすべきかを決定する。また命令のアドレス部から「演算の対象となるデータ」(オペランドと呼ぶ)のアドレスを決定する.]
4.オペランド(演算処理の対象となるデータ)の取り出し[オペランドのアドレスを主記憶装置に送り,オペランドの読み出しをおこなう]
5.命令の実行

[出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.3

 
マイクロプログラミング方式によるCPU設計
馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p4の図1.4「マイクロプログラミング方式」 馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.5の図1.5「機械命令とマイクロプログラムの関係」
「機械語」命令の命令レジスタの操作コード部で,制御記憶アドレスレジスタ(CMAR)を指定する。
制御記憶(control memory)の中の,指定アドレスにあるマイクロプログラムを,制御記憶データレジスタ(CMDR)に読み出す。
制御記憶データレジスタ(CMDR)に読み出されたマイクロプログラム(microprogram)を構成するマイクロ命令(micro instruction)は,デコーダによってデコードされマイクロオーダ(micro-order)に変換される。 マイクロオーダによって制御される操作は,マイクロ操作(micro operation)と呼ばれている。

CMAR:制御記憶アドレスレジスタ(control memory address register)
CMDR:制御記憶データレジスタ(control memory data register)
[図の出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.4の図1.4「マイクロプログラミング方式」およびp.5の図1.5「機械命令とマイクロプログラムの関係」

 
マイクロプログラミング方式のメリット
1) 制御論理の実現に関わるコスト
結線論理方式によるCPU設計では,「制御論理はすべて論理素子,および素子間の結線で実現されるため,論理が複雑になればなるほど,要するコストは著しく増大する」(馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.10)が,マイクロプログラミング方式では制御論理が複雑になっても,マイクロプログラムを格納する制御記憶の容量を増大させるだけで良いため,制御論理が複雑になればなるほどマイクロプログラミング方式の方がコスト的に有利になる。
 
2) 設計コスト
結線論理方式によるCPU設計では,制御論理を実現するハードウェア設計が複雑になりコストがかかるが,ハードウェア設計それ自体は単純である。マイクロプログラミング方式ではソフトウェア設計は複雑になるが,「マクロレベル以上のアーキテクチャの設計, マクロアーキテクチャを実現するためのマイクロプログラムの作成, およびマイクロアーキテクチャを実現するためのハードウェアの論理設計などを並行して進めることができる」というメリットがある。
 
3) システムの柔軟性
ハードウェアを変更しなくても,マイクロプログラムの変更により制御論理の変更や追加が可能である。
 
 
マイクロプログラミング方式の歴史的展開
下記は、馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,pp.5-10における説明を要約したものである。
 
1.M.V.Wilkesによるマイクロプログラミング方式の発明(1951)

Wilkes, M.V. (1951) “The Best Way to Design an Automatic Calculating Machine,” in Report of the Manchester University Computer Inaugural Conference, 1951. (Not published until 1953), pp. 16-18.

本論文は下記ほかで再録されている。
Wilkes, M. V. (1989). “The best way to design an automatic calculating machine,” in Martin Campbell-Kelly (Ed.). The early British computer conferences, (Charles Babbage Institute Reprint Series For The History Of Computing, Vol. 14.) MIT Press, Cambridge, MA, USA 182-184.
https://dl.acm.org/citation.cfm?id=94938.94976

2.マイクロプログラミング方式の商用機における採用(1964-)
IBM360で採用
 
3.ダイナミック・マイクロプログラミング(1970-)
3-a ダイナミック・マイクロプログラミング
制御記憶にあるマイクロプログラムを「書き換え可能」とすること。その実現には,「実行時に制御記憶の内容を書き換える」方式と「2次記憶または主記憶にあるマイクロプログラムを制御記憶にロードして使用する」方式(リローダブル制御記憶(reloadable control)memory)の2種類がある。
ダイナミック・マイクロプログラミング方式を採用することによる応用の一つは,ユーザーが同方式を利用して「種々の応用プログラムのマイクロプログラム化を図る」こと,すなわち,「ユーザマイクロプログラミングを可能にすること」である。[Andrews,M.(1980) Principles of Firmware Engineering in Microprogram Control,Computer Science Press.]
 
3-b 2レベル・マイクロプログラミング-マイクロプログラムの階層化
制御記憶にあるマイクロプログラムを「書き換え可能」となれば,マイクロプログラムの階層化,すなわち,制御記憶を「マイクロプログラム記憶」と「ナノプログラム」記憶(nanoprogram memory)とに分けて管理することも可能となる。

 
プログラム視点から見た計算機アーキテクチャの階層構成
[図の出典]馬場敬信(1985)『マイクロプログラミング』昭晃堂,p.9
[参考文献]
Salisbury,A.B.(1976) Microprogrammable Computer Architectures,Elsevier Science Inc.

マイクロプログラミングに関する参考資料

中規模コンピュータの価格

半導体回路の歴史的変遷
年代 価格
1960年代初期 30,000ドル
1970年 10,000ドル
1977年 5,000ドル
1980年 1,000ドル
1985年 1,000ドル
年代 価格
1980年以降は予測数値
[出典]キャノン, D.L., リューク, G.(木村芳幸訳、1983)『マイクロコンピュータ入門』 (エレクトロニクス入門シリーズ)啓学出版、p.24の図1.22「中規模コンピュータのコストの変遷」
 

半導体回路の歴史的変遷- IC、LSI

半導体回路の歴史的変遷
型式 登場年代 ゲート数 チップの外形
(ミル)
チップの面積
(平方ミル)
SSIとの比
SSI 1960年代初期 10~12 50×50 2,500
MSI~LSI 1960年代後期 100~1,000 150×150 22,500 9:1
LSI~VLSI 1970年代 1000~50,000 250×250 62,500 25:1
 
注:1ミル=1/1000インチ=0.0254mm
[出典]キャノン, D.L., リューク, G.(木村芳幸訳、1983)『マイクロコンピュータ入門』 (エレクトロニクス入門シリーズ)啓学出版、p.23の表1.2「ディジタル電子回路の変遷一チップの大きさ」
 
IC関連資料
  1. Vol.2 No.3(1963年10月号)(特集テーマ The Impact of Integrated Circuits)
 

マイクロプロセッサ誕生と電卓

マイクロプロセッサというモジュールの誕生は、電卓の製品イノベーションの過程でなされたとされている。
 
例えばZaksは、マイクロプロセッサは、「電卓用チップからの自然な進化」(a natural evolution from calculator chips)によるものである、としている。
Microprocessors represent a natural evolution from calculator chips, and were first introduced by Intel in 1971. Most major companies are now in the process of producing microprocessor systems.”(p.9)
 
なおZaksは、現在のところマイクロコンピュータの実行速度はミニコンピュータよりも2倍から10倍も遅いけれども、マイクロプロセッサの今後の技術発展により「ミニコンピュータ革命」よりも大きな衝撃を与えるものであるとしている。
The impact of the microprocessor can be expected to be more significant than the mini revolution a few years ago. The range of microcomputer systems extends throughout a wide spectrum of performance and cost, from the calculator at the low end, to the minicomputer at the high end. Typical execution times for microcomputers are still 2 to 10 times slower than those for minis, but are constantly shrinking. Microprocessors have evolved as standard OEM products, and cater exclusively to the OEM users, while minicomputers usually provide extensive support geared to the end-user. Their major impact is felt on economical and “smart” OEM digital products. As MOS LSI costs keep decreasing, the number of microcomputers should exceed by far the number of any other type of computer being produced.
 

日本におけるマイクロコンピュータという単語の多義性 ー microcomputer

マイクロコンピュータ(microcomputer)という用語は、マイクロプロセッサ(microprocessor)という用語とは異なり多義的である。
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、p.2は、下図のように、マイクロコンピュータの定義は3種類ある、としている。

定義1-「マイクロプロセッサ」(図の構成A)
定義2-「マイクロコンピュータ・ボード」(図の構成B)-「構成Aのマイクロプロセッサに、メモリや必要な周辺回路をつけて,1~2枚の印刷配線板にとりつけたもの」
定義3-「マイクロコンピュータ」(図の構成C)-「構成Bに加えて、電源,筐体やソフトウエアまで加えて,完全にコンピュータとして商品化している」
 
マイクロコンピュータ=「入力機器、表示装置、記録装置などを含むシステム」とする用語法
矢田光治(1980)『図解マイコンの基礎知識』オーム社、p.1は、「マイコンは,マイクロコンピュータを略してよぶのに使われて
いる」とした上で、マイコンを下図のように、キーボードなどの入力機器、TVディスプレイなどの表示装置、プリンタなどの出力装置、オーディオカセットなどの記録装置などを含むシステムであるとしている。
 
マイクロコンピュータ=「マイクロプロセッサ」(microprocessor)とする用語法
 
マイクロコンピュータ=「パーソナルコンピュータの別名」とする用語法
 
関連参考資料

ダウンロード可能なPC関連雑誌

創刊号(1975年9月号)からVol 21 No 11(1996年11月号)まで収録
“Build the Mark-8, Your Personal Minicomputer”(Mark-8、あなたのパーソナル・ミニコンピュータを作ろう)というキャプションを付けられたMark-8 (1974)が、Radio Electronics誌の1974年7月号の表紙を飾っている。
“World’s First Minicomputer kit to Rival Commercial Models”(市販のミニコンピュータと肩を並べる、世界最初のミニコンピュータ・キット)というキャプションを付けられたAltair8800がPopular Electronics誌の1975年1月号の表紙を飾っている。
創刊号(1974年11月・12月合併号)から1983年3月号まで収録
創刊号(1977年1月・2月合併号)から1984年10月号まで収録
第1巻 第2号(1974年8月号)から第3巻 第7号(1977年1・2月合併号)までを収録[創刊号以外にも欠号あり]
archive.org

Vol.2 No.3(1963年10月号)(特集テーマ The Impact of Integrated Circuits)からVol.31 No.12(1992年12月号)までを収録[欠号多数]
『月刊アスキー』創刊号
第1巻 第2号(1974年8月号)から第3巻 第7号(1977年1・2月合併号)までを収録[創刊号以外にも欠号あり]

コンピュータ関連事典

PC関連事典

Sippl, Charles J.(1981 Rev. ed. of Microcomputer dictionary and guide, 1976, c 1975) Microcomputer dictionary, Howard W. Sams & Co.m Inc., Indianapolis, 606pp.
https://archive.org/details/microcomputerdic00sipp
archive.orgでユーザー登録後、デジタルデータを期間限定で利用できる。

Kent, Allen, Williams, James G. (1988) Encyclopedia of Microcomputers, Volume 1, Access Methos to Assembly Language and Assemblers, Marcel Dekker, Inc., 434pp.
https://archive.org/details/EncyclopiaMicrocomputers01
Sanchez, Michael M. “Altos Computer Systems”, pp.66-73、Krause, Barbara “Apple Computer, Inc.” ,pp.218-221、Ashton-Tate, Inc. “Ashton-Tate, Inc. ” ,pp.376-382などの項目を含む中項目事典

百科事典

DECのマイクロプロセッサ

DECのMPS (MicroProcessor Series)
DECの1974年のハードウェア製品 MPS Computer Program
DEC (1972,1973,1974,1975,1976,1978) Digital Equipment Corporation Nineteen Fifty-Seven to the Present, p.38
http://gordonbell.azurewebsites.net/digital/dec%201957%20to%20present%201978.pdf
 
DECの1976年のハードウェア製品 MPS Program
DEC (1972,1973,1974,1975,1976,1978) Digital Equipment Corporation Nineteen Fifty-Seven to the Present, p.60
http://gordonbell.azurewebsites.net/digital/dec%201957%20to%20present%201978.pdf
 
Microprocessorを用いたDEC製品
DECの1974年のハードウェア製品 MPS Computer Program

マイクロコンピュータ用ソフトウェア

DECのMPS(MicroProcessor Series)、IntelのMCS-4, MCS-8, MCS-80、MotorolaのMC 6800, National SemiconductorのIMP-4, IMP-8, IMP-16、RaytheonのRP-16、RCAのCOSMAC、Rockwell InternationalのPPS-4, PPS-8といったマイクロプロセッサ上で動作するソフトウェア

[出典]
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、pp.112-113の表9.1「マイクロコンピュータのソフトウェアの現状(資料:IEEE Spectrum)

ミニコンピュータ vs マイクロコンピュータの性能比較

ミニコンピュータ vs マイクロコンピュータの性能比較(1974年,1978年)
マイクロコンピュータのCPU性能は,下図にあるように1978年頃にはミニコンピュータに近くなっている。
 
「マイクロプロセッサの市場はアメリカでは1974年に比べて1978年には5倍となり,1982年までには12倍となると予想されている.この1~2年に今日のミニコンと同一性能で低価格のマイクロコンピュータが供給されるようになろうが,市場としては,8ビットマイクロコンピュータ( ~40%),コンピュータとしての応用 (~30%)が中心となると予想されている.」
[出典]東山尚(1978)「応用システムの設計と開発」電子通信学会編『マイクロコンピュータとその応用』電子通信学会,第9章,p.305
 
1970年代マイクロコンピュータとミニコンピュータの性能比較
マイクロコンピュータ ミニコンピュータ
命令種類 48~78 100~200
基本命令
実行時間
2~20μsec 0.5μsec
割り込み 1~8レベル 多重レベル
ハードウェアによる
割り込み処理機能あり
DMA 一部あり 標準
メモリー ROMとRAM RAM
その他 スタンダードI/Oなし
基本ソフトウェアなし
スタンダードI/Oあり
基本ソフトウェア完備
 
[出典]泉川新一(1983)『マイコン・パソコンとOA入門 基本18章』電波新聞社、p.365

1970年代中頃の日本におけるマイコン・キット

 
マニア向け「商品」として好評を博した技術者向け「評価用キット」- 専門技術者層を超えたコンピュータへの憧れの存在
 現在ではパソコンの心臓部として欠くべからざる重要部品であるCPUは、その登場時は「マイクロコンピュータ」と呼ばれていた。その当時は、現在とは異なり性能が低かったこともあり、CPUが一体何の役に立つのか、まだはっきりとはしていなかった。
 そのためCPUは関連技術者に対して、それがどのようなものであるのかを理解してもらうことや、コンピュータとしてのその性能がどの程度のもであるかを評価してもらうことを目的とした「マイコン・キット」として売り出された。本来は技術者向けの評価キットであったのだが、下表のようにコンピュータが普通の個人にもなんとか手が届く値段で手に入るということで、マニアを中心として大変な人気を博した。
 先行したアメリカでは、数多くのマイコンクラブが作られていた。そのマイコンクラブの中での伝説的存在が、1975年3月に第1回目の会合を開催したThe Homebrew Computer Club [brewとは醸造酒のことであり、home brewは自分で酒を作ることを意味する。そこから転じて、この文脈ではコンピュータを手作りするクラブという意味である]であった。The Homebrew Computer Club には、後のアップル社を作り上げたスティーブン・ジョブズやスティーブン・ウォズニアックなどパソコン業界の数多くの有名人が所属していた。
  「マイコン」はマイクロコンピュータの省略形であると同時に、マイ・コンピュータ(個人用コンピュータ)の省略形でもあった。高くて個人にはとても買えそうになかったコンピュータが、自分のものになるということでマニアの間で大いに人気を博したのである。
 
日本におけるマイコン・キット時代 – 1976~1978年
 
 下表のように、日本でも1976年8月発売のNECのTK-80のヒット(売れても2,000台程度と考えられていた[注]のが、総計6万台も売れた)を契機に、アメリカにさほど遅れることなく、マイコン・キットのブームが起こった。そしてそれがNECのPC8001などのパソコン・ブームへと転化していった。

 
[注]遠藤諭(2019)によれば、「TK-80は、「教材用なので200台も売れれば」と考えて作られたものだったが、期せずしてコンピュータとして受け入れられ、後年「第一次マイコンブーム」と呼ばれることになる大きなうねりを作っていく。TK-80は、発売後2年間で約2万5000キットを販売。」とのことである。
遠藤諭(2019)「TK-80、PC-8001、NECのパソコンはこんな偶然から始まった」遠藤諭のプログラミング+日記 第67回、2019年08月08日
https://ascii.jp/elem/000/001/912/1912291/
 

 関連雑誌としては、日本初のマイコン専門誌『I/O』が1976年に西和彦、星正明らによって創刊されている。創刊後の発行部数は3,000部であった。1977年にはアスキー社によって『ASCII』が創刊されている。

1977年前半に日本で発売されていたマイコン・キット

 
[出典]
 
 
TK-80のヒットに触発されて、1977年以降に日本メーカーが発売したマイコン・キット
発売時期 メーカー名 製品名 使用CPU 価格
(円)
画像および関連情報
1977年3月 富士通 LKit-8 富士通 MB8861N(1MHz)
(6800互換)
93,000  
1977年8月 日立 日立トレーニングモジュール
H68TRA
日立 HD46800
(6800互換)
99,000  
1977年9月 パナファコム ラーニングキット
LKit-16
パナファコム MN1610 98,000
1978年3月 東芝 TLCS-80A EX-80

東芝 TMP9080AC
(8080互換)

85,000  
1978年12月 シャープ SM-B-80T シャープ LH0080
(2.5MHz,Z80互換)
85,000 RAM 1KB(3KBまで拡張可能)
1978年12月 NEC

μCOM Basic Station
TK-80BS

TK-80などと組み合わせるためのキーボードやRAM、ROMなどの周辺機器セット 128,000 マイコン・キットとしてマイクロソフト社のBASICを最初に搭載
1978年5月 シャープ MZ-40K 富士通製の4ビットCPU
「MB8843」1.8MHz
24,800 子供向けのおもちゃとしてのキット[注]

シャープのMZ-40Kに関する注
他のキットとはターゲット顧客が異なり、「技術者向けのトレーニングキット」ではなく、「子供向けのおもちゃとしてのキット」であることに注意。「マイコン博士」という商品名称で売られていた。CPUは「ワンチップタイプのマイコン」で、「1KBのROMと64ワード×4ビットのRAMを内蔵し、37本のI/Oポート」を備えている。
http://cwaweb.bai.ne.jp/~ohishi/museum/mz40k.htm
MZ-40Kについては下記Webサイトの該当ページも大いに参考になる。
http://www.sharpmz.org/index.html
MB8843に関わる詳細な技術情報が下記WebページのPDFにある。
http://www.sharpmz.org/download/mb8843.pdf

 
[出典]
SE編集部編(1989)『僕らのパソコン10年史』翔泳社,p.14
太田 行生(1983)『パソコン誕生』日本電気文化センター,p.29
パナファコム ラーニングキット LKit-16:http://www.st.rim.or.jp/%7Enkomatsu/evakit/LKit16.html
シャープ SM-B-80T : http://www.retropc.net/ohishi/museum/80t.htm


[関連参考資料]
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社,pp.30-31の表3.1「各種のマイクロコンピュータ」

著作権裁判関連 – Apple

Liberman, A.(1984) “The “Apple” Cases: A Comparison of the American and Australian Decisions” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.143-159
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/7_liberman_1984.pdf
McKeough,J. (1984) “Case Note: Apple Computer Inc. v. Computer Edge Pty Ltd,” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.161-172
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/8_mckeough_1984.pdf
Waters、L. (1988) “CIRCUIT LAYOUTS BILL 1988,” Apri 1989 COMPUTERS AND LAW NEWSLETTER,p.13
* Lesley Waters
http://www.austlii.edu.au/au/journals/ANZCompuLawJl/1989/14.pdf

Intel 8080 vs Motorola MC6800 — 対応プログラミング言語ソフトウェア、発売開始時期

Howard Falk (1974) “Computers: Microcomputer software makes its debut,” IEEE Spectrum IEEE Spectrum, Octover 1974,pp.78-84, DOI: 10.1109/MSPEC.1974.6366690のp80のSome currently available microcomputer softwareの表では利用可能なCross-Assembler、Self-Assembler、Editorが下記のようになっている。

Microcomputer Systems Cross-Assembler Self-Assembler Editor
Intel
MCS-4
MCS-S
MCS-80
Written in ANSI standard Fortran IV; source deck, $1250; now used on many systems, including IBM, CDC, and Univac, Time-sharing versions now up on several commercial systems.
Offers macro and conditional assembly capabilities
Versions for MCS-8 an -80 are compatible with the cross-assemblers.
MCS-4 version is not compatible.Available only to development system users.
No charge
Editors run on MCS-8 and -80. Manipulate strings, search, and substitute.
Available only to development system users.
No charge
Motorola Semiconductor Products MC6800 Runs on Tymshare system ; macro capabilities are in development
None
None Source statemen text editor runs on GE Tymshare system
 
販売開始時期ほか
Electronics December 26, 1974, Vol. 47 No. 26 (Published December 20, 1974) pp.114-115の記事
本記事の中では、モトローラのMC6800がサンプリング出荷の段階からフル生産の状態に移行しつつあることや、少量出荷時でMC6800の価格が$360、ROMが$35、RAM(MCM6810L,128-word-by-8-bitすなわち128byte)が$30.5であることが報じられている。
Michael Holley, Motorola M6800 Microprocessor Historyで同記事をダウンロードできる。
 
Fagginの証言
“It took a year to put the 8080 into silicon and the first production run was in December 1973. Intel introduced the chip to the market in April 1974 at a price of $360. The response was so great that the first five months of shipments repaid the 8080’s development costs.”
After the 4004: the 8008 and 8080. By Federico Faggin
http://www.electronicsweekly.com/blogs/mannerisms/yarns/after-the-4004-the-8008-and-80-2008-08/
“The 8080 really created the microprocessor market. The 4004 and 8008 suggested it, but the 8080 made it real.The 8080 really created the microprocessor market.” Faggin(1992)p.150
Faggin, F. (1992) “The Birth of the Microprocessor”,Byte, March 1992, pp.145-146,148,150
 
当時の解説書
 
CPUの処理速度 —- MIPS値
Intel 8080 0.64MIPS(4004の約20倍、8008の約10倍の総合的性能)(動作周波数2MHz)
Motorola MC6800 0.7-1.3MIPS(動作周波数8-16.7MHz)
[Motorola MC6800のMIPS値の出典]金田悠紀夫(1991)『マイクロプロセッサとRISC』(電子情報通信学会編コンピュータアーキテクチャシリーズ)オーム社、p.2。

ミニコンピュータのCPUのLSI化

DEC LSI-11

「KDF11」
本WEBページの著者によれば、1970年代後半以降には、下記のような理由からミニコンピュータのCPUのLSI化が実行された。

  1. CPUのLSI化により「コンパクトで低価格、さらに高性能を引き出せるかもしれない」
  2. 「大型コンピュータと違い、比較的小規模なコンピュータなので、当時のLSI技術でもLSI化できる見込み」がある
  3. 「ソフトウェアはそのまま使えるし、バスも従来製品のものを踏襲すれば、入出力やメモリシステムを最初から設計し直す必要はない」

NOVAもmicroNOVAとしてLSI化(Fairchild Semiconductor社が製造)=ワンボードプロセッサー化され、DECのPDP-11はLSI-11としてLSI化=ワンボードプロセッサー化された。
DECのPDP-11というミニコンピュータには「多数のユーザがいて、多くのソフトウェア資産やハードウェア資産があり、新興勢力のマイクロコンピュータ勢とは貯えているものが違」ったが、そうしたのである。
ミニコンのCPUのLSI化に関するnkomatus氏の次のような記述はとても興味深い。

「DECは1975年6月に、Western Digitalからマイクロプログラム方式のLSIセットであるMCP-1600を買い込み、それに実行させるマイクロプログラムを書き上げてPDP-11と互換を持たせる方法で、LSI化したミニコンピュータを開発し発表しました。それがLSI-11です。そして、1977年には半分の基板サイズにCPUだけを実装したLSI-11/2を発表します。・・・中心となるLSIのチップセットはF11と呼ばれ、データチップのDC302、コントロールチップのDC303、メモリ管理ユニット(MMU)のDC304から構成されます。オプションで浮動小数点演算命令をサポートするマイクロプログラムROMも搭載できます。これらはDECの独自開発で、LSI-11とLSI-11/2の後継として1979年3月に発表されました。 」
「私は1985年頃、LSI-11/73を使っていました。当時のPCと比べれば、それなりの高性能でした。ただ、バスの規格が古くなっていて、バスの転送速度によって能力がかなり押さえられてしまっていた印象があります。だからこそLSI-11/73はキャッシュメモリをボード上に搭載し、性能をなんとか維持していたのでしょうが。LSI-11バスはUNIBUSの流れを汲み、IBM-PC/ATのISA busと同程度かそれより遅いくらいでした。バスを再設計して、膨大な周辺ボードまで開発し直したりOSを書き換えるほどの価値はないと判断されたのでしょう。パーソナルコンピュータレベルの能力がだんだん近づいてきていましたから。
また、ミニコンピュータの用途としては汎用計算機として使われる他に、大きな工場の機械群を制御する組み込み用コンピュータという面がありました。こちらは8 bitや16 bitのマイクロプロセッサを複数使って制御した方が開発や運用が楽になるということから、やはりシェアを減らします。マイクロプロセッサを組み合わせるぐらいでは使い物にならない、データベースを操作しながら行うような工場全体の製造管理システムにはスーパーミニコンピュータや大型コンピュータが使われるでしょうから、マイクロプロセッサの高性能化に伴い、未来が閉ざされてしまいました。
なお、さらにコストが厳しく性能が低くてもかまなわい分野の組み込み用コンピュータとして使われていたPDP-8シリーズは、PDP-11シリーズより先にマイクロコンピュータの波にのまれてしまっています。そういえば、PDP-8/EはIntersil社からIM6100シリーズとしてマイクロプロセッサ化されています。IM6100シリーズの際立った特徴に完全CMOS化という点があります。低消費電力で電源電圧範囲も広く(4 – 12 V)、乾電池を(安定化電源回路を通さずに)そのまま電源にして動くコンピュータが作れました。 」
 
Section Two: Forgotten/Innovative Designs before the Great Dark Cloud
Part V: The Western Digital 3-chip CPU (June 1976) .
本WEBページの記述によれば、LSi-11のALUチップは、26個の8ビットレジスターと8ビットのALUユニットから構成されている。
 

同様の記述は下記にもある。

William Stallings, Computer Organization and ArchitectureのChapter 20 “Microprogrammed Control”
LSI-11というワンボードプロセッサは、dataチップ, controlチップ,control storeチップという3個のチップから構成されている。そしてdataチップは、”an 8-bit ALU”と26個の8ビットレジスターを中に持つ。 26個の8ビットレジスターの内、16個で”the eight 16-bit general-purpose registers of the PDP-11″の役割を果たすように実装されていた。他のレジスターは、”a program status word, memory address register (MAR), and memory buffer register”として利用されている。ALUは一度に8ビットしか取り扱えないので16-bitCPUのPDP-11の arithmetic operatioの実行はマイクロプログラムにより制御され2パスでなされた。
なおcontrol store chipチップは22ビット幅のcontrol memoryを持っている。
 

モトローラのCPU歴史関連

Michael HolleyがM6800の起源を研究する中で見つけた、モトローラのM6800およびモステクノロジーのMCS6502に関連する論文資料が紹介されている。
その中では、モトローラのMC6800がサンプリング出荷の段階からフル生産の状態に移行しつつあることや、少量出荷時でMC6800の価格が$360、ROMが$35、RAM(MCM6810L,128-word-by-8-bitすなわち128byte)が$30.5であることを報じたElectronics December 26, 1974, Vol. 47 No. 26 (Published December 20, 1974) pp.114-115などの記事をダウンロードできる。
 
安田寿明「モトローラCPUの歩み」『THE COMPUTER』1988年8月号,p66
 
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20141212/394137/
『日経WinPC』2010年8月号に掲載された連載「CPU今昔物語」を再掲したもの
 
3011年7月4日から同年10月30日にかけて、蝉の輪会(日立半導体OB をメンバーとする任意団体)のホームページに掲載された記事をベースとして加筆訂正されたもの。
同記事によれば、1974年10月の時点で「インテルはこの年の6月にすでに8080を製品化しており、モトローラは6800の製品発表を間近にしていた。」という状況であり、2014年10月11日のモトローラ訪問時に同社のマイコン部門のマーケティング担当のコメッツ氏により「すでに200社以上の顧客にサンプルが出されて好評を得ているとのことである。現時点ではインテルの8080がシェアを独占しているが、6800は「5ボルト単一電源」の特長があって使いやすく、2年後の76年時点では50%の市場シェアを取れると確信しているとのこと。また、セカンド・ソースを持つことによって顧客に安心感を与え、インテル陣営に対抗したいとのことで、日立がセカンド・ソースになることを歓迎する」との説明を受けたとしている。
同記事によれば、日立では「8ビット・マイコンについてはシステム・アーキテクチャの設計が最重要であり、デバイス・プロセス技術者を主体とする半導体事業部のリソースのみで取り組むことは難しいと判断していた。中研のシステム部門の助けを借りることにして、72年下期から「依頼研究」の形でオリジナル品の検討が進められた。」が、マイクロプロセッサ事業の立ち上げが急務であるとの認識から、8ビット・マイクロプロセッサ製品に関しては「独自開発」の検討は続けつつも、「先進メーカーとの連携によるセカンド・ソース」路線の採用が必要であるとの意見を牧本次生を具申している。
牧本次生によれば、その理由は「社内でも独自の8ビット品についての検討が進んでいたが、インテル社の8080、モトローラ社の6800との比較検討では、性能的に勝ち目はなかった。その理由の一つはインテル、モトローラともにNMOSベースの製品を開発していたが、日立の製品はPMOSがベースになっていた。PMOS LSIの技術によって電卓で圧勝したことが却って裏目に出たといえるかもしれない。」という認識に基づくものであった。
 その中で1974年5月に訪米し、「WE、RCA、IBM、TI(ダラスとヒューストン)、モトローラ、フェアチャイルド、HAL(日立アメリカ)」などを訪問した結果などを踏まえ、「技術ベースの比較、あるいはマネジメントの視点での戦略シナリオ比較など、多くの議論」をした結果として、「8ビット・マイコンについては、オリジナル製品での勝ち目は難しい。インテルまたはモトローラとの提携が必要」ということが決まり、インテルとモトローラの交渉に臨んだが、セカンドソースの利用承諾をインテルからは得られず、モトローラと組むことになった。
 
MC6800関連資料
 

DEC関連のダウンロード可能資料

DECの社史
DEC(1972,1973,1974,1975,1976,1978) Digital Equipment Corporation Nineteen Fifty-Seven to the Present, 88pp
http://gordonbell.azurewebsites.net/digital/dec%201957%20to%20present%201978.pdf
 
DECの技術的解説書
本ハンドブック序文でGordon Bellは下記のように、LSI-11は、「伝統的産業の障壁を越えて、マイクロコンピュータのパッケージで、ミニコンの性能をユーザーに提供するものである」と書いている。
The LSI-11 (PDP11/03) is the smallest member of the PDP-11 family of computer systems. It offers the user minicomputer performance in a microcomputer package that crosses traditional industry barriers. Therefore, the user can truly add computer power in systems previously too small for computer application. Yet for our traditional user, the boxed version of the LSI-11, the PDP11/03, offers a completely integrated smaller systems tool at lower cost without sacrificing performance. The LSI-11 (PDP11/03) maintains:traditional PDP-11 architectural compatibility. This includes programs up to 64K bytes and the use of the (optional) floating instruction set (FIS) and extended instructi・on set (EIS).
Bell, G.(1975) “COMPUTER STRUCTURES: What we learned from the PDP-11?” ABSTRACT Gordon Bell, William Il. Strecker, November 8, 1975,pp.138-151
http://gordonbell.azurewebsites.net/Digital/Bell_Strecker_What_we%20_learned_fm_PDP-11c%207511.pdf
McWILLIAMS,T. M., FULLER, S. H. and W. H. SHERWOOD “Using LSI processor bit-slices to build a PDP-11 : A case study in microcomputer design” National Computer Conference, 1977, pp.243-253
http://delivery.acm.org/10.1145/1500000/1499444/p243-mcwilliams.pdf
本書所収論文C. Gordon Bell, J. Craig Mudge (1978) “The Evolution of the PDP-11” のp.379で、「PDP11は市場で成功している。1970-1977年という最初の8年間で5万台以上が売れた。」[The PDP-11 has been successful in the marketplace:over 50,000 were sold in the first eight years that it was on the market (1970-1977).]と記されている。
 
DECに関わる関連論文

1970年代後半期におけるマイクロプロセッサー利用状況 — 雑誌Byteの読者を対象とした機械語利用経験のあるコンピュータのCPU種別

Helmers, C. (1977)”Surveying the Field”Byte,May 1977, Vol.2 No.5, pp.6-9に雑誌Byteの読者を対象として1976年10月から11月にかけて実施されたアンケート調査のいくつかの結果が紹介されている。
 
その中の一つに、機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のあるコンピュータのCPU種別を調べた結果がある。その結果は下記のようになっている。アンケート調査に答えた読者の総数は1,448名である。
 
Any large computer 51%
Any minicomputer 59%
Motorola 6800 23%
MOS Technology 6502 11%
Intel 8080 42%
Zilog Z-80 8%
Intersil IM6100 5%
Digital Equipment LSI-11 13%
RCA 1802 4%
Signetics 2650 2%
National PACE 4%

上記に示されているように、大型計算機で機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のある読者が51%、ミニコンで機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のある読者が59%となっているにも関わらず、マイクロプロセッサのCPU種別で見ると、Intel 8080が42%と他を圧倒して多く、LSI-11がZ-80や6502よりは多いものの、13%とIntel 8080の約3割にとどまっている。これは少し意外な結果に思われる。
こうした理由の一つは、LSI-11の総合的な価格対性能比が低いことにあると思われる。例えばLSI-11に関して、Hill,C.(1977) “The Types and Uses of Direct Access Storage”Byte,January 1977, Vol.2 No.1, p.64で下記のように、同価格帯の他のシステムと比較した場合のシステム性能の低さ(システム設計の悪さ)が下記のように指摘されている。すなわち、同価格でIntel 8008では外部記憶装置としてフロッピーディスクが使えるのに、LSI-11ではカセット・テープになってしまう、そのためカセット・テープのデータ転送速度がボトルネックとなる、という致命的な問題を指摘している。
A computer’s potential may be largely wasted without good IO. I contend that a lowly 8008 processor with 16 K bytes and 300 K byte floppy disk will outperform an LSI-11 with 16 K words and 300 K bytes of serial cassette as a general purpose system. The LSI-11 is more than 10 times as fast as a processor, has a much much better instruction set, twice as much memory, and uses its memory better; but nevertheless most of the time it will be waiting on 10 from the cassette. A waiting processor is a wasted processor. There is not even much price difference in the two systems; it is just where the money is spent.
 
また上記の記述「プロセッサーとしては(8008の)10倍速い」が正しいとすると、LSI-11は8080との比較では価格差に見合うだけのスピードがないように思われる。(Intelによれば、8008が0.06MIPSで、8080は0.64MIPSである。したがって8080は8008の約10.7倍のMIPS値である。)
なお McCallum, J. (2003) “CPU Price Performance 1944-2003” http://www.jcmit.com/cpu-performance.htmでは、著者独自の正規化された値であるが、MITSのAltair8800が0.028MIPSであるのに対して、DEC PDP-11/03 (LSI-11搭載、$3,000、動作周波数2.5MHz、1975)は0.01852MIPSとされている。したがってIntelの8080を使用したAltair8800の方が、LSI-11を使用したDEC PDP-11/03の1.5倍も速いということになる。
LSI-11は、C. Gordon Bell, J. Craig Mudge, John E. Mcnamara(1978) Computer Engineering: A Dec View of Hardware Systems Design, Digital Pressのp.335のTable 2. PDP·11 Circuit Technology and Data Pathsに示されているように、レジスターは8bitであったし、data pathも8bit幅であり、16bitのoperandは2CPUサイクルで実行する必要があった。
 LSI-11のプロセッサは、Western DigitalのMCP-1600というマイクロプロセッサを利用したものであるが、MCP-1600はWestern Digital(1977) MCP-1600 Users Manual, p.1-1に書かれているように、ROMに搭載したマイクロコードで既存コンピュータのエミュレーション動作を可能な”8-bit microprogrammable computer”である。内部構成は”8-bit internal organization”であったが、外部アクセスは16bitであったので、8bit CPUで16bitコンピュータのエミュレーション動作を行うことが可能であった。
ちなみに、同じPDP-11シリーズでLSI-11以外の16bit CPUを利用したマシンでは、DEC PDP-11/40($40,000,動作周波数7.143MHz, 1973)が0.06667MIPS、DEC PDP-11/04($10,000,動作周波数3.846MHz, 1975)は0.05185MIPS、DEC PDP-11/70($80,000,1975)は0.67MIPSとなっている。

図の出典はDEC (1976) PDP 11/04 Systems Manual, p.1-3
図はPDP-11/04(1975)用のCPUユニットの写真である。
 
またサポートしているメモリ空間は、8008がメモリアドレス空間が14ビット=214=16KB、8080およびLSI-11がメモリアドレス空間が16ビット=216=64KBである。そのためより高性能なマシンを求める傾向が強いByte読者の多くにとって、LSI-11は8008に比べれば価格はさておき性能的には良いが、8080との比較ではサポートしているメモリ空間が同じであり、価格差に見合うだけの魅力がまったくないように思われる。
 
Byte,January 1976, Vol.1 No.11, p.41の広告では下記のように、DEC LSI-11が $840に対して、8080を用いたIMSAI 8080が$559.95となっている。
またByte,January 1977, Vol.2 No.3, p.66の広告では下記のように、DEC LSI-11/4K Moduleの価格$800は、Z-80 COMPUTER SYSTEM with RAM/PROM Module,Cabinet & Expansion P/C Backplane Controls and Power Supplies, Manualsという数多くの関連モジュールを統合したZ80製品システム価格($395)の2倍にもなる。(なお8080/6800 CPU Board $130, Z80 Processor Board $150, 4K RAM $100となっている。)
これらの広告に示されているように、DEC LSI-11は相対的に高価格のCPUである。

Byte,January 1976, Vol.1 No.11, p.41 Byte,January 1977, Vol.2 No.3, p.66
 
なおByte,January 1978, p.34の下記広告では、LSI-11を用いたシステム価格$3,350の紹介がなされている。
Heathkit H11($1,295)を中核とする本製品システムは、「ホビイストをターゲットとした数少ない完全16ビットのパーソナル・コンピュータ製品システムの一つである」(It’s one of the few FULL 16-bit personal computers available to hobbyists today, and equivalent commercial versions would cost literally thousands of dollars more!)と下記広告では書かれているが、こうしたコンピュータ製品システムは、コモドール、タンディ、アップルなどのPC製品が対象とするユーザー層にとってあまり魅力ある製品ではない。
雑誌Byteが対象とするpersonal computing用コンピュータのユーザーにとっても同じことが言える。
下記のように多くの既存ソフトウェアが動くことは確かに重要であるが、それがミニコンユーザーとっては意義のあることかもしれないが、PC製品ユーザーにとってどの程度まで重要であったのかには疑問が残る。
特に1978年の時点でなお、紙テープでこれらのプログラムが提供されているということは製品の競争優位性の視点で問題である。
ED-11 editor
PAL-11 S relocatable assembler
LlNK-11 S link editor
Absolute Loader
ODT-11X debug
IOX LP I/O executive program
DUMP-AB-PO
DUMP-AB-PB
plus BASIC
FOCAL

Intelの歴史関連資料

1.インテル・ミュージアム(日本語版)
2005年2月4日版
http://web.archive.org/web/20050204194400/http://www.intel.co.jp/jp/intel/museum/index.htm
インテルの歴史に関連する下記資料が収録されている。

「マイクロプロセッサの歴史」
 
「インテルの歩み」
 

インテルマイクロプロセッサ誕生25周年を記念して製作された、インテルの歴史的事項に関わる「著名人へのインタビュー(Interviews)」の日本語版や、「インタラクティブ・ヒストリー(http://www.intel.co.jp/jp/intel/museum/iwh/iwh_main.htm)は2002.10.20現在では残念なことに見ることができない。

このサイトは下記のようなデータから構成されている。

インテルの社史 Corporate Anniversary Brochures
下記のようなインテルの社史をダウンロードすることができる。
15年史 Intel(1988) A Revolution in Progress
20年史 Intel(1993) Intel: Architect of the Microcomputer Revolution
25年史 Intel(1998) Defining Intel: 25 Years / 25 Events
35年史 Intel(2003) Intel: 35 Years of Innovation

Gordon Moore、Robert Noyce、Ted Hoff、Groveらの写真、4004関連の様々な写真、ビジコンの計算機の写真などの歴史的文書をダウンロードすることができる。

1971年の4004から2003年のPentium M までのインテルの主要なマイクロプロセッサーに関する簡単な紹介。一部について大きな画像がある。

インテルのマイクロプロセッサーをファミリー別に分けて、クロック速度、発表日、トランジスタ数、キャッシュメモリ量、対応可能メモリ量、バス速度などの一覧をダウンロードすることができる。
発表日順のマイクロプロセッサー一覧は、http://www.intel.com/pressroom/kits/quickrefyr.htmでダウンロードすることができる。

ムーアの法則に関する様々な文書をダウンロードすることができる。

最初の製品 64-bit Bipolar RAM「3101」(1969年1月1日)からはじめて、 2005年6月27日の Intel Celeron D processor 351まで全部で102ページの一覧表になっている。各製品には簡単なコメントが付されている。

下記のように、インテル社の社員および幹部の証言を見ることができる。
Andy Grove
Ted Hoff
Gordon Moore(1983.10.17
2002.1.31
Robert Noyce(インテル時代Sematech時代

米国における1950-1962における大型計算機の基本システムの初期コスト

Approximate Cost of Computing Systems(Basic or Typical System)

Cost    System
1,000 PERK I II
1,000 PERK I II
6,000 IBM 632
9,650 MONROBOT IX
15,000 HRB SINGER
17,000 to 20,000 ITT BANK LN PROC
18,000 DE 60
19,195 SPEC
20,000 GEOTECH AUTOMATIC
20,000 MAGNEFILE B
22,500 ELECOM 50
24,500 MONROBOT XI
29,750 BURROUGHS E 101
29,750 BURROUGHS E 102
29,750 BURROUGHS E 103
36,000 IBM 609
40,500 PACKARD BELL 250
45,000 DISTRIBUTAPE
49,500 BENDIX G 15
49,500 LPG 30
50,000 ALWAC II
50,000 HAMPSHIRE CCC 500
50,000 MAGNEPILE D
50,000 TRICE
50,000 to 100,000 HAMPSHIRE TRTDS 932
55,000 BENDIX D 12
55,000 IBM 610
56,300 NATIONAL 390
60,000 CDC 160
60,000 ELECOM 100
64,000 IBM 1620
65,000 NATIONAL 102 D
70,000 NATIONAL 102 A
70,000 READIX
75,000 IBM CPC
75,000 UNIVAC 60
76,950 ALWAC III E
80,000 AN/MJQ 1 REDSTONE
80,000 CIRCLE
82,500 NATIONAL 315
84,500 LIBRATROL 500
85,000 MINIAC II
85,000 MODAC 5014
85,200 GENERAL ELECTRIC 312
86,074 MONROBOT V
87,500 RPC 4OOO
95,000 RECOMP II
97,000 ELECOM 120
97,500 UNIVAC 120
98,000 RW 300
100,000 MODAC 404
100,000 PENNSTAC
110,000 PROGRAMMED DATA PROCESSOR
120,000 MODAC 410
120,000 RPC 9000
125,600 IBM 1401
127,000 FOSDIC
141,980 GENERAL MILLS AD/ECS
150,000 MODAC 414
155,000 ELECOM 125 125FP
160,000 BURROUGHS D 204
167,850 IBM 305 RAMAC
170,000 HOHEYWELL 290
175,000 UNIVAC STEP
182,000 IBM 65O RAMAC TAPES
185,000 OARAC
196,000 RCA 301
200,000 BURROUGHS 204
200,000 BURROUGHS 205
200,000 GENERAL ELECTRIC 225
200,000 RASTAC
200,000 RASTAD
225,000 GENERAL ELECTRIC 210
225,000 NUMERICORD
230,000 IBM 701
250,000 MANIAC I
257,000 RCA 501
300,000 ILLIAC
300,000 TELEREGISTER MAGNET INVENT CONT
300,000 UNIVAC FILE 1
300,000 UNIVAC FILE 0
320,000 BURROUGHS 220
347,500 UNIVAC SOLID STATE 8O/9O
350,000 MANIAC II
350,000 UNIVERSAL DATA TRANS
354,000 LOGISTICS
358,000 IBM 702
366,600 NATIONAL 304
400,000 RICE UNIVERSITY
400,000 SWAC
467,000 EDVAC
478,000 BENDIX G 20
500,000 AN/TYK 6V BASICPAC
500,000 GEORGE
500,000 UDEC I II III
500,000 (Donated) UNIVAC 1101
600,000 MERLIN
600,000 BORDEN VOTE TALLY
600,000 ORDVAC
700,000 UNIVAC III
750,000 CDC 1604
750,000 UNIVAC I
800,000 AF/CRC
813,250 IBM 7070
839,700 RCA 601
895,000 UNIVAC 1103 1103A
970,000 UNIVAC II
975,000 HONEYWELL 800
1,000,000 ITT SPES 025
1,000,000 LINCOLN CG 24
1,000,000 NATIONAL 107
1,284,350 IBM 7074
1,400,000 UNIVAC 1102
1,500,000 NAREC
1,500,000 UNIVAC 490
1,600,000 PHILCO CXPQ
1,640,000 IBM 705 I I1
1,800,000 to 2,700,000 UNIVAC 1107
1,932,000 UNIVAC 1105
1,994,000 (Excluding Discount) IBM 704
2,000,000 BRLESC
2,179,100 DATAMATIC 1000
2,200,000 IBM 7080
2,500,000 NORC
2,650,000 IBM 709
2,898,000 IBM 7090
4,500,000 BIZMAC I
6,000,000 UNIVAC LARC

[出典]Weik, Martin H. (1961) A third survey of domestic electronic digital computing systems. Ballistic Research Laboratories Report No. 1115, Department of the Army Project No.5B03-06-002, Ordnance Management Structure Code No.5010.11.812, Aberdeen Proving Ground, Maryland, pp.1081-1082

米国における大型計算機の稼働時期(年代順)

Chronological Order of Initial Date of Operation of Computing Systems

最初の稼働時期(Initial Date of Operation)    コンピュータ・システム名称(System)
May 1950 SEAC
1950 WHIRLWIND II
Mar 1951 SWAC
Mar 1951 UNIVAC I
1951 EDVAC
Mar 1952 MANIAC I
Mar 1952 ORDVAC
Sep 1952 ILLIAC
1952 ELECOM 100
Mar 1955 LOGISTICS
Apr 1955 QARAC
May 1953 IBM 701
Aug 1953 MAGNEFILE D
Aug 1953 UNIVAC 1103 1103 A
Dec 1953 UDEC I II III
1953 IBM 604
1953 NATIONAL 102 A
Feb 1954 MAGNEFILE B
Mar 1954 JOHNNIAC
Apr 1954 DYSEAC
Jun 1954 ALWAC II
Jun 1954 CIRCLE
Jul 1954 MODAC 5011*
Sep 1954 MODAC 1*04
1954 BENDIX D 12
1954 BURROUGHS 204
1954 BURROUGHS 205
1954 IBM 650 RAMAC TAPES
1954 LGP 30
1954 WISC
Feb 1955 IBM 702
Feb 1955 MONROBOT III
Feb 1955 NORC
Mar 1955 MINIAC II
Mar 1955 MONROBOT V
Aug 1955 UNIVAC 1101
Nov 1955 BIZMAC I
1955 ALWAC III E
1955 BURROUGHS E 101
1955 IBM 705 I II
1955 MODAC 410
1955 PENNSTAC
1955 UNIVAC 60
1955 UNIVAC 120
1955 UNIVAC 1102
Feb 1956 READLX
Apr 1956 AF/CRC
Apr 1956 IBM 704
Oct 1956 MODAC 414
1956 BENDIX G 15
1956 BIZMAC II
1956 ELECOM 50
1956 ELECOM 120
1956 ELECOM 125 125FP
1956 IBM 608
1956 LEPRECHAUN
1956 MONROBOT MU
1956 NAREC
1956 PHILCO 1000
1956 RECOMP I CP 266
1956 TELEREGISTER MAGNET INVENT CONT
Sep 1957 GEORGE
Sep 1957 UNIVAC FILE 0
Nov 1957 AN/FSQ 7 AN/FSQ 8 (SAGE)
1957 IBM 709
1957 LINCOLN TX 0
1957 MANIAC II
1957 PHILCO 2000
May 1958 UNIVAC II
Sep 1958 AN/MJQ 1 REDSTONE
1958 IBM 610
1958 LINCOLN TX 2
1958 WRU SEARCHING SELECTOR
Jan 1959 RCA 501
Feb 1959 BURROUGHS 220
Feb 1959 UNIVAC 1105
Jul 1959 GE 100 ERMA
Sep 1959 FOSDIC
Nov 1959 NATIONAL 304
1959 AN/TYK 6v BASICPAC
1959 GENERAL ELECTRIC 210
1959 LIBRASCOPE AIR TRAFFIC
1959 LIBRASCOPE ASN 24
1959 RASTAD
1959 RFC 9000
1959 BW JOO
1959 TRICE
1959 UNIVAC SOLID STATE 80/90
Jan 1960 CDC 1604
Jan 1960 HUGHES BM GUIDANCE
Jan 1960 UNIVERSAL DATA TRANS
Apr 1960 SYLVANIA UDOFTT
Apr 1960 UNIVAC LARC
Aug 1960 BENDDC CUBIC TRACKER
Oct 1960 BURROUGHS D 209
1960 AMOS IV
1960 AN/USQ 20
1960 CUBIC AIR TRAFFIC
1960 CUBIC TRACKER
1960 DIANA
1960 FADAC
1960 GENERAL ELECTRIC 225
1960 GENERAL MILLS APSAC
1960 GENERAL MILLS AD/ECS
1960 GENERAL ELECTRIC 312
1960 HAMPSHIRE TRTDS 9J2
1960 HRB SINGER
1960 HONEYWELL SCO
1960 HUGHES DIGITAIR
1960 INTELEX AIRLINE RESERVATION
1960 IBM 1401
1960 IBM 1410
1960 IBM 7070
1960 IBM 7080
1960 IBM 7090
1960 IBM STRETCH
1960 LEEDS NORTHROP 3000
1960 LIBRASCOPE MK 130
1960 LIBRASCOPE 407
1960 LIBRATROL 1000
1960 LITTON DATA ASSESSOR
1960 MANIAC III
1960 MERLIN
1960 MOBIDIC A
1960 MOBIDIC B
1960 MOBIDIC C D & 7A
1960 NATIONAL 315
1960 NATIONAL 390
1960 NORDEN VOTE TALLY
1960 ORACLE
1960 PACKARD BELL 250
1960 PERK I II
1960 PHILCO 3000
1960 PROGRAMMED DATA PROCESSOR
1960 RCA 200
1960 RCA 300
1960 RFC 4000
1960 RASTAC
1960 RW 400
1960 REPAC
1960 SCRIBE
1960 SPEC
1960 STORED PROGRAM DBA
1960 SYLVANIA S 9400
1960 TARGET INTERCEPT
1960 UNIVAC III
1960 UNIVAC STEP
1960 WESTINGHOUSE AIRBORNE
Apr 1961 BRLESC
Jul 1961 RCA 601
Kov 1961 UNIVAC 490
1961 AN/TYK 7v INFORMER
1961 IBM 7074
1961 ITT BANK LN PROC
1961 ITT SPES 025
1961 OKLAHOMA UNIV
1961 RCA 110
1961 RICE UNIVERSITY
1962 UNIVAC 1107

[出典]Weik, Martin H. (1961) A third survey of domestic electronic digital computing systems. Ballistic Research Laboratories Report No. 1115, Department of the Army Project No.5B03-06-002, Ordnance Management Structure Code No.5010.11.812, Aberdeen Proving Ground, Maryland, pp.1083-1084

PCの技術論的位置 —- ダウンサイジング論およびそれに対する批判論

大きさ、利用形態、処理業務によるコンピュータの分類
— Mainframe Computer, Minicomputer, Personal Workstation, Personal Computerの区別と連関の技術論的根拠 —
各種ソフトウェアおよび各種周辺機器の利用によって各種の情報処理が可能なコンピュータ製品は、その製品の大きさ、利用形態、処理業務に応じて表1のように分類できる。
 
表1 1970年代中頃におけるコンピュータ製品の分類
 
大きさを基本とした
分類名
購入
主体
利用主体および利用形態 処理用途 対応製品セグメント 市場形成
時期
Room-sized computer
(large scale computer)
企業 会社
Central computing
全社的情報処理業務
(基幹業務処理)
メインフレーム 1950年代
Minicomputer 部門
Departmental computing

部門的情報処理業務
 
ミニコンピュータ 1960年代
--- 個人
Personal computing
個人的情報処理業務 パーソナル・ワークステーション 1970年代
Microcomputer 個人 個人的情報ホビー作業 パーソナル・コンピュータ
 
 
ダウンサイジング論的主張の具体例
1970年代中頃のアメリカでPCは、PDP-10などのミニコンピュータ(minicomputer、以下、ミニコンと略)よりもさらに小さいということで、マイクロコンピュータ(microcomputer)と一般に呼ばれていた。
そうした歴史的経緯もあり、ミニコンからPCへの製品イノベーションは、ダウンサイジングという視点で理解されることが多い。すなわち、「メインフレームなどの大型計算機からミニコンへというダウンサイジングを主目標とする技術の歴史的発展動向に沿って開発された製品である」とされることが多い。
 
例えば、山田昭彦(2014)は、「汎用コンピュータからミニコンピュータの発展の流れの中で、マイクロプロセッサの出現がトリガーになって[PCが]誕生した」(p.219,[]内は引用者に夜補足)とし、技術的契機としてマイクロプロセッサを取り上げながらも、基本的にはダウンサイジングの流れの中にPCを位置づけている。
 
Campbell-Kellyほか(2015) も下記のように、ミニコン、PC、スマートフォンすべてを「コンピュータ・プラットフォームの不断のミニチュア化」(the unstoppable miniaturization of computer platforms)として位置づけている。
One major theme in the development of the computer industry is the unstoppable miniaturization of computer platforms, a trend driven primarily by technological change in the field of electronics. The early mainframes were massive machines typically housed in dedicated spaces with powerful air-conditioning equipment. The first step toward making computers more compact came with the introduction of minicomputers and small business computers in the 1970s. Another step came with the dawn of the personal computer in the 1980s. In recent years further miniaturization has resulted in the proliferation of smartphones, which arc in essence general-purpose computers with telephone capabilities.(Campbell-Kellyほか,2015, pp.2-3)
 
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社、p.1は、下記のように「形状がミニコンピュータよりさらに小さいという意味から,マイクロコンピュータと呼ばれている」としている。
「マイクロコンピュータの出現が,アメリカIntd社のMCS-4をもって最初とするならば,それは1971年のことであり,今日までわずかの年月しかたっていない.しかし,その間の技術の進歩と,世間の注目度の高まりは,まったく目をみはるものがある.筆者はこのことについて,「マイクロコンピュータは,半導体技術の土壌の上にミニコンピュータの技術を栄養として吸収しながら成長しつつある現代の怪物である」という表現をとりたい.そして「種子は?」ときかれれば「電子式卓上計算機」と答えるであろう。マイクロコンピュータの前身は,激しい価格競争を展開している電子式卓上計算機(通称,電卓)用の素子である.トランジスタから集積回路へと変化を続けた論理素子は,さらに小型化と価格引き下げを図るために,大規模集積回路(LSI)の利用へと進んだ.そして,1台の電卓の全論理回路が1個のLSIチップの中に収容できるようになった.電卓の量産規模や要求性能もLSIに最適であったといえる.ついで,このLSIをワンチップCPUと呼んで,コンピュータに流用することが考えられるようになった.コンピュータ用として使う時は必壼しもワンチップに全部収容されている必要はない.ときには,メモリやマイクロプログラム用固定メモリ,バス制御回路などは別のチップになっている方が,標準化と融通性の観点からいって,かえって都合のよいところもある.しかし,数チップ以内ではまとめたい.このような発想で,Intel,National Semiconductor,Rockwell Internationalなど数社が,コンピュータ用のLSIを発売した.こうしてできたコンピュータは,形状がミニコンピュータよりさらに小さいという意味から,マイクロコンピュータと呼ばれている.
 
上記と同一の記述は、下記のように、泉川新一(1983)『マイコン・パソコンとOA入門 基本18章』電波新聞社、p.3やp.275にもある。
現在では1台の電卓の全論理回路が1個のLSIチップの中で収容できるようになりました。
次いで, このLSIをワンチップCPUと呼んで, コンピュータに流用することが考えられるようになりました。
こうしてできたコンピュータは形状がミニコンピュータよりもさらに小さいという意味からマイクロコンピュータと呼ばれています。(p.3)
 
現在はエレクトロニクスの第4世代に突入しているといえます。第4世代というのはLSIを指します。
そして, このLSIを「ワンチップCPU」と称して, コンピュータに流用することが考えられるようになりました。
こうしてできたコンピュータは形式がミニコンピュータよりもさらに小さいという意味から「マイクロコンピュータ(俗称マイコン)」と呼ばれています。(p.275)
 
Parsons, J. J., Oja, D. (2014) New Perspectives on Computer Concepts 2014, Course Technology, Cengage Learningは、下記のように「ミニコンピュータは、メインフレーム・コンピュータよりも非力であるが、より小さいものとして設計された」としている。
In 1965, Digital Equipment Corp. (DEC) introduced the DEC PDP-8, the first commercially successful minicomputer. Minicomputers were designed to be smaller and less powerful than mainframe computers, while maintaining the capability to simultaneously run multiple programs for multiple users.”
 
 この問題について拙稿の佐野正博(2010)もまた、コンピュータのダウンサイジング化の第2段階としてPC製品を位置づけていた。PCとパーソナル・ワークステーションの製品市場セグメントの区別を無視し、パーソナル・ワークステーション製品を「ヒットしなかったPC製品」として位置づけるかのような発想法に立っていた点で極めて不適切であった。
 
関連文献
 
ダウンサイジング論批判
しかし物理的な大きさや重量に関するダウンサイジングといった社会的ニーズに対する技術的対応そのものは1970年代前半にはすでになされていたし、一定の社会的普及があった。ミニコンからPCへという製品イノベーションの画期的かつ根本的な特徴は、物理的な意味におけるダウンサイジングにはない。

 

 表2のように、大きさや重量という視点だけから見れば、日立のHITAC10 (1969)、NECのNEAC-M4(1969)、などPCとほぼ同等な製品がPC登場以前に存在していた。それらの製品の大きさは、現代のタワー型デスクトップPCとほぼ同じである。NEAC-M4やIBM5100は重量もほぼ同じである。
MITSとほぼ同時期に登場したIBMのIBM 5100 Portable Computer (1975)のサイズ・重量もPCと現代のタワー型デスクトップPCとほぼ同じである。

 
表2 PC登場以前の小型のコンピュータ
 
  外形寸法(単位:cm) 重量
日立HITAC-10 44.5×30.0×54.7 40kg
NEC NEAC-M4 48.3×24.2×66.1 22kg
IBM 5100 44.4×20.3×61.0 23kg

[数値の出典] 内田頼利、高橋昇、諏訪重敏(1969)「超小型電子計算機HITAC10」『日立評論』1969年11月号, p.23、内山政人、佐々木毅(1970)「日本電気のNEAC-M4」『電子科学』1970年1月号(特集:ミニ・コンピュータ総まくり), p.23、日本アイ・ビー・エム(1975)「IBM5100ポータブル・コンピュータ 誕生」『日本経済新聞』1976年5月17日朝刊の一面広告。IBM 5100の外形寸法は、インチ表示をもとにcm換算した数値。
 
「ミニコンの登場は、メインフレームのダウンサイジングを目的としたものではなく、技術者のトレーニングを目的としたものであった」とする説
渡部弘之(1973)は、「小型計算機、すなわちミニコンピュータは大型機の[半導体の大規模集積化という]集約の結果生まれたというよりも、最初は大型計算機の構成(しくみ)を学ぶ(トレーニング)という目的でスタートした論理回路の学習機、シーケンスコントロールのモデル機より入ってきた分野といえる」(p.13。[]内のみ引用者の補足)
渡部弘之(1973)「マイクロコンピュータの可能性を探る」『電子科学』1973年10月号, pp.13-20
 

関連参考資料

「最初のPCとは何か?」に関する諸議論

Personal Computer vs Personal Workstation – 「個人が自分の趣味など個人的生活のために使うコンピュータ」 vs 「個人が業務で自分一人で独占的に利用できるコンピュータ」
「Personal Computerとは何か?」という議論に際しては、「購入主体としての個人」という視点と、「利用主体としての個人」という視点の二つをきちんと区別しておく必要がある。すなわち、「個人が自分のポケットマネーで買えるコンピュータ」という価格的視点と、「個人が自分一人で独占的に使うコンピュータ」という利用的視点をきちんと峻別する必要がある。筆者は、佐野正博(2016)「PCの技術論的位置 —- ダウンサイジング論およびそれに対する批判論」で論じているように、企業において個人が自分の業務において「自分一人で独占的に使うコンピュータ」のことは、Personal Computerではなく、Personal Workstationと呼ぶ方が適切である、と考えている。
 なお個人が自らの業務で独占的に利用したミニコンピュータを「Personal Computer」と考えたことに関しては下記のような記述がある。
富田倫生(1994)『パソコン創世記』 「後藤はICテスターの開発を通じて、PDP-8を自分自身で独占することのできる「パーソナルコンピューター」として徹底的にしゃぶりつくしていった。」(富田倫生(1994)『パソコン創世記』阪急コミュニケーションズ、p.32)
Voelcker, J. (1988) “1965 The PDP-8: The first ‘personal’ computer for engineers and scientists ushered in the minicomputer era,” IEEE Spectrum, Volume 25, Issue 11 , pp.86 – 92
Kidwell P.A., Ceruzzi,P.E.(1994) Landmarks in Digital Computing , Smithsonian lnstitution Press[(渡邉了介訳、1994)『目で見るデジタル計算の道具史』ジャストシステム]「1962年、DECはMITのリンカン研突所と共同で、ワード長が12ビットのLINCというコンピュータを開発した。これは実験室の各種コントローラや、研究者が1人で使うコンピュータ(computer for a single researcher)という用途を想定していた。その意味ではLINCはパーソナル・コンピュータだったが、4万3,000ドルという価格では個人用に購入するのは無理だった。」(原著 p.77, 邦訳 pp.84-85)
 
1.最初のPCに関する諸候補の多数性 — 歴史分析のためのPC「定義」問題の重要性を示すものとしてのPC「起源」の多様性
 
最初のパーソナル・コンピュータ(Personal computer, 以下、PCと略記)をどのマシンとするかをめぐっては下記のSimon(1950)説、Kenbak-1(1971)説を初めとして様々な議論がある。
本稿では、personal computerとpersonal workstation、electronic desktop calculator、programmable calculatorを区別すべきである、という視点から議論を整理し、マイクロプロセッサを用いたAltair8800(1975)、Apple IIほか(1977)、Mark-8 (1974)、Micral N(1973)などのマシン、および、Alto(1973)、IBM5100(1975)などpersonal workstationの先駆的マシンに関して少し詳しく分析する。
詳しくは、2技術史および技術論の視点から見たPC定義を参照されたいが、 personal computerとpersonal workstationという二つ語の定義は論者によってかなり異なる。
 例えば極端な議論としては、「最初のコンピュータは、パーソナル・コンピュータであった。」(the first computers were personal computers)[Nelson D.L., Bell, C.G.(1986) “The Evolution of Workstations,” IEEE Circuits and Devices Magazine, July 1986,p.12]という議論がある。[この議論は、「歴史上最初期のコンピュータは、その創造者であるとともに、プログラマーでユーザーでもある個人が自らの特定の問題を解決するためのものであった」(dedicated to solving the specific problems of their creator/programmer/user)という意味で、最初期のコンピュータは、用途の面から見て”personal”なコンピュータであった、というものである。]
 また、Personal Workstationという用語が広く用いられるようになるのは、1980年代になってからであると思われるが、ここではそのような歴史的用語としてではなく、歴史を記述し概念的に分析するための技術論的用語として主として用いる。(概念的には、「Personal computing用マシンで企業で業務用に使われるコンピュータ」という概念規定に対応するコンピュータを指すための語として用いる。)

雑誌Byteの第4号(1975年12月号)のp.112のThe Byte Questionnaireでは、”What applications do you have in mind for your own personal computer system?”, “If you own or use a personal computer system, what is its CPU chip or main frame computer design?”というように、編集者の関心の対象がpersonal computer systemにあることが強調されている。
雑誌Byteの第2号(1975年10月号)のp.96のThe Byte Questionnaireでは”What is your primary interest In personal computing?”というように、personal computer systemではなく、personal computingという用語が使用されている。
 
Simon(1950)説

Simon

 
IBM650(1953発表、1954出荷)説

同WEB記事は、IBM650が「パーソナルコンピュータの最も古い原型(the earliest ancestor of the personal computer)」であるとしている。
というのも、IBM650以前のコンピュータ開発においては、新しく開発される機種は先行するコンピュータよりも計算能力が高いことをターゲットに開発されるのが一般的であった。
これに対して、IBM650は「手ごろな価格(affordable)で使いやすい」ということを目標に設計されていたからである。
実際、1950年代後半に利用可能であった他の機種と比べれば、IBM650は、「安い」(約50万ドルという価格)、「小さい」(一つの部屋の中に収まる)、「ユーザーフレンドリーである」(2進法ではなく10進法でプログラムできた)という特徴を持っていた。
 こうした意味でIBM650は「コンピュータ史において独自の位置を占めている」と、Miller(2001)は主張している。
なおIBM650の販売台数は、約2,000台であった。
 
The IBM 610 Auto-Point Computer(1957)説
  1. 同記事では、IBM610は、「(オフィスなどにおいて)一人の人間が利用することを意図したもので、なおかつ、キーボードで操作できる最初のコンピュータであったという意味で、最初のPCであった。」[The IBM 610 was the first personal computer,in the sense that it was the first computer intended for use by one person (e.g. in an office) and controlled from a keyboard]としている。
    また冷蔵庫サイズのBendix G-15 (1956)が「最初のPC(first personal computer)であると時々される」とした上で、「Bendix G-15は低価格であることを志向したものであるのに対して、IBM 610はpersonalであることを志向したものである」としている。また同じく「時々、最初のPCと呼ばれている装置」であるSimonに関しては、「機能が限定されたデモンストレーション装置」である、としている。[ Sometimes the refrigerator-size Bendix G-15 (1956) is called the “first personal computer”, but the 610 was running at least two years earlier. In any case the 610 was intended to be personal, whereas the G-15 was intended to be inexpensive.) (Another device sometimes named the first personal computer is Simon — also associated with Columbia University! — but it was a limited-function demonstration device.]
右図は同書のp.342に掲載されているIBM610システムの写真である。写真左手奥の大きなキャビネットの中に、「磁気ドラム、演算回路、紙テープ読み取り装置、および、紙テープに穴を空けてプログラムやデータを保存する装置」(a magnetic drum, the arithmetic control circuitry, a control panel, and paper-tape readers and punches for program and data )が納められている。

 
Olivettiの Programma 101(1965)説
  1. 著者は、大型計算機が主流であった時代にRoberto Olivettiは「真に革命的な何かにトライしよう」と欲し、「より低価格で、普通の人々が使えるコンピュータ、通常の机の上におけるコンピュータ」すなわちデスクトップPCを創ろうと考えた[Roberto Olivetti, then-CEO of the company, wanted to try something truly revolutionary. He wanted Olivetti to make a small computer that was more affordable and could be used by regular people, something that you could place on a regular desk. He wanted to create a personal desktop computer.]としている。
 
HPのHP9100A(1968)説
  1. Nelson,G. E., Hewlett, W.R. (1984) “The Design and Development of a Family of Personal Computers for Engineers and Scientists,” Proceedings of the IEEE Vol.72. No.3, March 1984, pp.259-268
    NELSONほか(1984,259)は、「ヒューレット・パッカードはエンジニアや科学者のための最初のパーソナル・コンピュータ、HP9100Aを1968年に売り出した」(”In 1968, Hewlett-Packard introduced its first personal computer for engineers and scientists, the HP 9100A.)と書き、HP9100A(1968)をHP最初のPCとしている。
     NELSONほか(1984,259)によれば、HP9100Aは「マイクロプロセッサを利用していること」という基準を除き、Nilles,Jack M. Carlson,F. R. Jr., Gray,P., Hayes,J. P. and Milton G. Holmen (1980) A Technology Assessment of Personal Computers,Vols I, II,III,Office of Interdisciplinary Programs, University of Southern California, Los Angeles, September 1980が挙げているPCの基準を満たすとしている。(なお下記に紹介するように、Nillesほか(1980)の報告書それ自体は同基準を満たす最初のマシンをAltair8800である、としている。NELSONほか(1984,259)はそうした認定に対して若干の異議を唱えているのである。)
     そしてそうした最初の製品HP9100A(1968)から、「メモリ容量(memory size)、多用途性(versatility)、価格性能比(performance/price)、使いやすさ(ease of use)」に関する性能向上がHP Series 200に至るまで三世代にわたってなされたとし、その製品進化(product evolution)を分析したのが同論文である。
HP9100A HP9100Aの右上のスロットに
rectangular floppy disksを
入れている図
rectangular floppy disks
間違った書き込みを防ぐために
カードの隅が切り取られている
[図の出典]
The Museum of HP Calculators, “HP 9100A/B”
[図の出典]
Osborne(1968)p.8のfig.8
[図の出典]
Osborne(1968)p.8のfig.9
 HP9100Aは上図の写真に示されているように、現代的な用語法で言えば、プログラマブルな多機能関数電卓と同一の外観である。ただしHP9100Aでは、無条件分岐、フラグ・算術比較による条件分岐、プログラムの停止・休止・ シングルステップ操作ができたし、「rectangular floppy disks」(長方形フロッピーディスク)と呼ばれている外部記憶装置、すなわち、プログラムおよびデータを読み書き可能な磁気カード(wallet-sized magnetic cards capable of holding up to two complete read/write memory images)による入力もできた。
rectangular floppy disksは、ビジネス、化学、エレクトロニクス、流体力学、生命科学、数学、物理学、統計、熱力学などに関する多様なアプリケーション・プログラムソフトの配布に利用された。5インチCRTを内蔵し、数字だけであるが、3行表示ができた。処理の実行時間は、加減算2ms、乗算12ms、割算18ms、平方根19ms、三角関数280ms、対数関数50ms、指数関数110msであった(Osborne,1968,p.9)。読み書き可能な内蔵メモリは、磁気コアメモリ(coincident current core memory)であり、1語6bitで368語、1語29bitで64語という容量であった。マイクロコードのためのプログラムROMの容量は1語64bitで512語であった(NELSONほか, 1984,p.259)。またHP9100Aの重量は18.1kgで、4,900ドルで販売されていた(Osborne,1968,p.9)。
 
HP9100関連資料
HP9100Aの特集号で下記のような記事が収録されている。
Osborne,T. E.(1968)“Hardware design of the model 9lOOA calculator,” Hewlett-Packard Journal,pp.10-13, Sept. 1968.
HP9100に関する解説、および、ダウンロード可能な画像がある
ダウンロード可能資料はほとんどないが、HP9100に関する解説、カタログ、マニュアルなどに関する情報が掲載されている

 

 
Kenbak社のKenbak-1(1971)説
  1. Wilson(2015)は、Kenbak-1(1971)を、「世界で最初の商用PC」(the world’s first “commercially available personal computer”)としている。
  2. CARDIAC、BRANIAC、GENIACなどボード形式の教育目的のコンピュータやオモチャのキット、および、プログラマブルな計算機はPCの定義から外れる[In defining the personal computer,we excluded plastic or cardboard educational and toy kit ‘computers’ (such as CARDIAC, BRANIAC and GENIAC), as well as programmable calculators. ]とした上で、最初のPCは何かを論じている。
    現在のPCにおいて一般的なキーボード、および、ディスプレイといったインターフェースに道を開いた重要な技術的発展として Don LancasterのTV Typewriter、および、Lee FelsensteinのVisual Display Moduleを位置づけている。( Don Lancaster’sTV Typewriter and Lee Felsenstein’s Visual Display Module paved the way to the keyboard and screen interface now universal on personal computers. )
    そのうえで最初の商用PC製品(the early commercial products)として、 John BlankenbakerのKenbak-l(1971)を位置づけている。
  3. 斯波逸雄(1995)『ザ・CPUウォーズ:コンピュータシーンを揺るがす大きな小石』光栄、pp.30-31
    「しかし、「アルテア」は決して最初のマイコンではなかった。1971年にジョン・ブランケンベイカーが製作した「Kenback-1」こそが世界初のパソコンとされている。これはスイッチと簡単な論理回路をつないだだけの簡単なものながら、750ドルもした。2年間でわずか40台程度を売ったに過ぎず、その後は忘れ去られていた。」
 

[出典]Kenbak,KENBAK-1 Brochure Computerworld,p.43
 
事務職員(Office Personnel)の訓練用コンピュータとして、$750で販売されたマシン。総生産台数は50台であった、と言われる。Kenbak社の宣伝文書によると、”The KENBAK-1 computer has been used alongside $25,000 computers in a university lab. The conclusion? The KENBAK-1 computer is an easier instrument to learn on, it is faster, it has more internal features, and it demonstrated the computing process more clearly.”とされている。
ただしKenbak-1のアドレスバスは8ビットであり、1アドレスに1バイトのメモリを割り当てていたので、メモリ容量は28=256バイトと極めて小さかった。[Kenbak(1971) KENBAK-1 Computer Programming Reference Manual,p. 1]演算処理装置はTTL回路で構成され、1秒間に1,000語の命令しかを処理できなかった。
 
Kenbak社発行の資料的文書
 

 
IntelのMCS-8(1972)説

[図の出典]Intelが発行した冊子intellec : A new, easy, and inexpensive way to develop microcomputer systems
同表紙の下部中央の社名Intelの下に、The leader in Microcomputersと記されているのは興味深い。


Intelは、Micro Computer System (MCS)というブランド名で二つの異なる製品を開発している。片方は低コストを強調し4bit CPUを採用した MCS-4(November 1971)であり、もう片方は汎用性(versatility)を強調し4bit CPUを採用したMCS-8(April 1972)である。MCS-8はIntellec 8という名称で記述されてもいる。
Mazor, Stanley (1995) “The History of the Microcomputer — Invention and Evolution” Proceedings of the IEEE, Vol. 83, No. 12 (DECEMBER 1995)は、「それらは二つの極めて異なる市場(two very different markets)をターゲットとしており、片方は低価格の制御装置(controller)市場を、もう一方は汎用パーソナル・コンピュータ(a versatile personal computer , PC)市場をターゲットとしている」と記述している。
 
IBMのSCAMP(1973)説
  1. IBMのGeneral Systems Divisionが製作した試作機SCAMP(Special Computer, APL Machine Portable)を、「革命的コンセプト」(revolutionary concept)に基づく世界最初のPCであるとし、IBMはマイクロコンピュータ分野における後発者ではない、と論じている。[“The year 1983 marks the tenth annivaersary of a mileston in the history of computing – the creation of SCAMP, the world’s first personal computer. On this occation it seems fitting to recall SCAMP not only as an IBM project and as a device, but also as a revolutionary concept.” “IBM has been called a latecomer in the micro-business. In reality, Big Blue invented the personal computer 10 years ago – a little before the world was quite ready for it.”(Friedl,1983,p.191)]
    IBM “IBM Personal Computer:Before the beginning: Ancestors of the IBM Personal Computer”でも、 “revolutionary concept” および “the world’s first personal computer”という本論文の位置づけが紹介されている。
[出典]PC_magazince, November 1983,p.194
 

2技術史および技術論の視点から見たPC定義

 
「最初のPCはどれなのか?」をめぐって様々な議論が存在するということは、「最初のPCをめぐる純粋に技術史的な認定」をめぐる問題だけでなく、「PCに関する適切な定義」をめぐる問題が存在することを示している。(同一の製品定義に基づいても「歴史的にどれが最初なのか?」をめぐる見解の差異が生じうるが、PCに関しては論者の視点によって製品定義が異なることが最大の問題である。)
 
PCという語の意味内容の社会的多重性と歴史的変容を的確に記述するための枠組に関する批判的検討のポイントとしては、下記のように「所有形態(購入形態)」、「利用形態」、「利用目的」、「使用場所」が挙げられる。
1) 個人が所有する(個人が購入する)コンピュータであり、企業や行政組織が所有するコンピュータではない
2) 個人が自分専用で利用するコンピュータであり、複数の人々と集団的に共用するコンピュータではない
3) 個人が自らの個人的業務や個人的ホビーのために利用するコンピュータであり、全社的業務・部門的業務のために使うコンピュータではない
4) 個人が自宅あるいは自室で使うコンピュータであり、会社などで使うコンピュータではない
 
なお「利用目的」は、さらに下記の二種類に分類される。
3-a 個人が自らの個人的業務処理のために利用するコンピュータ
3-b 個人が自らの個人的ホビーのために利用するコンピュータ
 
上記のポイントを押さえることで、PCという語の意味内容の社会的多重性と歴史的変容を分析するとともに、どのような意味でPCという語を用いるのがより適切なのかを記述目的との関連で明確化する必要がある。
すなわち、「PCに関する適切な定義」を論じる際には、「PCに関する適切な技術史的定義」、「PCに関する適切な技術論的定義」、「PCに関する適切な経営史的定義」、「PCに関する適切な経営学的定義」、「PCに関する適切な経済学的定義」、「PCに関する適切な社会学的定義」など定義をおこなう学問的視点の差異にも注意を払う必要がある。
なお、Tung, Chung C.(1974) “The “Personal Computer”: A Fully Programmable Pocket Calculator” Hewlett-Packard Journal, May 1974, pp.2-7のようにプログラマブルな電卓をPCと呼んでいる記事のような立場の存在にも注意を払いながら、 calculatorとcomputerの区別を理論的に論じる必要もある。
 
 
(1) PCが満たすべき「基本」的要件
 
技術史および技術論の観点からは、PCが満たすべき必要な「基本」的要件としては下記のような二つを挙げることができる。
 
  1. 個人的情報処理作業(personal computing)をターゲットとして設計・開発されたマシン
  2. 家庭(home computer field, home use)での利用を想定として設計・開発されたマシン
上記の基本的要件2を認めるかどうかで、基本的な対立がある。すなわち、「personal computingという個人的情報処理」という視点のみに注目する立場(以下、立場1)と、「personal computingという個人的情報処理」を「仕事における個人的業務のための情報処理」と「家庭における個人的作業の情報処理」に二分し後者に特に注目する立場(以下、立場2)に分かれる。
 
立場1と立場2の「対立」は、単に用語の定義の差異という問題としても理解できるが、「社会的にPCと呼ばれているモノは何か?」「社会的にPCと呼ばれているモノは歴史的にどのような経路で形成されてきたのか?」という問題の側面もある。
 
筆者は立場2の立場に立ち、「仕事における個人的業務のための情報処理」を主目的に開発されたマシンをPersonal Workstationと呼び、「家庭における個人的作業の情報処理」を主目的に開発されたマシンをPersonal Computerと呼ぶ。
 
歴史的には、「仕事における個人的業務のための情報処理」を主目的に開発されたマシンとしてのPersonal Workstationという製品セグメントに属する製品が1960年代末から1970年代前半に先行して開発され、「家庭における個人的作業の情報処理」を主目的に開発されたマシンとしてのPersonal Computerという製品セグメントに属する製品がそれよりも少し遅れた1970年代中頃から開発が進んだ。
 
David L. Nelson および C . Gordon Bellは、Nelson D.L., Bell, C.G.(1986) “The Evolution of Workstations,” IEEE Circuits and Devices Magazine, July 1986, pp.12-15のp.12においてPersonal Workstationの歴史的展開を下記のように、1950年代の「アイデア(着想)」期、1960年代のアイデアの例証を目的に大型計算機を用いた「プロトタイプ」期、1970年代におけるグラフィック・ディスプレイを用いた「インタラクティブなマシン」の時代を経て、Personal Workstationという概念をテストするために実際に用いられたXeroxの1970年代のAltoというプロトタイプ、および、1981年にApollo、Sun、XeroxからPersonal Workstation製品(product)が登場した、としている。(“Personal workstations, like other man-made objects appear strictly evolutionary, going through well-defined stages including the initial idea (1950s); prototypes using large computers to demonstrate the idea (1960s); early but limited use of interactive graphics displays (1970s); working prototypes to test the concept (Xerox Altos-1970s); product introduction by Apollo, Sun, Xerox (1981); full-scale use with too many suppliers (1983); healthy industry beginning a supplier shakeout (1985);”)
 
ただしPersonal Workstationの延長線上に、Personal Computerが開発されたのではない。それゆえ「製品開発論史」的視点からはPersonal WorkstationとPersonal Computerを峻別することが重要である
 
最初期のPersonal Computer製品に使用されたmoduleやtechnologyは、最初期のPersonal Workstation製品に使用されたmoduleやtechnologyとは歴史的に異なる系統のものである。
 製品がターゲットとする市場セグメントで許容される機能・性能の最低限度、製品に対する十分なdemandが期待できる最高価格(製品がターゲットとする市場セグメントの価格帯の上限値)、半導体製造技術の技術的発展段階の違いや製品コンセプトの違いもあり、最初期のPersonal Workstation製品は最初期のPersonal Computer製品と異なるものとなったのである。
 なお製品開発論的視点からは、当該製品を開発・製造する企業の事業的sustainability視点から見て確保すべき売上高(revenue)・利益額・利益率の最低値と、期待できる売上高(revenue)・利益額・利益率との関連も考慮すべきである。この問題は、「当該市場セグメントに属する製品の新規開発に必要な技術資源や資金力を持った企業がなぜその市場セグメントに属する製品の開発に積極的に取り組まないのか?」、「当該市場セグメントに属する製品をすでに開発済みであるにも関わらず、なぜその市場セグメントへの新規参入に積極的に取り組まないのか?」といったクリステンセンのdisruptive innovationの問題でもある。
 
NECのNEAC-M4(1969)やIBMのIBM 5100 Portable Computer (1975) がその大きさや重量において現代のタワー型デスクトップPCとほぼ変わらないにも関わらず、最初期のPersonal Computer製品とは異なり、microcomputerと呼ばれなかったのはそのことを象徴的に示すものである。
 
LSI技術を利用したmicroprocessorというmoduleの利用が最初期のPersonal Computer製品の際だった特徴である。最初期のPersonal Computer製品がmicrocomputerと歴史的に呼ばれたのはそのためである。
 
なお基本的要件2を満たすことは、歴史的には基本的要件1を満たすことであった。(現代では、Internet of thingsによるintelligent house systemなど、基本的要件2を満たすが、基本的要件1を満たさない製品も存在するが、その当時は一般的ではなかった。もちろん家電製品や自動車製品における組込型CPUシステムは家庭用途での情報処理マシンとしてマイクロプロセッサメーカーは認識していたが、社会的に広く認識されていたわけではない。数多くの既存技術者にとってもマイクロプロセッサは、「未知」のモジュールであったため、1970年代にはトレーニングキットとしてのマイコン・キットが開発・販売されたのである。)
 
アメリカのPC雑誌Byteの創刊号においてHelmers, C.T.(1975) “What is BYTE?,” Byte, Issue 1, September 1975, pp.4-6が“the home brew computer applied to personal use”(p.4)と記していることなどに示されているように、コンピュータを自作して低コストで自分専用の個人的コンピュータ、すなわち、パーソナル・コンピュータを作ることがその当時の一般的「マニア」の夢であった。
現代と異なり、自分専用の個人的コンピュータを持つことは、1970年代中頃当時は自作コンピュータ(home brew computer)による方法が最も適当なルートであった。コンピュータ本体は自作しないとしても、周辺機器との接続やアプリケーションソフトなどとの関係において自作的要素は必要であった。
Helmersが前記の論考に続けて書いているHelmers, C.T.(1975) “The Impossible Dream,” Byte, Issue 1, September 1975, p.6にあるように、「パーソナル・コンピュータを持つ」という昔からの夢(old dream of “having a personal computer.” )は、Intelの8008などのマイクロプロセッサの登場により実現可能になったのである。
 
こうした視点からは、下記に記すようにIntelのマイクロプロセッサを用いたMicral N(1973)、Mark-8(1974)、Altair8800(1975)などが最初のPCとされることになる。
 
(2) PCが満たすべき「付随」的要件
 
上記の基本的要件から派生する「付随」的要件として、下記のような諸要件を挙げることができる。
 
  1. (個人でも取り扱える、あるいは、各個人が1台を専用で使うに支障のない)軽量で小さなマシン[注1]
  2. (個人でも買える)低価格なマシン
  3. (普通の人々が)使えるマシン、あるいは、使いやすいマシン
[注1] 「軽量」性および「小ささ」には、室内に置く家庭用機器としての「絶対」的限界=適切性(室内に置く大型の家庭用機器としての代表例としては家庭用大型冷蔵庫があるが、それを超える重量・大きさのモノは許容されない。なおかつ書斎などに置くのであれば、家庭用小型冷蔵庫の重量・大きさが上限値として想定される)という問題と、考察の対象とする当該時点におけるコスト的および技術的に可能な「相対」的限界=適切性という問題を考慮する必要がある。
 後者の問題は、製品セグメントの構成が歴史的にどのようなものであったのかという問題、すなわち、PCという製品セグメントに属する製品として必要な仕様・スペックの範囲(上限性能および下限性能)に関する歴史的意識のあり方はどうであったのかという問題である。
 
(3) broad target向けの、「汎用的」で「使いやすい」製品としてのPC
 
「(普通の人々が)様々な場面で使えるマシン、あるいは、使いやすいマシン」という上記の付随条件は、「購入してすぐに利用可能なこと」としてさらに下記のように具体化することができる。これらの条件を満たすかどうかが、製品セグメントの規定、および、製品の市場規模と関連している。
  1. 完成品であること(組立作業やハンダ付けなどの工作テクニックが不要なこと)
  2. 利用可能なソフトウェアがあること(開発プログラミング言語ソフトウェア、あるいは、アプリケーションソフトウェアがあること)
  3. 分かりやすい使用説明書・マニュアルがあること
 
3.最初のPCに関する主要な諸議論の検討
 
インテル社製のマイクロプロセッサーIntel8080を採用し、マイクロソフト社のBASICプログラミング言語ソフトウェアを最初に搭載したMITSのAltair8800(1975)を最初のPCとする見解が一般的であるが、アップルのApple II(1977)などを世界最初のPCとする見解も根強い。
 さらにまた現在のPCがネットワーク対応でGUI採用のマシンであることを重視し、そうしたマシンの起源としてXerox社のAlto(1983)を最初のPCとする見解もある。
 ここではそれに加えて汎用的マシンとしての実用性を持ち社会的認知に大きな貢献をしたIBMのIBM Personal Computer(1981)を最初のPCとする見解を取り上げる。
 
(1) 最初のPC=「Altair8800(1975)」説
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Popular Electronics誌の1975年1月号の表紙 - World’s First Minicomputer kit to Rival Commercial Models…”(市販のミニコンピュータと肩を並べる、世界最初のミニコンピュータ・キット)というキャプションを付けられたAltair8800
 
1. Altair8800を「最初のPC」とする議論
Nilles,Jack M. Carlson,F. R. Jr., Gray,P., Hayes,J. P. and Milton G. Holmen (1980) A Technology Assessment of Personal Computers,Vols I, II, III,Office of Interdisciplinary Programs, University of Southern California, Los Angeles, September 1980
Nillesほか(1980)は、右図のように、小型の計算用マシン(small computing machines)として、calculators、インテリジェント端末 (intelligent terminals)、インテリジェント・デバイス (intelligent devices)、ミニコン(minicomputer)と並べてPCを挙げている。
この図に示されているように1970年代後半の時点では、計算用マシンとして小型であるという意味では、ミニコンもPCと同じく小型であった。したがって、PCとミニコンの区別のためには、小型性以外の要件が必要である。


[図の出典]Nillesほか(1980) p.9
 物理的サイズの小型化の流れ「メインフレーム → ミニコン → PC」の中で、ミニコンを小型化したものとしてPCを位置づけるようなダウンサイジング論もあるが、「PCの技術論的位置 —- ダウンサイジング論批判」で論じたように、これはあまり適切ではない。
 Nillesほか(1980)は、PCの要件の一つとして「小型」性を挙げながらも、それ以外にどのような要因が必要なのかを論じた最初期の著作である。
 Nillesほか(1980)の議論は、下記で詳しく紹介したが、基本的にはPCの要件を適切に論じている。
Nillesほか(1980)は、個人利用という点では「スタンドアローン利用」、「インタラクティブなマシンであること」が、各個々人の個人利用を可能にする価格帯であることの必要性からは「低価格であること」が、利用が特定の専門家に限定されないという点では「汎用的であること」、「できあいのプログラム・ソフトウェアを利用できること」(Nillesほか(1980)は明示的に記載していないが、「コンピュータ技術やコンピュータ操作のための訓練を必要としないこと」ということを言い換えるとこのように表記できる)、「インタラクティブであること」などが必要となることを先駆的に論じている。
 ただし「マイクロプロセッサを利用している」ことという条件は、「低価格」性という条件を満たすためのその当時の技術的条件として派生的な位置づけにすべきであると思われる。
 
同報告書Vol.Iのp.1(pdfファイルのp.6)では、「PCが何であるのか?」を記述するよりも、「PCが何でないのか?」を論じる方が容易であるとし、下図のような表でPCの位置づけを示すとともに、PCはポケット計算機、単なるコンピュータ端末、ホームセキュリティシステム、高価な大型計算機ではない、と論じている。そうした否定的規定に対応して、PCは下記のような特性を持つ、としている。
 
  1. 小型であること[small]
  2. 汎用的であること[general purpose computer]
  3. 先進的なマイクロ・エレクトロニクス技術を利用していること[using advanced microelectronics technology]
  4. 個人利用を想定して設計されていること[is designed to be conveniently operated by a single individual]
  5. コンピュータ技術やコンピュータ操作のための訓練を必要としないこと[ need not have extensive(or even any) prior trainingin computer technology or operation]
(Rather than try to describe what a personal computer 1s we more often find it easier to describe what itis not. The personal computer is not a pocket calculator, a simple computer terminalthat must be connected to a bigger computer somewhere, a smart device likea microwave oven or home security system, or a roomsized, expensive, impersonal machine (the image that flashes through the minds of most people when they hear the word “computer”). What is left, then? A personal computer is a small, general purpose computer, using advanced microelectronics technology, which is designed to be conveniently operated by a single individual,an individual who need not have extensive(or even any) prior trainingin computer technology or operation.)
 
また同報告書Vol.IIのp.1-1(pdfファイルのp.8)ではPCの特徴として、「スタンド・アローン利用」、「汎用的情報処理能力」、「個人にとって手頃であること」(affordable by an individual)を挙げながらも、PCは個人所有のコンピュータや、家庭利用のコンピュータに限定されない、としている。(Its greatest virtue is thatit is the most succinct term which still emphasizes one of the primary characteristics of the technology with which we areconcerned:the existenceof a stand-alone, general purpose information processing capability which is affordable by an individual. However, our study is not confined to computers that are solely owned by individuals, or to computers which are only used in the home, for that matter.)
 
さらに同報告書Vol.IIのp.9では、PCの要件として下記が挙げられている。
 
  1. スタンドアローンで利用するマシンであること[stand-alone]
  2. 汎用的コンピュータシステムであること[general purpose computer system]
  3. マイクロプロセッサを利用していること[containing one or more microprocessors]
  4. 個人あるいは小グループ(2人~5人)によって購入されるか、操作されるマシンであること[is purchased and/or operated by an individual or small (say, 2 to 5) group of individuals]
  5. インタラクティブなマシンであること[It requires interaction at a conversational level between it and its operators at least part of the time it is functioning(i.e., it is not used solely for process control or similar,non-interactive utility functions)]
  6. 個人がそのマシンの利用で個人的に得られる便益に応じた購入価格であること[ Its cost is such that the individual owner can justify its purchase on the basis of personally received benefits, financial or otherwise.]
  7. 個人的所有者はコンピュータの専門家である必要はない[The individual owner need not be a computer professional]
  8. コンピュータの利用目的は、レクリエーション、教育、ビジネスのためだけである必要はない[nor need the computer be used solely for recreational, eduational or business purposes]
 
A personal computer (PC) is an essentially stand-alone,general purpose computer system, containing one or more microprocessors, which is purchased and/or operated by an individual or small (say, 2 to 5) group of individuals.It requires interaction at a conversational level between it and its operators at least part of the time it is functioning(i.e., it is not used solely for process control or similar,non-interactive utility functions). Its cost is such that the individual owner can justify its purchase on the basis of personally received benefits, financial or otherwise.The individual owner need not be a computer professional nor need the computer be used solely for recreational, eduational or business purposes.
 
同報告書Vol.IIのp.1-2(pdfファイルのp.9)ではさらに、「手頃な」(affordable)ということを、相応のアプリケーション・ソフトの組み合わせで、500ドルから1万5千ドルの範囲内の価格(Clearly, there may still be a little ambiguity in this delineation of the problem area, but the key words that have guided our research thus far are “affordable” (that is, a personal computer is not a contemporary minicomputer but something which, together with a reasonable array of applications software, costs anywhere from $500 to $15,000)と規定している。
また同報告書Vol.IIのp.2-5(pdfファイルのp.17)では、上記のような基準を満たす「最初に大量生産されたPCという栄誉」はAltair8800に属するであろう(The distinction of being the first mass-produced personal computer(PC) probably belongs to the ALTAIR 8800 marketed in late 1974 by the small Albuquerque-based firm, MITS Inc.)、としている。
 
Kidwell P.A., Ceruzzi,P.E.(1994) Landmarks in Digital Computing , Smithsonian lnstitution Press[(渡邉了介訳、1994)『目で見るデジタル計算の道具史』ジャストシステム]
PCの要件として、「技術」的要件、「経済」的要件、「社会的認知」要件の3種類が必要だとして、「パーソナル・コンピュータという発明の理解には、「パーソナル」であるコンピュータの技術的側面(technical components)の理解とともに社会的(social)側面の理解を含んでいなければならない。パーソナル・コンピュータというからには、低コストかつ十分なコンピュータ能力という技術的かつ経済的な要請(requirements of low cost and sufficient computing power)を満たすだけでなく、その所有者にパーソナルな装置(personal device)だと認知してもらわなければならない。」 (原著 p.93、邦訳 p.101)と書いている。
そしてそうした立場から、LINC(1962)について、「1962年、DECはMITのリンカン研突所と共同で、ワード長が12ビットのLINCというコンピュータを開発した。これは実験室の各種コントローラや、研究者が1人で使うコンピュータ(computer for a single researcher)という用途を想定していた。その意味ではLINCはパーソナル・コンピュータだったが、4万3,000ドルという価格では個人用に購入するのは無理だった。」(原著 p.77, 邦訳 pp.84-85)として、技術的要件は満たしているが、その他の要件は満たしてはいないとしている。
 著者達は、「「パーソナル」という言葉が意味するものを技術的にも社会的にも理解していた」集団としてhobbyistを位置づけるとともに、そのhobbyistのニーズに応えた最初のPCとしてAltair8800を挙げている。すなわち、Altair 8800が「パーソナル・コンピュータ時代の幕開けを告げた」(原著 p.94, 邦訳 p.103)と書いている。
なお、TRS-80, PET, Apple II は「Personal Computer:The Second Wave」(原著 p.96, 邦訳 p.106)の中に位置付けている。
 
Abbate, J.(1999) “Getting small: a short history of the personal computer,” Proceedings of the IEEE, 87(9), pp.1695 – 1698
「computingの歴史の大半は、政府、大企業、大学の研究者によって支配されてきた。しかしマイクロプロセッサからPCへの飛躍は、こうした集団によって成し遂げられたのではない。PC革命をスタートさせたのは、アマチュアのcomputer hobbyistたちである。」「最初のマイクロコンピュータはAltair8800であった」(p.1696)
 
Ceruzzi, P.E.(1998, 2003) A History of Modern Computing, MIT Press [(宇田理・高橋清美監訳,2008)『モダン・コンピューティングの歴史』,未来社]
「Altairの設計者のH. Edward Robertsが、PCの発明者としての称賛を受けるのにふさわしい」(p.227)、「Altairのような原始的な最初のPC」 (p.216)と書くとともに、Apple II を「PCの第二の波、1977-1985」(p.263)の中に位置付けている。
 
Ceruzzi, P.E.(2010) “‘Ready or not, computers are coming to the people’: Inventing the PC,” OAH Magazine of History, 24(3), pp.25-28
Ceruzzi(2010,p.26)ではAltair8800を「最初のPCキット」と呼んでいる。
 
矢田光治(1979)『マイコンが使えるまで』誠文堂新光社
「現在、いろいろのパーソナルコンピュータが市場に出回っているが、1975年1月に発表されたMITS社のAltairマイコンキットがその最初のものといえよう」(p.142)
 
脇英世(1998)『パーソナルコンピュータを創ってきた人々』ソフトバンク株式会社出版事業部
「世界初のパソコンであるオルテア-8800」(p.3)
 
Swedin, E. G., Ferro, D. L. (2007) Computers: The Life Story of a Technology,Johns Hopkins U.P.
Altair8800を「最初のPCとする」とする記述はないが、下記のような記述からAltair8800をそのように位置づけている、と判断できる。

p.xviiで、Altair8800を「PCをつくるための、商用のエレクトロニクス・キット」(an electronics kit to build a personal computer, dor sale)と記述している。
p.83で、8008ではなく8080が「最初のPCの基礎となった」(the basis of the first personal computer)としている。
p.90では、Altairによってmicrocomputer revolutionが始まった、としている
p.95では、IBM PC(1981)の登場でmicrocomputerがPCと呼ばれるようになった、としている。
 
Roberts, H. Edward (1995) “Roberts, Ed : in conversation with David Greelish” Computer History Museum, Catalog Number 102740010
MITSの創業者でAltair 8800の生みの親である技術者のEd RobertsもAltair8800が最初のPCである、と主張している。彼は、Intel8008を使用したMark-8は、Intel8080を使用したAltair8800に比べてアドレス可能なメモリ空間が小さい(CPU自体としてはIntel 8080が最大で64KBであるのにIntel8008が16KBと1/4である。Ed RobertsによればMark-8に搭載されていたメモリは8KBである)ことを根拠として、「そんなに小さいメモリでは何もできなかった。」「Mark-8はもともとはコントローラーとして企画され製造された」と批判し、「Altair以前にPCはなかった。AltairとともにPCが生まれた。」と主張している(Roberts,1995,p.16)。
なおその当時、CPUの命令処理能力に関してIntel8008は0.06MIPSと、その後継CPUのIntel8008の0.64MIPSの1/10以下と極めて低いことが問題とされていた。
 
Charles W. L Hill, Gareth R, Jones (2007) Strategic Management: An integrated Approach, Prentice Hall, p.192
Altair8800が商業的に成功した最初のPCであるとしている[”In 1975, the PC industry was born after new microprocessor technology was developed to build the world’s first commercially available PC, the Altair 8800, sold by MITS.”]
 
本稿は、「最初のPCが何であるとするかに関する主張は、数多くあるし定義に依存する。最初の小さなコンピュータの一つは、ヒューレット・パッカードが1972年につくったデスクトップモデルである。それは、[プログラミング]言語、記憶装置、キーボード、端末ディスプレイといった基本的なモノをすべて持っていた。しかしながらそれは科学者や技術者に向けてつくられたものであったため、一般市場で入手できるようなものではなかった。購入可能な最初のPCはAltairt8800である。」(The claims for the identity of the first PC are numerous and depend on definition. One of the first small computers was a desktop model built by Hewlett Packard in 1972. It had all the basics: a language, a memory storage device, a keyboard, and a display terminal. However, because it was built for scientists and engineers, it was not available on the general market. The first PC available for purchase was the Altair 8800.)としている。
 ただし「一般市場向けに販売された組立済みの最初のPCはApple Iである」(The first PC that was fully assembled and offered for sale on the general market was Apple I.) としている。
 
2. Altair8800を「最初のPC」とすることへの反対論の論拠
  1. Altair8800は低価格ではあったが、図1のキャプションにあるように、完成品型ではなく組立作業が必要なマイコン・キットとして最初に発表された。
  2. テレタイプやキーボードなどの入力装置およびフロッピーディスク・ドライブ(以下、FDDと略)などの記憶装置を別途調達する必要があったが、それらはAltair8800本体価格の3 – 4倍とかなり高価格であった。
  3. 発売初期にはそのマシン上で動作するプログラミング言語ソフトがなかった。
[注] アメリカのPC雑誌Byteの創刊号(September 1975) p.7のAltair社の広告によれば、Altair8800本体のキット価格$439に対して、テレタイプASR-33の価格が本体価格の3倍以上の$1,500になっている。Byte,No.4(Dec. 1975) p.49のAltair社の広告によれば、コントロール装置、デバイス・ドライバー・ソフトウェア付きFDD装置も、キット$1,480、組立済$1,980と高価格であった。
 
3. Altair8800は「最初のPC」ではないが、「商業的に成功した最初のPC」とする議論
Allen, R.A.(2006) “What Was The First Personal Computer,” in Allen, R.A. A Bibliography of the Personal Computer: the books and periodical articles, Allan Pub., pp.73-82
IBM 610 Auto-Point Computer(1957)を最も最初のPCであるとする一方で、「商業的に成功し、”personal” technological revolutionを始めた最初のPC」はCPU性能、BASICプログラミング言語ソフトウェア、低価格性からしてAltairである(p.80)と主張している。
 なお富田倫生(1994)『パソコン創世記』阪急コミュニケーションズも、巻末の年表の2頁目で、Altair8800を「大衆的なパーソナルコンピューター運動に火をつけ」たマシンとして記している。(富田倫生(1994)『パソコン創世記』では、何が最初のPCであるのかは明示的には記載されてはいないが、「後藤はICテスターの開発を通じて、PDP-8を自分自身で独占することのできる「パーソナルコンピューター」として徹底的にしゃぶりつくしていった。」(p.32)というような表現からは、personal computing用マシンとして「パーソナルコンピューター」を規定しているように思われる。)
 
(2) 最初のPC=「1977年のApple IIほか」説
江村潤朗編(1986)『図解 コンピュータ百科事典』オーム社
Altair8800はPCのルーツ(p.147)ではあるがキットであるからPCではないとしてApple II、PET2001、TRS-80などとともにPC時代が始まったとしている(p.137, p.147 , p.166)
 
滝田(1997)『電脳のサムライたち ― 西和彦とその時代』実業之日本社
滝田(1997,p.6)も、「1977年、パソコンの歴史はこの年にはじまる。『アップルⅡ』(アップル社)、『PET2001』(コモドール社)、『TRS80-1』(タンディ社)が発売された1977年がのちに”パソコン元年”と位置づけられることにより、それ以前の歴史は前史となり、この年を境にパソコンがその歴史を刻みはじめることになる。」というように、Apple II、PET2001、TRS-80が発売開始された1977年がPC元年である、としている。
 
Campbell-Kelly, M., Aspray, M.(1996) Computer : a history of the information machine, BasicBooks[(山本菊男訳,1999)『コンピューター200年史』海文堂出版]
Popular Electronics, January 1975の表紙などの記述を根拠として、「Altair8800は、よく最初のPCと記述されるが、これはその値段が非常に安かったので個人が買うことができたという意味でのみ正しい。それ以外はすべての点でAltair 8800は伝統的なミニコンであった」(原書p.240, 邦訳pp.244- 245)とし、1977年にPC時代が始まった、としている。
 
John Markoff(1996) What the Dormouse Said: How the Sixties Counterculture Shaped the Personal Computer Industry, Penguin Books[ジョン・マルコフ(服部佳訳,2007)『パソコン創世 第3の神話』NTT出版]
本書は、personal computing用のマシンを、PCとする立場に立っており、序文の中で、下記のように書いている。
「personal computingの発明に関してよく見られる二つの見解がある。/第一の見解は、PCを、Stephen WozniakとSteven Jobsという、computer hobbyistからentrepreneurになった二人の若者に根差すと、するものである。」(p.1)(“There are, generally speaking, two popular accounts of the invention of personal computing. The first roots the PC in the exploits of a pair of young computer hobbyists–turned–entrepreneurs,Stephen Wozniak and Steven Jobs.”)
「第二の見解は、1970年代初頭の伝説的なパロアルト研究所がpersonal computingの生誕の地である、とするものである。・・・今日のデスクトップ・コンピュータおよびポータブル・コンピュータの先駆けとなる、Altoと呼ばれるコンピュータが[同研究所に]集められた有能な人材たちによって、生み出された。」(p.1)(”The second account locates the birthplace of personal computing at
Xerox’s fabled Palo Alto Research Center in the early 1970s. There, the
giant copier company assembled a group of the nation’s best computer
scientists and gave them enough freedom to conceive of information
tools for the office of the future. Out of that remarkable collection of
talent came a computer called the Alto, the forerunner of today’s
desktops and portables. “)
 
SE編集部編(1989)『僕らのパソコン10年史』翔泳社
Altair8800を「最初のマイコンキット」(p.11)とするとともに、1977年に「最初の個人用コンピュータがアメリカで製品化された」(p.11)としApple IIからパーソナルコンピュータの歴史が始まった(p.12)としている。
 
SE編集部編(2010)『僕らのパソコン30年史』翔泳社
p.16の見出しは、「1977年はパーソナルコンピュータ元年、アップルII、PET2001、TRS-80が発売」となっている。
 
山田昭彦(2014)「パーソナルコンピュータ技術の系統化調査」『国立科学博物館技術の系統化調査報告』Vol.21, pp.217-319
Apple IIが「最初のパーソナルコンピュータとされている」(p.221)としている。
 
Rogers, E.M., Larsen, J.K. (1984) Silicon Valley Fever, Basic Books[ロジャーズ, E.M.,ラーセン, J.K.(安田寿明、アキコ・S・ドッカー共訳、1984)『シリコン・バレー・フィーバ』講談社, p.21]
「アップル・コンピュータ社、タンディ・ラジオ・シャック社、そしてコモドール社のおかげで、パーソナルコンピュータ市場が出現した」(原書p.5, 邦訳p.21)としている。
 
 
(3) 最初のPC=「ゼロックス社のAlto(1973)」説
1. Alto(1973)を「最初のPC」とする議論
基本的要件の2、および、付随的要件の2は満たさないこと、および、市販されていない製品であることから、最初のPCとすることへの反対論も根強い。
しかし、ネットワーク、レーザープリンター、マウス、GUIなどその設計思想の斬新性で現代的PCの祖形ともいえるマシンであることから、実用化された最初のPCと強く主張する論者が下記のように少なくない。

Smith, D.K., Alexander, R.C. (1988) Fumbling the Future: How Xerox Invented Then Ignored the First Personal Computer, William Morrow[山崎賢治訳, 2005『取り逃がした未来 ― 世界初のパソコン発明をふいにしたゼロックスの物語』日本評論社]
Smithほか(1988,p.5)
 
喜多千草(2005)『起源のインターネット』青土社
喜多千草(2005)は、PC定義の問題を意識的に取り上げており、Ceruzzi, P.E.(1998, 2003)が「使いやすさ」と「安さ」の2点をPCの定義としているとした上で、「安さ」ではなく、「使いやすさ」という視点からPC定義の問題を論じている。(pp.13-15)
すなわち同書は、「階層的なネットワークと、その端末におけるパーソナル・コンピューティングのスタイルができあがってゆく過程」(p.12)を描くことを意図したものであり、Altoを中心とするアルト・システムの持つインターネット技術史上の重要性を、「時分割処理システムの発展的解消」としての「小型コンピュータのネットワークシステム」という点に求めている。すなわち、Altoによって、LAN「端末のコンピュータ利用スタイル(パーソナル・コンピューティング)の誕生」(p.13)がなったとしている。
 言い換えれば同書は、以下の引用文に示されているように、Personal Computingの意義をLAN端末としての個人的利用に位置づけており、PCの基本的要件としてネット利用可能性がある、とする立場に立っている。

「時代は90年代も半ばになると、本格的なインターネット普及の時代にはいり、パーソナル・コンピュータを持つということ自体よりも、ネットワークにつながった端末としてパーソナル・コンピュータを使うというスタイルこそが真に論ずべき対象であったという認識が生まれる。このとき改めて、アルトが単体のコンピュータとしてではなく、ネットワーク端末用のパーソナルなコンピュータとして生まれたという事実が、歴史的に再評価されることになった。なぜなら、アルト・システムは、アルトというそれだけで斬新なスタイルをもったパーソナルなコンピュータを、イーサネットというネットワークの方式でつないだローカルなネットワークであったからである。同種のコンピュータをつなぐネットワークは他にも存在したが、このアルト・システムでは、アルトを端末のクライアントとしたファイル・サーバ、プリンタ・サーバ、メール・サーバ、ネットワーク・サーバをもった、最初期のクライアント・サーバ・システムを実現し、さらに、他社のコンピュータ・ネットワークとの接続や、時分割処理システムの広域ネットワークであるARPAネットとの接続のための、階層的なプロトコルを備えていた。つまりアルト・システムは、インターネット時代のパーソナル・コンピューティングのひな形だったのである。」(p.15)
 
 
 
2. Alto(1973)を「最初のPC」とする議論への反対論
基本的要件の1を満たす、十分な実用的性能を持ったマシンとしては、確かにAlto(1973)が最初期である。すなわち、Alto(1973)がPersonal computing用途の最初の実用的マシンであることは確かである。
 しかし「業務」用マシン(Workstation)であるという点に着目すれば、下記のようにAltoはPersonal computerではなく、Personal Workstationとして位置づけるべきであろう

 
a. Alto=「Personal Workstation」説 — Bell(1988)
Altoは、その処理用途および製造コストから考えれば、Bell(1988, 原書p.6, 邦訳p.8)の記述のように、パーソナル・ワークステーションの歴史的流れの中に位置づけるべきマシンである。
Bell, G. (1988) “Toward a History of (Personal) Workstations,” in Goldberg, A.(ed.) A History of Personal Workstations, Addison-Wesley Professional, pp.4-36 [ACMプレス編(村井純・浜田俊夫訳,1990)『ワークステーション原典』アスキー, pp.6-52]
ただしBell自身は、PCの基本的要件として1のみを想定し、「パーソナル・ワークステーションは、(50ポンド[22.8kg]以上と)相対的に重く、かつ高価なパーソナル・コンピュータである」[A personal workstation is a relatively large (greater than 50 pounds) and expensive ($10,000 to over $100,000 in 1985) personal computer, with the appropriate transducers, used by a professional to carry out generic (e.g., calculation, mail, and communication) and profession-related activities such as music composition, financial modeling, or computer-aided design of integrated circuits.]というように、Peronal WorkstationはPersonal Computerの一種であると規定している。

 

しかしその一方でBellは、p.8のFIGURE 1 Computer system prices at introduction and Classes versus timeにおいて、Personal Workstationを、Altair, AppleII, TRS-80, Pet2001, Commodore 64などのHome Computersや、IBM PCsとは異なる製品カテゴリーとして、Workstationを位置づけている。Workstationに属するマシンとしては、StarやSUNなどのマシンをあげている。
しかもBell(1988)は、p.8のFIGURE 1においてWorkstation製品セグメントをminicomputer製品セグメントの派生的セグメントとして位置づけている。
bell-p8-fig1-computer-system

 

さらにまたBellは、Personal Computing用マシンをPCと定義する立場に立ちながらも、Home Computersや、IBM PCsといった製品カテゴリーを、Personal Workstationとは異なる製品カテゴリーとするとともに、Home Computersや、IBM PCsといった製品群の歴史的ルーツをAlto(1973)には求めていない

 
b. Workstationの二つの源流としての、TSS端末とPC

杉田忠靖(1990)「パーソナルコンピュータとワークステーション」田丸啓吉・山中和正編『パソコン・マイコン百科』朝倉書店、pp.143-153は、「今日のワークステーションが生まれるに至る背景には、コンピュータのTSS端末の流れと、パーソナルコンピュータの発展の流れに遡る必要がある。」(p.148)として、「TSS端末と分散処理用コンピュータが一体化」(p.149)したものとしてのワークステーションと、「パーソナルコンピュータの上位イメージ」(p.149)としてのワークステーションという二つの流れで理解すべきだ、としている。

 
(4)「最初のPC」=「Intel8008を用いたマシン」とする主張
Helmers, C.T.(1975a) “The Impossible Dream,” Byte, Issue 1, September 1975, p.6
Helmers(1975a)p.6は、「パーソナル・コンピュータを持つ」という昔からの夢(old dream of “having a personal computer.” )は、Intelの8008などのマイクロプロセッサの登場により実現可能になった、と記している
 
Helmers, C.(1975b) “The State of The Art,” Byte,Issue 3, November 1975, pp.6-7, p.88
Helmers(1975b)は、Small Computer分野の中の、Home Computer分野に対応したマシンに関して下記のように述べるとともに、Altairのインパクトの大きさを認めながらも、Intel8008を用いたマシンを第1世代のPCとし、そうした第1世代の「パーソナルコンピュータ・システムの第一世代」(the “first generation” personal computer systems)の後に、Intel 8080を使用したMITSのAltairが登場したとしている。

「Byteのような雑誌が存在可能であるという事実(同雑誌が熱狂的に受け入れられていることをさておき)は、home computer分野において最近1、2年の間にかなりの変化が生じたということの証拠である。」(The fact that a magazine such as BYTE can even exist (let alone get its enthusiastic reception) is evidence of the considerable changes which have occurred in the home computer field over the past year or two.)p.6
8008を用いたコンピュータキット製品の最初の波、および、その第一世代のパーソナルコンピュータシステムの勃興後の1975年には、同じ600ドルでもっと数多くの機能[を持った製品]を買うことができるようになった。1975年に、我々はMITSのAltairの登場を見たのである。」(p.6)(But now, in 1975 after the first wave of 8008 computer kit products and the rising tide of the “first generation” personal computer systems, that same $600 can buy a lot more function. In 1975 we saw the introduction of the MITS ALTAIR)
 
1. 「Mark-8 (1974)」説
キット型製品であるが、Radio Electronics誌の1974年7月号の表紙には右のように、”Build the Mark-8, Your Personal Minicomputer”と銘打たれて「個人用ミニコンピュータ」とされている。

 
2. 「フランスのRéalisation d’Études Électroniques 社(以下、R2Eと略)のMicral N(1973)」説
Fagginの見解
Faggin(1984) “Interview : Federico Faggin,” Computerworld, July 30 1984,p.6の見解

最初にマイクロコンピュータをつくった企業はフランスの会社R2Eである。その後、IMSAIやMITSといった他の会社が探し求めていた製品を導入した。それらの会社が、原始的なOSを備えた小さな、本来的なマイクロコンピュータを造り上げたのである。/[ただし]その市場は主としてホビイストのためのものであり、強力なソフトウェアはまだ存在していなかった。(The first company to produce a microcomputer was a French company, RPE. Then other companies like [IMSAI. Inc.] and Mits introduced products that were solutions looking for a problem. They produced small, generic microcomputers with primitive operating systems./The market was primarily for hobbyists, and powerful software was nonexistent.)
Fagginは上記引用でフランスの会社RPEとしているが、これはR2E (Réalisation d’Études Électroniques)の間違いと思われるので、訳文ではR2Eとした。
 

Micral Nに関する説明
Micral N(1973)は、完成品型製品であり、アセンブラーをROMで提供しており、テレタイプでプログラム入力できた。そうした意味でアセンブリ言語という低級言語ではあるが、プログラム動作ができた低価格のコンピュータである。
なおR2E社は、Micral N(1973)に引き続き、1974年には、Intel 8008の動作周波数をMicral Nの2倍の1MHzにしたMicral G、および、Intel 8080を採用したMicral Sを出している。
 なおRéalisation d’Études Électroniques (1974b) Micral S Microcomputer Handbook, p.18によれば、Micral Sは、Micral N用に書かれたプログラムを動作させることができた。
[https://ia601605.us.archive.org/15/items/bitsavers_r2eMICRALSokAug74_2516150/MICRAL_S_Microcomputer_Handbook_Aug74.pdf]

 
 
(5) Personal Computing用マシン、Portable Personal Computerの「IBM 5100 portable Computer(1975)」説
IBM は、IBM 5100 portable Computer (1975)に関連して、1975 年 8 月 7 日には「The ornamental design for a portable personal computer」というclaimの特許(USD 243460)を「Portable Personal Computerというタイトルで申請している。
1975年9月9日に記者発表されたIBM 5100は、$8,975から$19,975と個人が気軽に買える価格ではなかった(内蔵メモリ量や付属の開発プログラミング言語ソフトウェアによって価格が異なる)が、その外形寸法が 44.4cm×20.3cm×61.0cmで、重量は23kgと現代のタワー型デスクトップPCとほぼ同じ大きさ、重量であった。なおかつ下記の写真にあるように、personal computing用マシンとして位置づけられていた。
本マシンに関連するIBMの特許申請書のタイトルは、「Portable Personal Computerとなっているが、このマシンはその当時は、microcomputerとも、personal computerとも一般には呼ばれてはいない。
しかしpersonal workstationも、personal computerの一種であるとする立場からは、Alto(1973)と同じくIBM 5100(1975)もPCの系譜に位置づけるべきことになる。
 
byte_1975_12_ibm_5100
[出典]Byte,Issue 4, December 1975, p.90

[出典]IBM特許 Portable personal computer US D243460 S(出願日1975年8月7日、公開日1977年2月22日)
 
IBM 5100をPCとする主張
Smith, E.(1999,2004)は、世界最初のPCとは記載していないが、”Introduced in 1975, the 5100 was IBM’s first production personal computer (six years before the PC!).”というように、IBM 5100がIBM最初のPC製品である、と主張している。
また Roberson(1976,p.994) は、世界最初のPCとも、IBM最初のPCとも書いていないが、「IBM5100の背景にある重要な設計哲学はpersonal computerというコンセプトであった」(The key design philosophy behind the 5100 was the concepto f a “personalc omputer,” or one whicihs operated by and for the person wishing to solve a problem.)としている。

 
 
 
(6) MicrocomputerとPersonal Computerの区別論 — 最初のPC=「IBM Personal Computer(1981)」説
Campbell-Kellyほか(2015)は、コンピュータの時代区分を下記のように4区分し、Personal Computer時代を1980年からとしている。(p.2およびpp.6-7)

第1期 1950-1965 Computerの商用利用の開始(the beginning of the commercial exploitation of the computer and the emergence of the first major players in the industry) :「標準なき時代」(“era of no standards”)
第2期 1965-1980 IBM System 360ファミリーの到来(the arrival of the IBM System/360 computer family): 「IBM System 360 標準の時代」(“era of the IBM System/360 standard”)
第3期 1980-1995 Personal Computerの出現(the emergence of the personal computer):「IBM PC 標準の時代」(“era of the IBM PC standard”)
第4期 1995-2010 インターネットの商用的発展(the commercial development of the Internet):「複数標準の時代」(“era of the multiple standards”)

Campbell-Kellyほか(2015)は、第2期 1965-1980に、minicomputer, small business computer, microcomputerが出現した、とするとともに、microcomputerとは別にpersonal computerを位置づけている。
Campbell-Kelly, M.,Garcia-Swartz, D.D.(2015) From Mainframes to Smartphones: A History of the International Computer Industry , (Critical Issues in Business History), Harvard University Press

 

Micral関連資料

Micral N(1973)
 
Micral S(1974)
CPU:Intel 8080
Réalisation d’Études Électroniques (1974) Micral S Microcomputer Handbook
https://ia601605.us.archive.org/15/items/bitsavers_r2eMICRALSokAug74_2516150/MICRAL_S_Microcomputer_Handbook_Aug74.pdf
p.2では、「システム設計における数年間の経験は、可能な限りモジュラー設計で標準化し、システムに容易に統合可能である基本ユニットを低コストで配置することの優位性をR2Eに示した。」(Several years of experience in system designing have shown R2E the advantage of disposing of a basic unite, at low cost which is standardized as much as possible with a modular design and easily integrated into systems)と書かれている。
またp.18によれば、input-output関係の命令を除き、Micral Sは、Micral Nのすべての命令に対応している。そのためMicral Sは、Micral N用に書かれたプログラムを動作させることができた。
 
Micral V(1978)
 

PS4関連記事

PCやスマホといった汎用機用のCPUモジュールやGPUモジュールの高性能化にともない、ゲーム専用機の製品イノベーションにおいてゲーム専用機専用のモジュールを新規開発することで製品としての競争優位を確保することは困難になっている。
 下記にそうしたことを論じた記事を紹介する。
 
製品性能、製品アーキテクチャ、モジュール選択関連記事
  1. 西川善司(2013)「西川善司,PS4にまつわる6つの疑問に答えるそぶりをしてみる~PS4はPS4.1,PS4.2と進化する!?」4gamer.net>HARDWARE/PS4>GPU>PS4本体
    http://www.4gamer.net/games/990/G999024/20130224001/
  2. 後藤弘茂2013)「次世代ゲーム機「PlayStation 4」をSCEがニューヨークで発表」pc.watch.impress.co.jp>後藤弘茂のWeekly海外ニュース、2013/2/21
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/kaigai/20130221_588797.html
  3. 汎用デバイスの高パフォーマンス化に対する解答/PS4の中核となるJaguarコアとGCN系GPUコアほか
    本記事によれば、GPUモジュールの浮動小数点演算性能が1.84TFLOPS、チップ全体での浮動小数点演算性能は2TFLOPSなので、CPUモジュールの浮動小数点演算性能は0.16TFLOPSということになる
  4. 後藤弘茂(2013)「PlayStation 4のCPUコアはなぜ「Jaguar」なのか」pc.watch.impress.co.jp>後藤弘茂のWeekly海外ニュース、2013/2/22
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/kaigai/20130222_588869.html
  5. 後藤弘茂(2013)「PlayStation 4の技術概要がGDCで公開」pc.watch.impress.co.jp>後藤弘茂のWeekly海外ニュース、2013/3/29
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/kaigai/20130329_593760.html
  6. 後藤弘茂(2013)「PlayStation 4のAPUアーキテクチャの秘密」後藤弘茂のWeekly海外ニュース、2013/10/28
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/kaigai/20131028_621178.html
  7. 後藤弘茂(2014)「PS4のCPUコアがJaguarとなった背景にあるCPUの設計フロー」pc.watch.impress.co.jp>後藤弘茂のWeekly海外ニュース、2014/7/16
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/kaigai/20140716_658081.html
  8. Anthony, S. (2013) “Xbox One vs. PS4 vs. PC: How the hardware specs compare,” ExtremeTech > Computing, May 23, 2013
  9. Joe Devietti, Milo Martin & Amir Roth “Unit 12: Putting it All Together:The Xbox One/PS4 Game Consoles,” CIS 501: Computer Architecture, University of Pennsylvania
    https://www.cis.upenn.edu/~cis501/slides/12_xbox.pptx
 
製造コスト関連記事 — ダイサイズ、シュリンク、学習曲線効果など
 
旧世代機ほかの製造コスト関連記事

Microcomputing関連論文および資料

Mori. R. et al. (1978) Japanese microprocessors — 1978, Euromicro Newsletter , 5(3) , May 1979, pp.150–154
Ryoichi Mori、Morihiko Tajima, Yoshikuni Okada, Hiroaki Tajimaという4名による共著論文。
Faggin, F. ‎(2009) “The Making of the First Microprocessor: The Intel 4004 CPU-on-a-chip was developed under pressure on an extremely tight schedule – and it worked,” IEEE Solid-State Circuits Magazine, Winter 2009
http://ieeexplore.ieee.org/stamp/stamp.jsp?arnumber=4776530

Healey, M. (1980) “Microcomputing into the 80s,” 4(6), Microprocessors and Microsystems, pp.223-226
http://www.sciencedirect.com/science/journal/01419331/4/6
 
Ted Hofへのインタビュー
Grove, Andrew S.(1990) “The Future of the Computer Industry,” California Management Review, 33(1), pp.148-160.
Intelのマニュアルに見るMicrocomputer
 

Byte
https://archive.org/details/byte-magazine

 
 
 

COMPUTE. The PET Gazette with a New Name. The Journal for Progressive Computing., Issue 1, Fall 1979

PC用マイクロプロセッサの性能向上

Hennessy & Jouppi (1991,p.19)によれば、 PC用マイクロプロセッサは、1988年頃にミニコン用マイクロプロセッサを、1990年頃にメインフレーム用マイクロプロセッサの性能を上回るようになった。
Hennessy_Jouppi-1991-Computer_Technology_and_Architecture-p19
[出典]Hennessy & Jouppi (1991,p.19)の図1
Hennessy, John L. ; Jouppi, Norman P. (1991) “Computer Technology and Architecture: an Evolving Interaction,” IEEE Computer, Vol.24 Issue9, pp.18-29

PC史関連資料

■通史的研究
 
 
 
■PC関連雑誌
 
 
 
 
microcomputer revolutionに関係する最初期の雑誌の一つ。1974年10月号が創刊号で、1985年12月まで出版された。
 
Radio Electronics
 
 
アメリカにおけるラジオおよびTVに関する多数の雑誌を収録しているサイト(”Five million pages of AM FM & TV Broadcasting history online”)であるが、ByteCreative Computing MagazineなどPC関連の雑誌も収録されている。
 
■マニュアルほか
vintchip.com “DOCUMENTS FROM THE COLLECTION”
 
1970年代後半期および1980年代おけるPC関連のデータベース、および、下記URLからパンフレット、広告、マニュアルなどの資料を見ることができる。
 

CPU史関連WEBサイト

1.CPUの一般的歴史に関するリンク情報

2.個々の歴史的CPUに関するリンク情報

    このサイトは、"the largest and most complete source for 6502-related information in the world"を目指したものであり、6502に関する様々な情報が掲載されている。

CPUのマルチコア化

CPUの高性能化のための技術的手段
1. CPUが一度の動作で処理可能な情報量の増大(CPUのビット数の増大)
8ビットCPU→16ビットCPU→32ビットCPU→64ビットCPU
2. CPUが1秒間に実行可能な命令数の増大(CPUのMIPS値の増大)
a.動作周波数の増大
b.CPUのマルチコア化

参考文献:ギブズ, W.W.(日経サイエンス編集部訳, 2005)「マルチコアチップ-インテルの新戦略は成功するか」『日経サイエンス』2005年2月号, pp.98-102

x86アーキテクチャ関連

Cnet News(2003)「25周年を迎えた、インテルのx86アーキテクチャ」Cnet Japan, 2003/06/10 15:46
http://japan.cnet.com/news/ent/20055162/
http://news.com.com/2100-1006_3-1014744.html
Krazit,Tom(緒方亮;高森郁哉,2007)「30周年を控えるx86アーキテクチャ–「愛され続ける」その理由」Cnet Japan, 2007/04/12 17:46
http://japan.cnet.com/news/commentary/20346995/
http://japan.cnet.com/news/commentary/20346995/2/
http://japan.cnet.com/news/commentary/20346995/3/
Shankland, Stephen(河部恭紀訳, 2006)「インテル、次期Itaniumではx86ハードウェアサポートを搭載せず」Cnet Japan, 2006/01/20 11:55
http://japan.cnet.com/news/ent/20094826/
http://news.com.com/2100-1006_3-6028817.html
Cnet「インテル、64bitプロセッサ戦略を早くも軌道修正」Cnet Japan, 2003/04/24 22:22
http://japan.cnet.com/news/ent/20053929/

日本のPC市場シェア1990 vs 2010

1990年の日本PC市場シェア
順位 企業名 シェア
1 NEC 51.0%
2 富士通 12.7%
3 東芝 12.5%
4 セイコーエプソン 10.0%
5 日本IBM 7.0%
6 その他 6.8%
 
 
 
2010年の日本PC市場シェア
順位 企業名 シェア
1 NEC 19.3%
2 富士通 19.0%
3 東芝 11.2%
4 デル 9.7%
5 HP 9.6%
6 その他 31.2%
 
 
 
日本のパソコンメーカーのPC世界出荷台数および市場シェア
企業名 主要ブランド名 世界出荷台数 市場シェア
東 芝 ダイナブック 1,910万台 5.2%
ソニー バイオ 877万台 2.1%
富士通 FMV 567万台 1.8%
NEC LaVie 306万台 0.9%
パナソニック レッツノート 約70万台
 
 
 
日本のパソコンメーカーのPC市場撤退時期
企業名 主要ブランド名 撤退時期
三菱電機 ペディオン 1999年4月
日立製作所 プリウス 2007年10月
シャープ メビウス 2010年10月
 
 
 
[引用元]日経産業新聞(2011)「HP、PC分離へ、国内上位勢、規模拡大急ぐ――富士通など海外強化」『日経産業新聞』2011年8月22日
[元データ]米IDC